悪島は夢を見た
表に出せないブツの入手方法は、日本より異国にウェイトを置いている。海外の方が手に入りやすいのだ。
そんなブツを手に入れるために、悪島は日本を飛び出した。
取引は順調に進んだ。
後は、お金とブツを交換するだけ。
その段階になり、急に相手のウォンが手の平を返した。
「金をもっと寄こせ!」
と言ってきた。
「十分な金を出している。これ以上上げるつもりはない」
悪島とて裏で生きている人間だ。この程度の脅しに屈すれば、後は目に見えて悲惨になる。
「ならブツはやれねえよ」
相手は銃を取り出し、躊躇することなく悪島に向けて撃ってきた。
悪島は暗く、汚い路地を走っている。昨日の雨で出来た水溜まりが不快な臭いがする。
段々と右腕の感触がなくなってきた。弾痕から流れる血は手から落ち、地面に赤い模様を描いている。
角を曲がった時、路地の真ん中に置かれていたポリバケツに足を取られ、無様に転んだ。
「……こんなことになるはずじゃなかったのに」
目の前が、水の中からみたように歪む。これは血がなくなったせいなのか。
パシャ! と水が跳ねる音がする。
追っ手が近づいてくる。
追っ手にとっては追うのが簡単だろう。なんせ、地面には悪島の血で出来た矢印があるのだから。
悪島は壁を支えに立ち上がり、少しでもこの場を離れようと歩く。
壁の感触さえも、曖昧。今触っているのがレンガなのかコンクリートなのかも分からない。
足は上がらず、ただ引きずるのみ。
ふと、視界が斜めになる。
直後、悪島は地面に倒れていた。
体を支えていた壁がなくなり、家の中へ倒れたようだ。家といっても、荒らされていて、人が住んでいる痕跡はない。
悪島が入ってきたのは、本来ならドアがあった所だ。
「こっちだ!」
追っ手の声がした。
悪島は体を蛇のように動かして、外から見えないように壁際へ行く。息を殺して、追っ手が通り過ぎてくれるのを願う。
「向こうに血が続いている。行くぞ!」
追っ手は悪島がいる家を通り過ぎていく。
幸いにも、悪島が倒れたさい、血が飛んでいったみたいだ。
天が生きろ、と言っているように悪島には感じられた。
けれども、悪島の意識はそれ以上続かず、夜よりも暗い闇へと落ちていった。
目が覚めた。そこは光に満ちていた。
悪島は、自分が死んでしまったのかと思った。
「天国か……」
光に満ちた空間に、思わず悪島は呟いた。
しかし、すぐに首を振る。
自分が天国に行けるはずない。
「なら、ここは……」
「目が覚めたの?」
悪島の顔に影が差す。
「死にそうで危なかったのよ」
悪島を覗き込んでいるのは二十半ば位の女性だった。
「君が、助けてくれたのか」
「そうよ。たまたまあそこを通りかかったら、あなたが倒れているんだもの。びっくりしたわ」
彼女は絞ったタオルを悪島の額を拭く。
ひんやりとしたタオルの心地よさに、悪島は天国にいるような気がした。
それなら彼女は女神か。
悪島の腕には包帯が巻かれている。服も変わっている。彼女がすべてやったのだろう。
「……何で君は、俺を助けてくれたんだ」
路地裏で、血まみれの男なんて助ける理由なんてない。
なのに、なぜ彼女は悪島を助けてくれたのか。
しかも、こんな丁寧な介抱を受けている。
「……まず、あなたに謝っておきます。すいません」
彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。
「え? 何で謝るんだい」
悪島は手を動かそうとして、動かないのに気付いた。
「あなたをウォンさんに渡せば、大金が手に入ります。私が生きていくには、お金が必要です」
ここは、天国ではなかった。
悪島は、十字架にはりつけられたイエスのごとく、ウォンという槍を待つしかなかった。
おわり
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