表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

素の自分

「なあ……まだ怒ってるのか?」


「いえ、怒ってなどいません。ただ、あなたのような非常識で下品な人と同じ空間にいることに、不快感を覚えているだけです。」


(やっぱ怒ってんじゃねえか……。)


心の中でそう突っ込みながらも、自分がやらかしたことに関しては、それなりに反省しているつもりだった。


「なあ、本当に悪かったって……。もう二度とああいうことは言わないからさ。頼むよ、機嫌直してくれ。」


あれから俺は、誠心誠意謝るために、お茶を淹れてやったり、面倒な書類も全部代わりに片づけたりしてきた。だが、如月の機嫌は相変わらず斜めのままだ。


(もしかしてこいつ……わざと機嫌悪いふりしてんじゃないか? そのほうが俺が気を遣って、いろいろ面倒事押し付けられるし……。)


「なあ……お前、まさかとは思うけど……わざと機嫌悪いふりしてるんじゃないだろうな?」


「あなたはこの期に及んで、よくそんなことが言えますね。私があなたの発言でどれだけ傷つき、辱められたか……あなたにはわからないのでしょうね。」


如月は冷徹な視線をこちらに向けた。その目は、背筋が寒くなるほどに恐ろしかった。


「そ、そうだよな……ごめん……。」


このままじゃ、如月の機嫌が悪化する一方だと思った俺は、小奈津に助けを求めることにした。


「なあ……あれ、どうしたら機嫌直せると思う?」


俺は如月に聞こえないよう、小声で小奈津に尋ねた。


「えっ、私に聞くんですか? ……それって本当に反省してるんですか? 自分で解決しようとしないあたり、そうは見えませんけど。」


「いやいや、できることはしたんだって。お茶も淹れたし、書類も全部やってあげたんだぞ。」


そう言うと、小奈津は呆れたようにため息をついた。


「な、何だよ。俺の何が悪かったんだ。」


「あのですねえ……まず、あなたは如月ちゃんの性格をわかってないんですよ。あの人は自分で何でも解決したいタイプです。いわゆる“エゴイスト”。そんな人に勝手にサポートしたら、逆効果に決まってるじゃないですか。」


「お、おう……。」


(エゴイスト……そういやそうかも……。)


初めて小奈津の言葉に感心した。


「じゃあ……どうすればいいんだよ。」


「……本当は自分で考えてほしいところですが、如月ちゃんが不機嫌だと私も疲れるので、少しだけアドバイスします。」


「お、おう!」


「エゴイストが喜ぶのは、“承認”です。つまり、褒めること。だからまずは如月ちゃんを褒めることから始めてみては?」


「なるほど……!」


確かに、ポイントを突いてる気がした。


「よし、じゃあ早速……。」


俺は如月の前に戻った。


「なあ……如月って本当に頑張り屋さんだよな。勉強もできるし、スポーツも万能だし、みんなから好かれてるし……ほんと完璧超人だよなあ。」


「……なに、急に。」


「いや別に。ただ、俺が日々思ってることを言っただけさ。」


「……何か知らないけど、虫唾が走るからやめてくれない? 本当に不愉快。」


「なっ……。」


俺は小奈津のところへ戻った。


「全然逆効果じゃねえかよ……。むしろもっと不機嫌になった気がするぞ……。」


「そりゃ、あんなわざとらしく褒められたら誰だって気持ち悪いですよ。」


「じゃあ……どうすればいいんだよ……。」


「……まず、その“褒めてやったぞ”って顔をやめましょう。その顔見てると、吐き気します。」


「ぐわっ……。」


小奈津の言葉に、俺は深く傷ついた。


「吐き気って……そこまでじゃないだろ……。」


「いやいや、結構キモかったですよ。」


「キモ……。」


「……なんだよお前。本当に俺のこと助けようとしてるのか?」


「いや、別にあなたを助けたいわけじゃなくて。如月さんの機嫌を直したいだけですから。」


「じゃあ次の作戦は……あ、逆に悪いところを言ってみる作戦はどうですか。」


「いやそんなことしたらそれこそ怒るだろ。」


「いやいや桧山君。人はね、悪口を言われると不愉快ですが、自分の短所を気づかせてくれた人には信頼と好感を持つものです。そこで“俺が何とかしてやるよ”みたいに頼りがいを見せると、相手はその人に心を許すようになります。」


