十一話
澄み切った朝の空の下を灰色の柱が並ぶ。
大志は並ぶ墓石の中から『柿花家』と書かれたものの前にいた。
火事の後始末と、縁庵での新生活の準備が落ち着き、一区切りがついた。
そんな休日に、彼は万岳寺へ両親の墓参りをしに来たのだ。
「お久しぶり、父さん、母さん。ごめんね。遅くなって」
備え付けの雑巾とたわしで墓石を洗い、菊の花を供え、手を合わせる。
あの燃えた家の中に、位牌や遺影が無くて良かったと大志は安堵している。
二人の顔が見たくなったら納骨堂まで行こう。和尚の好意でアルバムや思い出の品も置いて貰ってあるし、亡くした家族のことを振り返るのにはいいだろう。
そう大志が思っていた時だった。
万岳寺の和尚である順鶴が、大志の姿に気づいた。
「やあ、おはよう。大志くん」
「和尚様、お久しぶりです」
「いやいや。かしこまらないでくれ……君も大変だったんだから」
クビや火事のことを気遣い、順鶴は合唱してその剃り込んだ頭を大志に下げる。
幼い頃から知っている人と話せ、大志はどこか安堵していた。
そのまま寺の方に向かい、屋内にあるテーブルを挟んで一緒に茶を飲むことにした。
本堂の座布団の上では、寺で面倒を見ている猫たちが各々好き勝手に寛いでいた。
茶トラのウニ、鼈甲のような模様のゴンズイ、サバ白のイソメ、三毛猫のカサゴ。
釣り好きの順鶴が彼らの名付け親であり、魚の名前からとっている。
秘かに大志は「すごいセンスだ」と思っている。
「今の状況はどうかな? 火事が起きたその日に拾って貰って、その人のところで住み込みで働いてるんだって?」
「はい、縁庵っていうところです。喫茶店で、定番のものから色々作ってます」
「ほほう。そうかい、私も行ってみようかね」
甘味が好きな順鶴は興味津々なようだ。
以前医者に甘いものを控えるように言われて嘆いたのだが。
だが、織部なら何とかしてくれるだろう。
謎の信頼を抱いて大志は和尚に説明した。
「俺を拾ってくれた人、その縁庵のオーナーは、度を越えたお人好しでしてね……お客さんに合わせて新メニューとかも作るんです。だから和尚様に合った、健康的にも大丈夫で美味しいスイーツも頼めば作ってくれますよ」
「それは素晴らしい! ぜひそのお店に行くよ!」
順鶴はウキウキとした様子だった。
大志としては数少ない人間の客だ。
心してお迎えしよう、そう思っていた。
「和尚。ただいま戻りまし――柿花」
低く落ち着いた声が堂に響く。
太く雄々しい眉をした坊主頭の僧侶が、入って来たのだ。
彼の姿に、大志は昔のように立ち上がって頭を下げる。
「おはようございます、愛助さん」
かつて自分がそうされた日々、八海連合の総長だった時代を思い出し、愛助は苦笑する。
「昔みたいな挨拶すんじゃねえよ。あと、今の俺は助海だ」
「へへ。すいません。つい癖で」
「もう、片付いたのか?」
「はい。火事に会った後、幸運にもすぐに職場も住むとこも見つかりましたし。それでようやく落ち着けたから、両親に挨拶しに来たんです」
かつての後輩、自分を慕ってくれた人間の明るい笑顔に、愛助は静かに笑う。
そんな彼に順鶴は手招きをした。
「せっかくだし、助海も一緒に飲もうじゃないか。積もる話もあるだろうし」
「……いただきます」
そう言うと愛助は順鶴の隣の席に座る。
大柄であり体格の良さを、和服越しにも感じる。
昔のようなプレッシャーを放ってはいないが、只者ではないことは誰の目から見てもわかるだろう。
※
八海連合が解散した後。
大志が愛助と再会したのは、母親の葬式でのことだった。
愛し合っている両親を同じ墓に入れるため、母の亡骸を万岳寺に委ねることにした。
そんな大志に対応したのが、僧名である助海と名乗っていた愛助だった。
久しぶりに会った憧れであった総長が頭を丸めて目の前にいた時、大志は目を見開き、驚きを隠せていなかった。
それは愛助も同じだった。
「……大変だったな」
「はい……俺、母の事、なんも知らなくて」
義務的なやり取りを終え、ぽつりぽつりと話し合った。
こんな風に個人的な話が出来る人間に会えると思っていなかった大志は、自然と家のことを話してしまった。
母は裕福な家の生まれで、父とは実家からの猛反対を押し切って、駆け落ち当然に結婚したと。
そのせいで母の親族には連絡をしても、電報を送るだけで葬式に来る人間はいなかった。母の生まれをやっかんでか友人と呼べる人間もいない。
父も天涯孤独で、彼女の葬儀は大志一人で行う事になった。
それが複雑だと、大志は愛助に漏らした。
「俺の出来がもっと良かったら……母さんはもっと幸せだったんじゃないかなって。思っちゃうんです。そしたら友達も沢山いて、病気にもならなかったんじゃないか、って」
自分の足元を、光の無い目で見る大志に愛助は言う。
「人間なんて、いつどうなるかなんてわからねえよ。不良のトップだった人間が坊主になるくらいだしな」
「……」
「しようと思えば、後悔はいくらだってある。少なくともお前のお袋さんは、幸せだったと思うぞ。亡くなった人間の顔を見てきた俺だから、それは言える」
棺の中で花に包まれる母を見る。
その手には黄色い薔薇があった。
父の誕生日にはいつも母が買っていた、一本の黄色い薔薇。
「和尚もお前の事、心配してたぞ」
「……そうですか」
「就職したばっかなんだってな。色々大変になるだろうし、なんか悩みがあったらいつでも頼りに来いよ?」
昔、心から慕って信じられた存在。
自分がこうなりたいとその背中を追って来た漢であった愛助。
見た目は変わった彼の、それでも変わらぬ静かで熱い意志が、鉛のように重くなった大志の心を軽くした。
「ありがとうございます。愛助さん」
彼の言葉のお陰で身軽になった大志は、母を見送り、その亡骸を彼女の愛した父の横に置いたのだった。




