二十八話
顔を窓の方に戻すと、コンは元の小さなサイズに戻っていた。
コンの側には老人が埃だらけの床に横たわっていた。
真っ白な頭髪はあちこち抜け落ち、肌は土気色で皺だらけ。
皮が付いているだけの髑髏のような老人であった。
(こんなジジイが自分の息子を、愛助さんをずっと呪って苦しめてたのか)
老人を見下ろすコンは、冷淡に告げた。
「……身内を呪い、吹き溜まりの連中に身を捧げた末路じゃ。魂どころか体まで蝕まれておる。もう長くはないであろうな」
大志の胸に怒りを通り越した感情が湧き上がる。
権力に任せ、身内を虐げ、反発されて、逆恨みした結果がこれだ。
憎む気にもなれなかった。
愛助も彼の存在に気付いているのだろう。
音も無く、ゆっくりと立ち上がる。
そんな愛助に大志は言葉を掛ける。
「愛助さん。他人の俺が言えた義理じゃないけど……事情がどうあれ、愛助さんはあの人を許さなくていい。愛助さんには、その権利がある」
それが今彼に言える精いっぱいだった。
今、どんな惨めな姿を晒したとて、それは全て愛助の父親の自業自得である。
そして彼の一番の被害者である愛助には、彼を許さないという当然の権利がある。
その事実を伝えたかった。
愛助は大志に穏やかに笑い、その肩にポンと手を置いた。
「……ずっと考えてた。考える時間はずっとあったから」
「愛助さん……」
「これまで大勢の人間に会って、いろんな関係を見てきた。その度に考えてた。アイツとどうすべきだったか。どうしたら正解だったのかってな」
そして愛助は一歩ずつ父親に近づく。
「ずっと憎んでた。家族だって思った事なんて一度もなかった。ただ、俺と血が繋がってるだけで、俺を自分の駒だと思っている、そんな化け物だったんだ。コイツは」
愛助は膝を折って、自分の父親と顔を合わせる。
かつて目の前の男が散々自分を殴りつけた、この場所で。
「でもな、他人にはなれないんだ。人と人は。血とか、そういうのは関係ない。一度関わったらもう他人じゃいられないんだ。水に絵の具が溶けて色がつくみたいに、人間は関わった人間に影響を受けて、生きていくんだ。本人が望もうが望むまいが」
老人は顔をあげる。
自分が恨んでいたはずの息子を見る。
そんな彼の曇った目には、もう何の感情も無かった。
「だから、今からでも、コイツの事を知っていこうと思う……許しじゃない。俺の選んだ道だ」
愛助の言葉に返したのは、織部だった。
「愛助さんが選んだことなら、それが正しいですよ」
愛助は最後に、三人へと振り返る。
その顔には一切の翳りはなかった。
「今日は、本当にありがとうございました」
そう、深々と頭を下げた。