「そういうもんか?」


俺は言われた通り、実行してみることにした。


(とは言っても如月の悪いところって……。)


「なあ、如月。」


「なに? 今あなたに喋りかけられることが何よりも苦痛なんだけど。」


「いやあの……如月って悪いとこいっぱいあるよなあ。」


「……なんなの? 今度は私に文句を言いに来たの?」


「いやいや違う。ただ直したほうがいいと思うところを伝えたいだけだよ。」


「なにそれ、嫌味にしか聞こえないんだけど。」


「如月って……頭悪いよな。」


「………」


「それだけ?」


「え、まあ……うん。」


「……他にもあるじゃない。冷たいとか、とげのある言葉を使うとか。」


(なんだ、自分でも自覚あんのかよ。)


「いやでも、それって“悪いところ”ではないだろ。それは人間としての一個性であって、如月があえてやろうとしてるわけじゃないし。人間っていうのは、誰しもが一つや二つ仮面をかぶって生きてる生き物だ。それを素直に人に見せられるっていうのは、むしろいいことなんじゃないか。」


「え……。」


その言葉に、如月は少し頬を赤らめた。


「なんだよお前、顔赤いぞ。熱でもあんのか?」


「な、何でもない。」


「そうか。」


「……ちょっと外の空気、吸ってくる。」


「あーあ、出てっちゃいましたね。」


「この策もまた失敗か……。」


「ほんと桧山君は何もうまくこなせない人ですね。」


「なんだとお前。」


「じゃあ次はこの作戦で行きましょうか……。」


生徒会室でそんな作戦会議が繰り広げられている中、如月は外で胸をどきどきさせながら考え込んでいた。


(なんなのよ……この胸のざわめきは……。ちょっと顔も熱いし……本当に熱でもあるんじゃないかしら。でも……なんか嬉しかったな。初めて……素の私をいいって言ってくれた……。)


(ああ、私は何を考えてるの……淑女として、ちゃんとした立ち振る舞いを……。)


そう思いながらも、顔には抑えきれない笑みがこみ上げていた。


そして、生徒会室に戻ると、


「はあ……もうどうでもよくなったわ。さっきまでのこととか……。」


「やあ如月! 僕だよ、変態マスクマンだよ!」


ドアの前には、仁王立ちでパンツをかぶった桧山がいた。


(どうだ如月、絶対笑うだろ……。)


しかし、さっきまで少しにこやかになっていた如月の表情は、一瞬で曇った。


「……やっぱり私はあなたを許さない。」


「え、なんでだよ。ほら、面白いだろ?」


「何その恰好。由緒正しい桔梗学園の生徒会らしくない。もっと生徒会としての自覚を持ちなさい。」


如月は冷たく一喝した。


「は、はい……すみません。」


「なんだよ……これも駄目じゃねえか……。」


「いやいや、結構よかったと思いますよ。あ、ていうかさっきの写真SNSに投稿していいですか?」


小奈津は楽しそうに笑いながら言った。


「ダメに決まってんだろ! 早く消せよ!」


「じゃあ投稿はしないので……この写真、残しときますね。」


「ダメだって!」


そんな言い争いを横目に、如月は静かに思った。


(ほんと……彼は何なのよ。デリカシーがない最低な男なのか、それとも……気遣いができる優しい男なのか……。)


――まあ、ひとまず今回の件は見逃してあげるとしましょう。


その顔には、かすかな笑みと火照りが浮かんでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