第五章 グレイソンとの対決
ある日、グレイソンがアカデミーに訪れた。
アリーファに結婚を迫る為にやってきたらしい。
「アリーファ・フォン・アルテミス、あなたは僕と結婚する運命にある。その事を忘れてくれるな」
グレイソンの言葉は脅しにも似たものだった。
彼を目の前にしたアリーファは、カタカタと震えだす。
「アリーファ様、大丈夫です」
震えるその手を強く握ってあげると、アリーファは私に向かって頷き、怯えがらも勇敢にグレイソンに立ち向かった。
「婚約はまだ正式に決まっておりませんわ! それに、わたくしはあなたと結婚する心算はございません! アカデミーにまで押しかけるなんて迷惑です!! 即刻お帰りになって!!」
「ほう、そうか? では──」
グレイソンの視線が私に向いた瞬間、その口角が鋭くつり上がる。
その笑みに背筋が凍るような感覚を覚えた。
ゆっくりとした歩速で近づいてきたグレイソンは、私の黒髪を一束持ち上げる。
「君が、アリーファのお気に入りと言う“オルリカ・シュテファン”か?」
「そうですが……それが何か?」
「そうか……麗しい」
「は?」
私の黒髪に、グレイソンが口づける。
気持ち悪っ……!!
そう思った途端、私はグレイソンの手を払った。
黒い髪がパラリと宙に舞い落ちる。
「おやめくださいっ! 何をなさるのっ!?」
「オルリカ・シュテファン。僕はあなたの事が気に入ってしまった」
グレイソンは私の耳元に顔を近付け、アリーファに聞こえないように耳打ちしてきた。
「良かったら一晩、踊って頂けませんか?」
その言葉に、全身の毛が粟立つ。
どうやら、私はグレイソンの標的になってしまったらしい。
「何をなさっているの!? オルリカから離れなさいっ!!」
アリーファが声を荒げ、私とグレイソンの間に入った。
私から離れたグレイソンは、冷笑を浮かべながら去っていく。
「オルリカ……! 大丈夫……!?」
「アリーファ様……大丈夫です」
「ごめんなさい……私が弱い所為であなたまで巻き込んでしまいましたわ……」
涙を流しながら謝るアリーファの手を、私は優しく握って首を横に振った。
「いいえ、アリーファ様の所為ではありません。それに……私達は友達です。何があっても、私も、ベルタ様も、リリスさんも、アリーファ様の味方ですわ」
「オルリカ……」
「ええ、そうですわアリーファ様! 私達でグレイソンに対抗しましょう!」
ベルタもアリーファに寄り添うと、強く頷いて見せる。
「きっと私達の力を合わせれば、アルフレッド侯爵令息に対抗する事が出来る筈です」
リリスはそう言って、アリーファの背を優しく撫でた。
「皆様……ありがとう……」
涙を流すアリーファを見るリリスの表情に、何か含みがある事を、私は見逃さなかった。