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十六話

今日の業務を終えた大志は街を歩いていた。

縁庵の二階で暮らしてからは、賄いも出るし、衣食住には困っていない。

暮らしていくのに十分な家具はもう揃えてあるし、いい暮らしをさせてもらっている。そう思っている。

その日は見たい映画のレイトショーを見に、街に向かっていたのだ。

夜の街のネオンがギラギラと輝き、行く人も日々の疲れの癒しを求めているようだった。

その中には、絡んではいけない人種がいる。

戦いの世界に身を置いていた大志は直感でわかる。

そういう人種からは目を背け、自身の存在を気取らせないことが肝心だ。


「よう、柿花ぁ」


もう記憶の奥底に追いやっていた人物の声が、背後から大志を止めた。

大志は内心の焦りを気取らせないようにゆっくりと振り返る。

一瞬、誰なのかわからなかった。

目が落ち窪み、剥きだした歯は黄色く、無精ひげを生やしている。

誰の目から見ても、まともな人間ではないことは明らかであった。

その声と、特徴のあるホクロが無ければ誰なのか分からなかった。


「……赤星か?」


赤星誉あかほし ほまれ

その昔、大志と共に八海連合に所属していた男だ。

腐敗していく八海連合の中でも、群を抜いて問題行動を起こしていた。

仲間が見ている前でも平気で女子供に威圧的に接して、からかいとは名ばかりの脅迫行為をして、それを笑い話にするような男だった。

それ故に当時から出来る限り関わらないように避けていたのだが、当の赤星はまるで旧知の友に再会したかのように大志に迫って来た。

馴れ馴れしく肩を掴むと、饐えた臭いの源である口を大きく開けて笑う。


「久しぶりじゃねぇかあ。俺の事覚えててくれたんだなぁ? 嬉しいぜ。八海連合のダチとは皆バラバラになっちまってよお。寂しかったぜ」

「……そっか。俺も同じだよ」


それもそうだ。

総長による突然の解散。

逆らう者は総じて『公務執行妨害』として少年院送りとなった。

その中には赤星もいた。

突如バラバラになってしまった組織の人間は連絡を取り合うことも出来ず、八海連合は完全に消滅した。

愛助と再会したのは本当に偶然で、それ以外の当時の仲間たちと会うのは、今が初めてだ。


「あの時は楽しかったなぁ、柿花。肩で風切って、誰も彼も俺らにヘコヘコ頭下げててよぉ。最高の青春だったぜ……」


恍惚とした表情で溜息を吐く赤星。

そんな彼に大志は侮蔑の視線を送る。

あれはただ、八海連合の人間に周囲が怯えて畏縮していたにすぎない。

現に、八海連合が解散した後の方が治安も民度も良くなっていた。

もうここにいたくない。

映画の開演にはまだ時間があるが、これ以上赤星の相手をしたくはなかったのだ。


「俺、もう行かなきゃいけねえから。いいよな?」


苛立って言ったせいか昔のような語気になってしまう。

赤星はそれに不快感を示すことはなく、ヘラヘラと笑って手を振った。


「ああ、悪ぃ悪ぃ。でもよ、その前に一ついいか?」

「なんだよ」

「愛助さんって、今どこにいるのかわかる?」


一瞬、背筋が寒くなる。

氷が一粒落とされたかのようだ。

あの赤星が、八海連合の解散を決行した本人である愛助に対して、悪感情を抱いているのは確かだ。

きっと手段など選ばないだろう。

大志は毅然と、そしてはっきりと答えた。


「……知らねえよ」

「そっか。わかったら教え――」

「ホント時間ねえや。じゃあな」


そう言って足早に大志は街を掛けていく。

赤星は追いかけては来なかった。

それでも、不安はいつまでも消えなかった。



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