FILE_04 Basecamp
「赤松から許可が下りた」
「えっ?」
「リーダーからの許可だ。とりあえず“試用”ってことで、晴れてあんたも俺たちの仲間入りだ。まだ試用期間だけど、これからよろしくな」
男が電話をかけたと思ったら、あっという間に仲間入りを告げてきた。 普通、こういうことはもう少し慎重に進めるものだと思っていた。
「そういえば、名前まだ伝えてなかったな。毒島だ。よろしく」
自分も名乗ろうとしたが、名前がないことに気づいた。
「あの……私の名前って……」
「そうだな、それもまだ決まってないし、教えることもいろいろある。俺がサポートしてやりたいが、生憎忙しくてな。代わりに形が面倒を見てくれる」
「形さんって……」
「ほら、あんたが庇った女、覚えてるか?」
ドアが開く。20代後半に見える女性が入ってきた。
「毒島さん、新人教育の話って.......」
「形、来たか。お前、こいつの教育担当な」
「そんな急に……あれ? この子、庇ってくれた子じゃ……」
「そうだ。救出作戦の時、担当につけてたし、ちょうどいいと思ってな」
形がこちらをじっくりと見つめる。
「何をすればいいんですか? この子、特別な事情あるし。」
「他の奴と同じでいい。名前をつけた後、いろいろ教えてやれ。俺はこのあと反省会と上への報告がある。困ったことがあったらメッセージで聞け」
「普通の手順でやるんですね」 「おう。じゃ、任せた」
毒島はそう言うと、さっさと部屋を出ていった。
「手始めに自己紹介するね。私は形キョウコ。ここでは主にサポート役をやってるの。趣味は映画鑑賞で、好きな映画は"グリーンマイル"と"ターミネーター2"だよ。」
「へぇ、映画が好きなんですね。」
「そうだよ。今度一緒に観ない?」
「はい、ぜひもちろんです。」
微笑んで話しかけられると、形さんの優しい雰囲気に包まれる気がした。
「次は名前を決めないとね。呼び名がないと困るから。」
「名前……。」
「そこに苗字辞典があるから、一緒に見ようか。」
そう言うと形さんは苗字辞典を持ってきて隣に座ってきた。形さんと一緒に名前を探す。名は体を表すと言うように、名前は自分の大切なアイデンティティになり得る。
「形さん。これとかどうです?」
「キョウコでいいよ。これすごいいいね。」
「こっちもいいなぁ。」
「これとかどう?」
キョウコさんと一緒に熟考を重ね、候補を三つに絞った。
「キョウコさん、三つまで絞れました。」
「早かったね。どんなのにしたの?」
「はい。3つで"天野"、"喜多"、"春日"です。」
「全部、朗らかな印象だね。」
「はい。気持ちのいいスタートにしたいんです。」
「いいね。私は"喜多"が好きかな。」キョウコさんが小さく頷く。
「私も"喜多"がいいな。下の名前はどうしましょう?」
「喜多ちゃんはね……うん、"アオイ"って感じだね。」
キョウコさんから提案された”アオイ”という名前を繰り返し反芻する。これ以上ないようなしっくりくる名前だ。
「アオイ。ほんとにいい名前ですね。喜多アオイ。」
心のなかで何度も反芻する。”喜多アオイ”しっくりくる。キョウコさんも嬉しそうに笑っている。
「呼び名は"喜多ちゃん"と"アオイちゃん"のどっちがいい?」
「うーん、"アオイ"がいいです。」
「よーし、アオイちゃん。名前が無事決まったね。じゃあ、メンバー登録の書類をこっちで作っとくね。あとで指だけ貸してくれたらOKだから。」
「指だけ?」
「指紋で本人の証明をするの。ハンコみたいなもの。もう2036年なのにずいぶんアナログだよね。」
「いろいろあるんですね。」
「ここの施設は昔研修施設として使われていたの。」キョウコさんが施設の説明をし始めた。
「そうだったんですか。」
「そう、敷地が30,000㎡ぐらいですごい大きいんよ。」
「すごい大きいんですね。ここはどこなんですか?」
「ここはね。小ロッジ。居住棟の近くにあって、普段は荷物置き場ぐらいしか使われてないんだけどね。」
「へぇ、キョウコさん達は居住棟で普段暮らしてるんですか?」
「そう。これから居住棟に行くよ。」
形さんはそう言うと建物のドアを開け外へ出る。目に入ってきた景色はどんよりとした曇り空と、深い緑の木々たちだった。
「晴れの日だとすごく爽やかで気持ちいいんだけどね。」キョウコさんが呟く。
「真後ろに見えるのが居住棟で、食堂とA棟とB棟に分かれているの。A棟が会議室や医務室とか居住区があって、B棟が完全な居住区なの。」
「自分の部屋は決まってないんですか?」
「アオイちゃんはね......確か.....決まってないね。あとで毒島さんに聞いとくから、決まるまで私の部屋使っていいよ。」
「えっ、いいですか?」
「うん。困ったらお互い様だからね。」
居住棟に到着した。外観は白中心の無骨なデザインで、50年以上前に建てられたように感じられる年季の入ったものだった。
「時間もちょうどいいし、ご飯にしない?」
「そうですね。ちょうどお腹も空いてたところですし。」
食堂に入る。時間は13:45を指しており、時間帯のせいか、人は少なかった。
「形さん。もう少しで食堂閉めるよ。早くこなきゃ。」50代に見える女性がキョウコさんにそういった。
「すみません。立て込んじゃってて、」
「早くしなきゃ飯が逃げてくよ。あれ、そっちの子新入り?」女性がそう尋ねてきた。
「そうなんですよ。喜多キョウコって言う子で、今、新人教育をしてるんですよ。」
「へぇ、新入りって何人?」
「全部で5人です。」
「じゃあ、あんたらで最後だ。ご飯はどうするの?いつものでいい?」
「はい、いつもの2つでお願いします。」
「あい。」
キョウコさんが頼んだものは牛丼セットだった。牛丼に味噌汁、ビタミンジュースがセットになっているものだった。牛丼は大盛りで、その他のものと合わせて、エネルギー補給にとても向いている。
「ここのご飯は基本的にはレトルトじゃなくて手作りなんだよ。」キョウコさんがそう説明する。
「だからこんなに美味しいんですね。」
素材本来の旨味でとてもまろやかだ。出汁がしっかりご飯に染みていてとても美味しい。
「美味しいって思ってもらえて良かった。ご飯は大きなモチベになるからね。」美味しそうに楽しく食べている。
「グルメなんですね。」
「うん。食事って生きるためだから、生きるためにすることを楽しめたらすごくいいじゃん。」
「前向きですね。」
食事を終え、食堂を後にした。
「これからどこへ行くんですか?」キョウコさんに連れられ、階段を上がっていく。
「私達の部屋だよ。いまからは新人教育。V解放戦線についてのお勉強だね。」
「これだけ大きい敷地があるから、組織について知るのも一苦労でしょうね。」
「覚えることがたくさんあるから覚悟してね。」
「あんま考えたくないですね。」
軽い雑談をしているとき前から来ていた男に声をかけられた。




