十三話
その日の終業作業中。
在庫を確認し終わり、足らなくなるものをメモし、明日朝一で発注できるようにカウンター横に張り付けて置く。
「在庫チェックと発注メモ、書いといたよ」
「ん、お疲れ。俺ンとこも終わったわ」
そう言って織部はエプロンを脱いだ。
大志もエプロンを控え室に置き、仕事を終えた。
「いい人だったな。大志の言ってた和尚さん。大志のご両親の菩提寺の和尚さんなんでしょ?」
「うん。万岳寺ってとこ」
「あ~。あそこか。今度、一緒に行っていい?」
織部の問いに大志は、その意味がわからなかった。
どうして他人の親の墓参りをしたがるのだろうか。
「……なんで?」
「大志は俺にとってなくてはならない仲間だし、一緒に暮らしてもいるんだから、だからご両親には挨拶しておきたくてさ」
「そんな風に思ってくれんの?」
「当たり前だよ。だってその人たちがいるから、今の大志がいるんじゃいか」
薄暗い店内の中、いつも通り織部は陽気に笑う。
眩しいほどにだ。
もう見えない存在になってしまった自分の家族に、敬意を抱いてくれていることを、大志はありがたく思った。
「……そっか。ありがとな」
「どーも。でさ、二人の好きなものって、わかる? お供えしても大丈夫なものなら、持っていきたい」
「お供えか……黄色い薔薇だな」
父の話をする母の、幸福そうな笑顔を思い出す。
しっかり者の母が少女のように頬を赤らめ、うっとりとした様子で語るのだった。
「父さんが母さんにプロポーズの時に贈ったのが、黄色い薔薇なんだ。一本だけ買ってさ、『僕にはあなただけです』って。はは、すげー恥ずかしいセリフだよな。それで、プロポーズした日、父さんの誕生日にはいつも母さんは黄色い薔薇を買って飾ってた。父さんが死んでから、自分が死ぬまでずっと」
「大志のお母さんにとっては、その薔薇は何より大事な贈り物だったんだな」
「そうなんだ。だから、俺、母さんの棺には黄色い薔薇を一本入れて送ったんだ……」
そんな時だった。
大志はふと、自分の頬が濡れているのに気づいた。
涙が一つ、また一つと流れる。
母の葬式でも流すことのなかった涙が大志の目から溢れていた。
大志は咄嗟に腕で顔上部を隠すが、織部には見られてしまった。
「……悪い。今更、こんな事」
弱みなど誰にも見せて来なかった人生だった。
誰よりも強くなれば、馬鹿にされないと、それで必死だった。
だからこんな姿を他人に見られることに、ひどく抵抗があった。
織部はいつものようにいきなり近づくことはなく、丸まった大志の肩に触れた。
「いいんだよ。大志。心の傷はさ、体の傷とは違うんだ。癒えた時に心に痛みが来るんだよ。そう言う時は、もう何も考えずにしっかり泣いていいんだ」
いつもとは違う、トーンの落ち着いた優しい声。
そんな声で励ましながら、織部は大志の背を撫でる。
「よく頑張ったな、大志」
その一言で、大志は躊躇いを捨てた。
生まれて初めて、他人の前で涙を流し続けた。
八海連合の仲間といた時でも、会社にいた時でも、味わえなかった温もりを心から感じられた。
あれほど煩わしい他人の存在が、今はこんなにも居心地がいい。
涙を流す度に心が軽くなって、重荷が消えていく。
その日の夜は特別なものになった。




