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五話

突然の解雇。

突然の火事による実家の喪失。

そんな人生最悪の日、柿花大志は古民家でカフェを営もうとしていた織部という男に拾われた。

彼の店、縁庵で住み込みで働くことになり、リスタートをしようとしていた。

そんな大志の前に、喋る狐、稲荷神のコンが現れる。

そうしてようやく開いた店にやってくる客は、ほとんどが妖怪だった。


「妖怪って昔から街に暮らしていたよ。知らない?」


怒涛の初仕事を終え閉め作業に入っている最中、織部は首を傾げた。

土間を竹箒で掃いている大志は苦々しい顔をしながら答える。


「本当にいるとは思わねえって。なんでオーナーはそんなに慣れてんだよ」

「子供の頃は、俺の周りには妖怪がいたからな。まあ、人それぞれってことか」


織部曰く、人と共存しない妖怪もいるが、街に入って表では人として溶け込んで生きている妖怪は昔からいたそうだ。

彼らは普段は人間に変化しており、気を許す場所では本来の姿になるらしい。

だが縁庵では本来の姿のままの妖怪がいても平気で人間の客も来ている。

どうやらここにはコンにより「店の者以外には人間の姿に見える」ようにまじないが掛かっているそうだ。


「じゃあ、その、人間と妖怪の子って、いるのかよ」

「珍しくないよ。なあコン様」

「かの安倍晴明も狐の子じゃぞ。まあどう生きるかはその子次第じゃ」

「……漫画の世界じゃん」


使い終わった布巾を桶に入れ、溜息を吐く。

自分が漫画の中だけの存在だと思っていた世界が現実にある。

それを理解するまで、まだ時間がかかりそうだ。

そんな大志をコンが叱る。


「早う慣れんか。人間一人の力でここまでこの国の発展があったなどと驕るでないわ。明日も仕事はあるのじゃ。もっとしゃんとせよ」

「わかってるって。仕事はしっかりやるよ」


大志も、この店、そしてオーナーの織部には恩がある。

恩に報いる為にも誠意をもって働くつもりだ。

人間でない者も店に来る。そう前から知っていれば、驚くこともない。

閉め作業も終わりに差し掛かり、店の玄関の内鍵を閉めようとした。

その前に、一人の女が店に入って来た。

訪問着という派手な着物を纏っている、髪を纏めた気の強そうな女性であった。

黒地の着物には色とりどりの花や蝶が舞い散っており、彼女の雰囲気と相まって品格を感じた。

どこかの上級スナックのママだろうか。

そう思っている大志らに、女性はずっと身を寄せた。

そして見た目通りの落ち着きのある、古風な言葉づかいで懇願した。


「店仕舞いしてるとこ申し訳ありません。少しだけここで匿って下さいまし」

「匿う? あの、一体何が――」


そう言いかけた大志の口を、女の白魚の指が封じた。

するとドスドスという大股の足音が扉の向こうから聞こえた。


「もおおおおお王子様どこぉおおおおお!? アフター行くって言ったじゃあああああん!!」


絶対に正気ではない若い女の声が、左から右に流れていく。

まるで救急車のサイレンのようだ。

そのサイレンが鳴り止んで沈黙が訪れると、着物の女性は安堵から溜め息を吐いて、手を放した。


「恩に切ります、皆さま」

「え、ええ……大変、でしたね」


事情はよくわからないが、あの声の主と因縁があるという事は理解出来た大志はそう言った。

すると、コンがその足元に行く。

仕事中は祠で大人しくしていたコンが自分と織部以外の前に出てきたことに、大志は驚いた。


「ほう、琴の付喪神か」

「これはお稲荷様……はい、わたくし、名を小糸こいとと申します。助けていただき、ほんにかたじけありません」


再び頭を下げる、小糸。

彼女はその胸元を袖で隠しており、そこは微かに膨らんでいる。


「お主が助けたのは、そいつか?」

「はい……どうやら疲れ果てたようで……変化も出来ず仕舞いで」


小糸は胸中に隠していたそれを見せる。

それは、烏だった。

気を失っているのだろう。小糸の手に項垂れ、白目を剥いていた。

その様子をコン、そして織部は覗き込んで眺めていた。

織部はパタパタとキッチンに行って、ソーセージを一本切って持って戻った。


「これ、食ったら元気取り戻しますから」

「まあ! そんなことまで……ほんにありがとうございます。ほら、坊や」


そう言って小糸は縦長に細長く切られた肉片を烏の嘴に添える。

烏は本能的に腹が空いていたのか、白目を剥いたままパクパク食べる。

そして全てのソーセージを食べ終わると、もぞもぞと羽根が動いた。

次第に、白い煙が立ち始め、烏を包んだ。

