十二話
それでもいつまで経っても大志の心は晴れなかった。
喪失の悲しみだけではない。
母に対する自分の言動への後悔。
母が自分に病のことを打ち明けてくれなかったことへの怒り。
母について考えるたびに色んな感情がごちゃごちゃに混ざりあって、ただただ息苦しかった。
四十九日を終えた後は仕事の忙しさを理由に、大志は母の死を考えないようにしていた。
母の思い出の品を倉庫に仕舞っていたのも、同様だ。
月命日には万岳寺に手を合わせに来たが、必要以上に寺に居座る事はなかった。
順鶴も愛助も、無理に大志を引き止めはしなかった。
だけど、今になって大志は打ち解けて彼らと話し合う事が出来た。
今は織部の愚痴を言って、二人を笑いあえている。
心も体も、前よりずっと軽かった。
寺を出ていく時、愛助は自分の足元に擦り寄って来たカサゴを抱え、大志を見送りに来た。
「俺も、柿花のとこの店に行っていいか?」
「はい。いつでも来て下さい。オーナーがウザいけど、いい店なんで」
「そうか……」
「じゃ」と去っていく大志の背を、しばらく黙ってから愛助は呼び止めた。
「何かあれば、すぐに言えよ」
「はい。ありがとうございます。愛助さん」
大志は振り返って、ニカ、と歯を見せて笑う。
そんな彼に安堵し愛助は微かに口角を上げるのだった。
※
後日、縁庵に珍しく人間の客が訪れた。
キャップにオフホワイトのパーカーを着た壮年男性だった。
彼の顔を見ると、大志はもう一度笑っていた。
「和尚様! 来てくれたんですね!」
「うん。釣りに行く前に寄ったんだよ」
「ありがとうございます……オーナー、このお方が、俺の菩提寺の和尚様で、順鶴さん」
大志はそう言ってカウンターで洗い物をしている織部に彼を紹介する。
織部は顔を上げて順鶴に挨拶をし、席に促す。
「いらっしゃいませ。大志から話は聞いてますよ。甘いものがお好きだけど、健康が気になるとか」
「ははぁ、まあ、その通りで」
「俺、ぴったりなもの作りました。少々お待ちくださいね。飲み物はなんにします?」
「では、緑茶で」
「わかりました。今ご用意しますね。対し、お願い」
織部にそう言われた大志は「はい」と言って、湯呑に緑茶を注ぐ。
順鶴の好みに合わせ、濃いめに淹れた。
「はい。お待ちどおさま」
そういって織部はカウンター越しに二つ仕切りの白磁皿を順鶴の前に置く。
それはぷっくりとした白玉だった。
片方には褐色のみたらしが掛かり、もう片方には粒あんが盛られていた。
順鶴は目を輝かせ、二股に裂けた菓子楊枝で粒あんの方の白玉を口に運ぶ。
つるりとした食感の後に、濃厚な餡の甘さが広がる。
白玉はもちもちとした食感があり、噛むと仄かな、餡とは違った風味が漂っていた。
「これは……絶品ですな」
「ありがとうございます。豆乳で作って、ヘルシーにしたんです。実はみたらしの蜜や餡子もいつもより砂糖少なめなんですけど、気にならないでしょ?」
「ほお! そうなんですね。いいですね。もう一つ食べられそうだ」
それじゃあ健康に気を遣う意味がない。
そう内心思いながら、大志は笑みを堪えた。
じっくりと味わい順鶴は茶を啜りながら、店を見渡した。
「しかしいいお店ですな。お稲荷様の加護もそうですが、とてもいい趣があって」
「……わかるんですか?」
大志の問いに、順鶴は歯を見せて笑う。
「伊達に長い間仏門にいないからね。人以外の者がこの世にはいる事も、重々承知してるよ」
「そ、っか」
「大志くんは最近まで知らなかったんだろう? 無理もないよ。でも、今は彼らに対して何も思ってはいないだろ?」
彼の言葉に大志は振り返る。
つい数か月前まではいるわけないと思っていた、妖怪。
皆この店に来てはごく普通に過ごしていた。
くつろぎ、笑い、時々悩みを抱えて、お節介すぎるオーナーに話したりする。
彼らは人間となにも変わらない。
悩みを抱えながらも、自分なりに生きていこうとしている。
だから大志は彼らに対しては、普通に「お客様」と思っている。
「そうですね。最初は驚きましたけど、今は、平気です。皆大事なお客様です」
「それはよかった」
大志の様子に安堵した様子の順鶴は、その若い背中に手を置いた。
年相応の節くれだった皺がある手だが、力強さを感じさせる厚みを肌から感じた。
「では、また来るからね。織部さんも、美味しい料理をありがとう。今度釣った魚を持ってきますよ」
「嬉しいです! ありがとうございます!」
「今日はありがとうございました、また今度」
二人は礼をして、順鶴を見送った。




