二十九話
愛助の父親は病院に連れられ、愛助はそれに肉親として同行した。
その大きな背からは何の感情も感じなかったが、きっと今の彼は、以前の彼よりも幸福な選択をしたのだろう。
彼らを見送った織部と大志、そして疲れて織部の首元に巻き付いて眠ったコンは自分達の帰る場所、縁庵に向かった。
ゆっくりと歩いていくと、沈黙に耐えられなくなった大志が切り出した。
「オーナー、さっきの、すごかったな」
さっきの、というのは本来の姿を見せた織部の事なのは本人にもわかった。
青く輝く炎を纏い悪霊を祓う。
その姿は神秘的にさえ感じた。
「うん。これが鬼の力なんだ。ああいう穢れを祓うことが出来るんだ」
「すごいんだな……鬼って」
そうして、織部は自分の手の平を見つめた。
「俺ら一族は、こうやって穢れを祓うのが仕事だったんだ。コン様と一緒にあちこち浄化して回ってた」
織部は語る。
彼らの一族が腰を据えたのは山間部の村だった。
そこで依頼を受けてはあの青い炎――鬼火と呼ばれている――で穢れを祓っていた。
織部はその長の跡取りとして生まれた。
彼は父に並ぶ力を持ち、将来を有望視されていた。
それは村人も同じであり彼を「坊ちゃん」と呼んで慕っていた。
そんな彼らの関係が崩れたのは、ある災害が村を襲った時の事だった。
予想だにしないことだった。
村は死者こそ出なかったものの、ひどい被害を受けた。
これまで鬼の一族の超常的な力に縋って来た村人は彼らに疑いの目を向けた。
そしてそれはすぐに誤解となっていった。
『あの鬼が災害に気づけないわけない』
『きっと自分達の力を示すために暴れた結果に違いない』
『所詮妖怪だ。人間の事なんて見下してたんだ』
村人の大半はすぐに疑心暗鬼にかられた。
なかには冷静に天災だと対処しようとしたものもいたが、彼らの意見はすぐに潰された。
次第に村に居ずらくなった織部たちは去っていき、一族は離散した。
長の息子である織部は一家の祭神であったコンと共に転々として、都会にたどり着いたのだった。
織部の受けたあまりに理不尽な仕打ちに大志は閉口した。
「……村の人たちの事は恨んでないんだ。ずっと住んでた大事な場所が潰されちゃったら、八つ当たりしたくもなるだろう?」
いつものように陽気に笑う織部。
大志は足を止め、彼に尋ねた。
「なあ、オーナー、なんでだ?」
「大志……」
「そんな簡単に繋がりを失ったのに、どうして縁庵作ろうとしたんだ? 俺だったら、もう人と関わりたくなくなるよ。そんなことされたら」
それは本心だった。
大志もこれまで、信じていた仲間に二度裏切られた。
その度にもう人というものを信じたくなくなり、ただ我武者羅に生きてきた。
なのに、どうして目の前の男は笑顔で人を信じられるのだろう。
その問いに、織部はいつも通りに応えた。
「好きなんだ。人と関わるのが。どうしても離れたくないんだ」
「それだけ」と残して、織部は再び前を向いた。
「そのおかげで、大志や、素敵な皆に会えたんだ。俺、幸せだよ?」
大志にとって、その言葉だけで十分だった。
「そうか。よかったよ、オーナー」
そして月夜を大志は大事な相棒と歩みを揃えて進んでいく。
もう、迷いはなかった。




