EP_02 衝撃
警報が鳴り響く中、黒尽くめの部隊は撤収を開始していた。隊員たちはそれぞれが、56式自動歩槍やトカレフ、VZ-61などを装備している。院内は複雑に入り組んでいるように見えるが、彼らは迷うことなく、クリアリングを行いながら慎重に進んでいく。
「ドローンを先にいかせろ。偵察用だ。」
隊長の指示に応じ、被検体のカバーに入っていた隊員の一人がドローンを展開し、発進させた。映像は隊員たちのゴーグルにリアルタイムで共有されている。
一方、安芸製薬側は、確認に向かわせたPMCが爆殺されたことに気づき、警備レベルを引き上げた。挟撃作戦は、クレイモア地雷が複数残っている可能性があるため中止された。これは部隊側の思惑通りだった。ただし、PMC側は装備の質が高く、戦略面では部隊側が優勢であるものの、実際に交戦した場合は、とあることを考慮しない場合は、わずかな差でPMCに軍配が上がる。そのため、彼らは少数の分隊を各個撃破していく必要があった。
「敵影発見。十字路を右に曲がり、道なりに進んだ先の角に敵5名を確認。……クソッ、ドローンが破壊された。」
「了解。仕掛けるぞ」
ドローンで発見された敵は、部隊の退路上に配置されていた。ドローンは一瞬で破壊され、もはや正面衝突は避けられない。羽音はすでに敵にも聞こえているはずだ。
彼は率先して先陣を切り、素早くクリアリングを行いながら問題の角へと進んだ。ハンドサインでペアにカバーを要請する。やるしかない。大きく息を吐いた。
空気が張り詰める。互いに緊張が走る。
彼は大胆にも角から身を投げ出した。ペアは身をかがめてピークする。彼は56式自動歩槍を用い、一瞬で3人を射殺した。PMCらは、彼が角から最小限の面積でピークしてくると予測し、角の周囲に照準を置いていた。そのため彼に弾は当たらなかった。慌てて照準を彼に合わせようとした瞬間、カバーに入ったペアに照準を合わせる余裕はなく、残りの2人もそのまま射殺された。すべては一瞬の出来事だった。
この動きを可能にしたのは、人体実験によって施された超人的な運動神経と反射神経によるものである。彼ら“V”──“VIPER”に死角は存在しない。
待ち構えていたPMCは5人だけではなかった。ドローンがそれを映す前に破壊されてしまったため、追加の敵の存在を把握できたのは、彼が飛び出した後だった。身を投げた彼はPMCには絶好の的になってしまう。ペアの他に、被検体のカバーに入っていた仲間も彼のカバーに入った。PMC達は連射を行い彼らを封殺しようとした。しかし彼ら”V”は持ち前の反射神経や運動能力で各個撃破していく。彼らはPMCの隙を付き、被検体も連れて前進していく。
Vは止まらない。
戦闘は続いている。どうやら私たちのほうが優勢らしくジリジリと進んでいる。隊長らしき男はすでに何回か被弾しているようだが、それを感じさせない動きをしている。よく見ると、出血も腫れも消え、皮膚組織が異常な速度で再生している。傷は完全に治癒していた。
そのとき何かが飛んできた。グレネードランチャーだ。助けてもらった女性に直撃してしまう。助けてもらって何もできないようでは、だめだ。どうすればいいのか。考える暇もなく、飛び込むしかなかった。
青白い閃光が目に焼き付く。音で鼓膜が破れる。熱い。熱せられた鉄を体に押し付けられたかのようだ。ああ、痛い。視界が赤に染まっていく。意識が遠のく。
これで終わりなのか。
爆発をまともに受けた彼女の体からは、赤い粒子が浮き上がっていた。通常の人間であれば即死していたはずだが、彼女は人間の形を保っていた。それは“V”であるが故だった。
爆散した肉片は異常な速度で再生していく。目は充血により赤く染まり、動悸は激しく高まる。彼女に意識はない。脳はCPUとして機能し、殺戮を目的に処理を続ける。回復に使われたエネルギーは、人間を食すことで補われる。彼女は今、完全な殺戮兵器となった。
脳はCPUとして機能し、PMCまでの経路を瞬時に解析。判断を処理し続けながら、即座に実行へと移る。 PMCが放った銃弾は、彼女の異常な反射神経と運動能力によってすべて回避された。
殺戮は一瞬だった。PMCの頭部に銃弾が撃ち込まれ、次々と命を奪われていく。 弾が尽きても、彼女は素手で敵の頭部を叩き潰した。
鹵獲した銃器を使いこなし、壁を蹴って跳躍するなど、フィールド全体を柔軟に活用。殺戮は止まらない。
彼女が通った後には、肉片と死体だけが残された。 救出部隊はその光景に言葉を失う。 自分たちの新たな特性と、内に秘められた凶暴性を目の当たりにしたからだ。「自分もこの様になるかもしれない」という恐怖が部隊全体を包みこんだ。
殺戮兵器と化した彼女は、わずかな時間でPMCを全滅させた。 その戦いぶりは、まさしく鬼神の如しだった。
すべてのPMCを殺し尽くした彼女は、その場に倒れ込み、沈黙した。 すべては、一瞬の出来事だった。
この惨状を目撃した救出部隊は、しばらくの間呆然としていた。あまりのことに気を失った者もいた。先ほどのグレネードランチャーによる爆発で何人かは負傷していたが、すでに再生していた。
「彼女に高エネルギー剤を注射しろ」 隊長は、彼女がエネルギーを使い果たしたことに気づき、そのまま死亡する可能性を理解して、素早く指示を出した。仲間が急いで注射を行う。隊員の幾つかはこの惨劇を起こした彼女を仲間として扱えないとして忌避するものもいた。もはや人とは思えない彼女の処遇を彼らはどうするものかと考えたが貴重なサンプルになると判断し、回収することを決定した。
失神した者を介抱しながらの脱出は危険を伴うものとなったが、安芸製薬側の戦力は先ほどの戦闘によって壊滅しており、脱出は容易だった。彼らは付近で待機していたバックアップ班の支援を受け、施設からの離脱を果たした。
安芸製薬側は、実験の情報が世間に流出することを恐れ、公的機関の立ち入りを拒んでいた。しかし、近隣住民による通報により、今回の惨劇は表舞台に晒されることとなった。
この事件をきっかけに、“VIPER”とそれを巡る壮大な物語が幕を開けることになる。