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十話

気まずかった。

それもそうだろう。

つい先程まで言い争っていた客と店員が、今、向かい合って席に座っているのだ。

言い争いの最中割って入る様に「料理作らせてくれ」と言った本人のオーナー、織部は「驚かせたいから」と彼らをカウンターから退け、テーブル席に座らせた。


「まあ、期待して待っていようぞ二人とも。みどりの料理は絶品だからの~」


コンだけが呑気に茶を啜っている。

大志の横に置かれた茶はこの空気に冷やされてしまい、佐々木のアイス抹茶には手が全く付けられておらず、結露ばかりが浮かんでいた。

話すべき言葉が見つからず、ふわふわと揺れるコンの尻尾を見てるだけで時間が過ぎていった。


「お待たせ! みんなの分も持って来たよ」


大きめのトレイをもって、織部がテーブルに歩いてくる。

そして白い陶器の皿を三つ並べた。

中にはパセリが散らされた真っ白なポタージュが注がれている。

冷えた皿に満たされたそれの横に、織部はスプーンを置く。


「これが……僕に出したいって織部さんが思った料理?」

「はい。冷製ポタージュです」

「なんの?」

「それは食べてのお楽しみ!」


大志はまたしても織部の正気を疑った。

いくら気心の知れた相手だとしても材料の分からない料理を出す料理人がいるだろうか。

だが、それを口にして織部を責める気にもならなかった。


「まずかったら、残すから」


大志が固まっている間に、佐々木はスプーンを取って皿の中を掬う。

彼に吊られて大志もスープを飲む。

すーっと、冷たい液体が口の中を伝う。

生クリームを使ったのかとろりとした食感で、それでいて清涼感があった。

ミルクの味がしながらもさっぱりした不思議な味だ。

ポタージュの定番であるじゃがいもやコーンとは違う。


「これ、なんだろ……普通においしいけど、わかんねえな」

「だろ? 佐々木さんはどう? わかる?」


佐々木はゆっくりと、一口、もう一口と食べてから、スプーンを置いた。

それから織部を見上げる。


「……これ、きゅうりでしょ」


彼の声で、大志ははっとする。

言われてみればこの青っぽさは確かにきゅうりだ。

織部は拍手をして笑顔を浮かべる。


「正解! おめでとう!」

「おめでとうじゃないよ……嫌いって言ったのに」

「でも佐々木さん、ちゃんと飲めたじゃないですか」

「……確かに、僕が苦手な味は感じなかったけど、ていうか、なんでコレ出そうと思ったの? 嫌がらせ?」


確かにそうだ。

母親とかならいざ知らず、本人が嫌いな食べ物を秘かに食べさせるなんて、織部は何考えてるんだろうか。

すると織部はスープを指さした。


「佐々木さん。きゅうりはどう料理してもきゅうりです。そして、佐々木さんも佐々木さんであり、河童です。それはどんなことをしたって、変わりません」


そこで「でも」と付け加える。


「このスープは色んな工夫や、他の素材と合わさって、特別な料理になりました。それって人間も妖怪も一緒だと思います。色んなものや他人と関わって、経験して、それが今の佐々木さんになってるんです」

「僕、が?」

「佐々木さん。なにが自分と相性のいいものか、とか、自分の悪さを補えないか、とかはやってみないとわかりません。実際料理しないとわかんないみたいに。だから遠慮せずに、当たって砕けちゃえばいいんですよ」

「砕けちゃダメだろ!」


途中まではいいことを言っていたのに台無しにしたオーナーに、大志がすかさず割って入った。

だが佐々木には呆れた様子はなかった。

無言でそこに座っているが、その目は前よりも生気に満ちていた。


「……これ、最後まで食べるよ。お代いくら?」

「俺が勝手に出したし、いいですよ」

「お人好しだね、ほんと」


すると珍しく、佐々木が口角を上げた。

どうやら織部の想いが彼に届いたようだ。

縁庵を出ていく際、彼は「ありがと」と小さく告げて去っていった。



 ※



後日、佐々木が来店した。

女性を伴って。

彼女が佐々木の想い人だという事は、彼のいつも以上に穏やかな笑顔から理解できた。

曰く、彼女に自身が河童であることを明かした時、自分も結婚してすぐに離婚したという過去を告白し、佐々木の想いを受け入れたそうだ。


「だから言ったんです。『お似合いだね』って」


そう笑う女性に「おめでとうございます!」と大声で祝福する織部に代わり、大志は冷静に二人をカウンターに案内する。

心配していたが、とてもあっさりといい方向に事は運んだようだ。


「佐々木さん、今日もアイス抹茶にします?」

「いや……今日は、おすすめのほうじ茶ラテにする」

「温かいの、大丈夫になんですか?」


大志が言うと佐々木はメニューを見ている恋人の横顔を見た。


「彼女が好きな飲み物だから、飲んでみたくて」


そういう佐々木の顔は血の気が通っているように思えた。


(恋してるんだから、当然か)


そんなこと思いながら、大志は注文を織部に通した。



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