そして次の瞬間、尻もちをついている男が烏の代わりに現れた。

見た目に金を惜しまないタイプだと髪型で、着ているもので、装飾品で、甘い香水の香りでわかった。

男は虚ろな目で何度か瞬きをして、周りを見渡した。

それから小糸を見ると「は~」と大きく溜息を吐いた。


「よかったぁ……生きてるぅ……ありがと、姐さん」

「お礼ならわたくしよりここにいるお方たちに言いなさいな。全く心配かけて」


そう言って小糸は男の肩を支えながら、立たせる。

彼が身動ぎする度にムスクの甘ったるい香りがする。

先程よりもマシにはなっているが、まだ足元は覚束ないようだ。

男はコン、織部、そして大志を見ながらぺこりと頭を下げる。


「ありがとございます、皆さん。いやあ、今日はアフター行けない日だっていったのになぁ……出待ちされて、逃げに逃げて……この様っすわ」


男はワックスで癖をつけた金髪を揺らし、ははっと笑った。

愛嬌を重視した、柔らかな笑みだった。

一瞬で大志はこの男がホストだとわかった。

織部は変わらず、男と小糸に言う。


「まだ少し休んだ方がいいよ。さっきの子だっていつ来るか分かんないし。簡単な飲み物しか出せないけど、いいかな?」

「……どうする? 勇吾ゆうごくん」

「よろしくっす。流石にソーセージ一本じゃまだ力入んなくて」


織部は大志に目線で「悪ぃ」と言って、キッチンに向かう。

大志は仕方なく思いつつ、先程のサイレン女が入ってこぬように鍵を閉め、接客に戻った。

小糸が連れて来た男は勇吾といい、ホストをしている天狗だ。

そこそこ売れているらしく固定客も確保できているようで、件の女はその中でも性格がよろしくない人間らしい。

今夜は用事があって早めに帰る予定だったが店の裏で待たれ、してもいない約束をしたのだと彼女に言われ、遂には包丁を出されて追いかけ回されたそうだ。


「それで勇吾くん、力尽きる前にわたくしに連絡をして、助けを求めて来たんです。それで拾って家に連れて行こうとしたんです。でも、そこをさっきの子に見つかって……何故かわたくしが追いかけられたんです」

「姐さん、何度かうちの店来てくれたもんね。それであの姫に顔覚えられたんだ」

「他人事のように言わないでおくれ。そのせいであんなに怖い思いさせられて……今でも肝が冷えるわ。これからお店に行かなきゃいけないってのに」


勇吾はホットコーヒー、小糸は温かい抹茶を飲みながら事情を説明する。

勇吾は銀色のピアスを揺らし、居心地悪そうに微笑む。

「いや、ほんと、悪いと思ってんよ。せっかくの姐さんの送別会だってのに姐さんに迷惑かけちゃって……」


勇吾の言葉にコンが尋ねる。


「ほう、付喪神がどこかへ行くとなると、誰ぞに買われたのか?」

「おまっ! コン、様! 買われるだなんて、そんな言い方すんなよ!」

「いいんです大志さん。わたくし達付喪神は物に魂が宿ったあやかしですので。それに持ち主の周囲でしたら自由に動ける方もいますし。現にわたくしも、ここの近くの美術館に飾って頂いているんですが、夜はこうしてスナックで働かして頂いておりますし」


コンの暴言を止めようとしていた大志だったが、当の本人である小糸に止められた。

こういう価値観の違いもあるのか、と大志は口を閉じた。


「姐さんすごいっすよ? えら~いお金持ちさんに一目惚れされて、ヨーロッパ中の美術館を回るんだって。海外ツアーだよ。やばくね? だから今日はそれをお祝いしときたかったんだ」

「そうなんですねぇ! おめでとうございます小糸さん!」

「こちらこそです。渡来の方とご一緒した事はありますけど、海の向こうに行くのはこれが初めてですので今からわくわくしております」


満面の笑み浮かべる織部に、小糸は上品にはにかんだ。

そこで大志は嫌な予感がした。

ただでさえお人好しで考えなしで動く織部だ。

彼はこの後とんでもないことを言うのではないのか、と警戒する。

そして彼の予感は的中した。


「小糸さん。好きな食べ物ってあります?」

「はい? まあ、強いて言うなら、お抹茶は好きですね」

「それって、甘くても平気ですか?」

「はい。スイーツも好きですよ」

「よかった! じゃあ後で小糸さんのお店に持っていきます! 俺らからのお祝いの品ってことで、受け取って下さい。これも何かの縁ですか!」


織部の言葉に小糸は「まあ」と目を丸くして輝かせた。

勇吾も「良かったじゃん姐さん」とケラケラと笑う。


(仕事初日でサービス残業かよ)


全員の視界の外で、大志は顔を引き攣らせていた。



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