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三話

重い目を開ける。

路上で寝ているはずだったが、大志の目の前には板張りの天井が並んでいた。

まるで時代劇に出てくる家の天井に似ていた。

少し目を動かして、周りを見渡す。

アイボリー色の年季の入った畳に無造作に物が置かれている。

かつて物置だった場所を片付けたような形に見える。


「あ、起きた?」


襖を開けて、大志の寝ている部屋に男が入って来た。

年頃は大志と同じくらいだろう。

男は紺色の甚平を着て、肩に付くほどの長さの艶のある黒髪をハーフアップにしていた。

彼はニカッと口を逆三角形にして陽気に笑いながら、大志の方に近づく。


「誇りっぽくなかった? ここ最近掃除したばっかだからさ。布団も古い奴だし」

「……えっと、あの」


自分の状況が理解できず大志は起き上がる。

体はだいぶ楽になっていた。


「整理させてくれるか? 俺、道で倒れてたと思うだけど」

「うん。それを俺が拾って店に連れて来た。まあ店っていっても、まだ開いてないけど」


男は照れ臭そうに頬を掻く。

自分がこの男に抱えられ寝かせられたという事実に、顔が赤くなるほどの恥を感じる。


「と、とにかく、ありがとうな。助けてくれて、お礼したいけど、あいにく俺、今日クビになったばっかりだから……菓子折りとかはまた別の日に持ってくる」

「いや、いいよ。てか君って家出して来てたんでしょ? そんな事して貰わなくてもいいって」


家出。

学生時代にしか聞かなかった言葉に、大志は面食らった。


「……なんで俺が家出してることになんだよ?」

「だってさ、財布だけならわかるけど通帳とか印鑑とか、本当に必要になるものだけ持ってたから。だからなんか訳ありなんじゃないかなって」


自分の癖のせいであらぬ誤解をさせてしまった。

深い溜め息を吐いて大志は男に説明する。


「んなことねえよ。通帳と印鑑持ってたのは最近物騒だったから……居場所がないのは本当だがな」

「なにかあったの?」

「燃えたんだよ、家が」


男は褐色の目を見開いた。

そしてお盆の上に乗せていた茶を大志に渡し、彼と目線を合わせるために隣に座った。

久しぶりに嗅ぐ茶の心地よい香りが鼻をくすぐった。


「大変だったな」

「ああ……本当に大変だったよ。人生最悪の日だ」


大志は一息に茶を飲み込んで、今日あった出来事を話した。

クビにされたこと。先輩からの嫌味。同期からの罵倒。全焼した生家。


「……な? 笑っちまうだろ。ぜ~んぶ無くなっちまった。俺の頑張りも、帰る場所も」


もうここまで来たら、どこまでも恥を見せてしまおう。

吹っ切れた大志は男に弱音を吐いて、自嘲した。

男は温かみのある目はそのままに、真剣に大志の話を聞いていてくれた。

そしてうん、と頷くと、大志の肩に触れた。


「なあ、行くと来ないならさ、ここで働かねえか?」

「は……?」


大志はポカンとした顔をする。


「ここで商売しようと思ってたけど、やっぱり一人じゃ不安だったんだよなー。家はここで暮らせばいいよ。片付ければワンルームくらいにはなるんじゃねえかな? あ、隣は俺の部屋ね。よろしく」

「あの……さ、恩人であるアンタにこんなこと聞くの失礼だろうけど、その仕事って、なに?」

「和風なイメージを生かした癒しの空間を与えるカフェ。名前は決めてあるんだ」


といって、彼は名刺を手渡した。

抹茶色の紙に墨で書いたような文体で「縁庵えにしあん」と書かれていた。

その上にはそれよりも小さな文字で「あなたの憩いの場」と添えられている。

そして左下には「オーナー:織部緑おりべ みどり」と。

そこで大志は納得がいった。

この部屋の雰囲気から察するに、ここはかなり年季の入った日本家屋だろう。

そこを改築してカフェにして一旗揚げよう、という事なのだろう。

それにこれは大志にとっても願ってもない言葉だ。

住む場所と職が与えられるのだ。

今の大志に必要なものが揃っている。


「……わかった。じゃ、ここで住み込みで働くよ」

「よかったぁ! よろしく。俺は織部緑」

「もう知ってるかもだけど、俺は柿花大志。よろしく、オーナー」


一先ず職場見学という事で、カフェの場所を見ることにした。

急斜面の階段を降りると土間を改造した一階には木製の机と椅子が並んでいた。

照明であるランプはアンティーク調で、木の梁や柱を活かしながら、和洋折衷のモダンなデザインになっていた。


「悪くないな」

「だろ。こだわったんだ」


そういって織部はカウンターに腰かける。

上司となる彼に促されて、大志もその隣に座る。

カウンターの先にはキッチンが見える。


「俺がここで料理を作って、大志がお客に出す。俺が接客する場合も考えてるけど……大志って、料理できる?」

「まあ……レシピがあればその通りに出来る、かもな。簡単なもんしか作れないけど」


母子家庭ということもあり、簡単なおかずを作った経験が大志にはある。

だがそれは目分量だし、金を貰って出せるものではないだろう。

不安がる大志に織部はあの燦々と輝くような笑顔を見せた。


「うん。大丈夫。俺いつか従業員に見てもらおうと思って、ノート作ってあるから」

「ならよかった。じゃあ、オレの分のノート買ったら、それ写させてくれ」

「任せな。後はコーヒーの淹れ方とか、抹茶の使い方だな……」


織部の話を聞きながら、ふと受付の、レジが置いてある場所を大志は見た。

レジの横には、石造りの祠のような物が赤い座布団の上に置かれていた。

ちょうど漫画の単行本よりも少し大きいくらいのサイズの、小ぶりな祠だ。

大志は気になって、それを指差しながら織部に尋ねた。


「えっと、オーナーあれ、なに?」

「ん? 神様のお家だよ」

「その割にはなんか古いけど」

「廃墟にあって寂しい所に置かれていたから、それを移動したんだ。福を呼んで下さるように、ね」


そこまで聞いて大志はゾッとする。


(よそにそんなもんを勝手に動かしていいのか? 祟りとか、ねえよな?)


そう言いたい気持ちを抑え、大志は苦笑いを堪えた。



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