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十五話

その日の営業もいつも通りであった。

彼女が来るまでは。

奥の蔵から在庫を取りに行った織部の代わりに、大志は一人で働いていた。

幸い客の流れも落ち着いた頃で、カウンターで片付けをしつつ次の来客に備えていた。

間近で戸が開き、ぺこりと頭を下げながら出迎える。


「いらっしゃいませ――」


彼女の姿を見た瞬間、大志は固まる。

彼女が自分の目の前にいることが信じられなかったのだ。

栗尾音々(くりお ねね)。

今話題のドラマにも主演している若手有名女優だ。

ドラマや映画を見ない大志でも顔と名前は知っているほどの有名人だ。


「あ、開いてるお席にどうぞ!」


大志がそう言って着席を促せば、彼女は彼の前、カウンター席に座った。


(あ、お忍びで来たんなら奥の席に案内した方がよかったか?)


内心後悔しながら、大志はメニュー表を差し出す。


「本日のおすすめは、数量限定のキノコとベーコンのキッシュです」

「じゃあ、それでお願いします。飲み物は抹茶ラテのアイスで」


鈴が転がるような声で音々はメニューを返す。

緊張しながらそれを受け取り、飲み物作りに取り掛かる。

客のことは信頼しているが、万が一彼女を盗撮する人間がいないかと注意もしながら。

そんな時だ。

レジ横の祠から、コンがにゅっと現れた。

開店中にコンが祠から出てくるのは珍しい事だ。

普段は他の妖を緊張させないように、神饌を食う時以外は休んでいるのに。


「コン様。なんか用ですか?」

「うむ」


大志の問いを適当に流してコンはカウンターを進む。

そして音々の横に来ると、そこに乗った腕にぴとっと前足を乗せた。

瞬間、黙々と煙が立ち込めた。


「あ……!」


もうこの光景を、大志は見慣れていた。

妖が変化を解く時の煙だ。

うら若き女優の代わりにその席に座っていたのは大志のよく知る、制服を纏った茶髪の少女だった。

彼女はくりくりと大きな目を見開いて、太めの眉毛を寄せていた。


「もぉ~……なにするの、稲荷様ぁ」

「小童が大人を揶揄うでないわ。全く」


少女は悔しそうに肩を落とし、頬を膨らませている。

彼女は菜々穂(ななほ)。女子高生であり、狸の妖だ。

大志は胸を撫で下ろし、はあ、と溜め息を吐いた。


「驚いた……菜々穂ちゃん。どうしてあんな事したの?」


大志がそう言いながらアイス抹茶ラテを置くと、菜々穂はストローでそれを吸いながら答える。


「有名人が来た方がこのお店の人気にも繋がるでしょ? 『クリオネちゃんが来てたよ!』『やばーい!』つって、クチコミでさ。だから試しにね」

「試しって……ここに来るまで声かけられたりしたでしょ」

「店の前で化けたから大丈夫。取り敢えずキッシュまだー?」

「……わかった。出すよ」


子供とは手強いものだ。

そう思った大志であったが、不良だった自分が言えた義理ではないと思い、自嘲した。

保温庫からホールのキッシュを取り出す。

ケーキサーバーでその一ピースを取って、皿の上に置く。

フォークを添えて菜々穂の前に置く。


「はい、どーぞ」

「わぁい。いただきまーす」


菜々穂は無邪気に手を合わせ、フォークを掴む。

そしてサク、とフィリングとパイ生地を裂いて、自分の口に運ぶ。

芳醇なキノコの旨味が噛むほどに溢れ、ベーコンの塩気がキッシュの魅力を引き立てている。


「美味しい~」

「よかったよ。問題が起きちゃうから、これからは変化したりしちゃダメだよ?」

「はぁい」


大志の言葉を聞いているのかいないのか、菜々穂はパクパクとフォークを進めていく。



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