私立桔梗学園高等学校
「ねえ、桧山君。いつになったらその山積みの仕事、終わらせるつもり?」
二年生の生徒会長、如月紅葉が鋭い目を向けてくる。
如月紅葉。由緒正しき如月家のご令嬢で、この学校の生徒会長。性格は大胆で冷静、かつ合理的。成績も常に上位、中間・期末ともに学年2位を守り続ける才女だ。でもこいつは俺に対してだけ何かと冷たい態度をとってくる。
「やるって言ってるだろ。期限までまだ一ヶ月あるんだから、そんなに急かすなよ。」
俺はめんどくさそうに肩をすくめた。
「またそれよ。いつもそう言って、結局は一週間前に慌てて始めることになるんだから。最終的には私と小奈津さんが手伝う羽目になる。少しは反省しなさい。」
紅葉は深いため息をつく。
「そうだよねー、ほんと。なんで桧山くんは会長と同じ『朽葉』って名前なのに、こんなにも違うんだろ?」
小奈津さんも苦笑いして言った。
小奈津那奈。生徒会で書記を担当している。父は大手IT企業の社長、母は外交官。まさに“知的”という言葉が似合う家柄の娘……なのだが、彼女自身はお花畑系。性格はのほほんとしていて、成績も中の上といったところ。
「わかってるよ。でも今回はちゃんと終わらせる。ていうか、『くれは』って名前、俺と同じ『朽葉』って漢字じゃないし。紅葉と朽葉、真逆みたいな名前だよな。」
俺――桧山朽葉。
両親は幼い頃に亡くなり、今は一人で貧乏生活を送っている。だが成績は優秀。この学校に転入して以来、ずっと学年一位をキープしている。
本当は面倒なことは嫌いなのだが、いろいろあってこの生徒会の会計を任せられることになった。
「はあ……あんたと同じ名前の私の気持ちも考えなさいよ。本当に恥ずかしいんだから。」
紅葉は顔を赤らめかけ、慌てて視線をそらした。
「恥ずかしいって、お前ほんと失礼だな。なんで他のやつには優しいのに、俺にはそんな冷たいんだよ。差別か?……あ、もしかして俺にテストで一度も勝てないから拗ねてんの?」
俺は軽口を叩く。
そう、この如月紅葉。俺が転校してくる前までは、ずっと学年一位だった。しかし、俺が来てからはずっと二位止まりだ。
「な、なんで私が恥ずかしいって言ったか分かる?……あんたの、だらだらした性格のせいよ。」
紅葉は悔しそうに、でもほんの少し顔を赤らめた。
「でもな、そのだらだらしてる俺に一度もテストで勝ててないのはどう説明するんだ?」
俺はニヤリと意地悪く笑った。
「……それは、たまたまよ!」
紅葉は顔を真っ赤にして、口を尖らせる。
「ほーん。じゃあ次こそは絶対勝てるんだろ?」
俺は挑発的に言った。
「くっ……」
「え、どうしたの?いつもなら『当たり前でしょ』とか言ってくるくせに、今日は自信がないのかなあ?」
そう言った瞬間――紅葉の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「だって……だって私、いっぱい勉強してるのに……。毎回あんたがそれを上回ってくるんだもの。私だって……私だって本当は勝ちたいのに……。」
まるで子供みたいに弱々しい声だった。
「あーあ、本当に桧山君は最低だな。如月ちゃんを泣かせるなんて。」
小奈津が、呆れたように言いながら紅葉の頭を撫でた。
「いや、なんで俺が悪いみたいになってんだよ。最初に失礼なこと言ったのはお前だろ?」
俺は苦笑いして反論する。
「でも、それって君がまだ山積みの資料を片付けてないからでしょ?それを唯一の誇りであるテストの話に逸らしたから、こうなってるんじゃないの。本当、最低だよ。桧山君。」
珍しく小奈津が真面目な口調で言った。
「なっ……」
(唯一の誇り……)
その言葉は、俺には結構刺さった。
(小奈津め……普段はそんなこと言わないくせに、こういう時だけ言いやがる……)
「あーもう……わかったよ。俺が出てけばいいんだろ?」
俺は投げやりに言って立ち上がる。
「待って……出てかないで。」
そう言ったのは、他でもない如月紅葉だった。
「な、なんだよお前……。」
(ちょっと……こいつ、そんな可愛い顔すんなよ……。)
「え?何でですか会長。こんなくそ鈍感なあんぽんたん変態お化け、早く出て行かせましょうよ。」
小奈津が茶化すように言う。
「お前は黙っとけ、小奈津。あと俺は変態じゃない。……あーもう、わかったよ。ごめんごめん。……よしよし。」
俺は苦笑いしながら、紅葉の頭をそっと撫でた。
(……ほんとこいつ、なんで時々こんなに可愛いんだよ。ずるいじゃねえか。)
これは、
面倒くさがり屋だけど頭脳はぴか一の天才、桧山朽葉と、
頭脳明晰で容姿端麗、努力家の如月紅葉――
真逆の“くれは”二人が送る、
日常の中のちょっとしたプライドと葛藤の物語。
……そしていつか、
その葛藤が恋になるかもしれない、
まだ恋ではないラブコメである。