【悲報】推し活と筋トレとオネエを極めて婚約破棄した王子、負ける
「公爵令嬢ぅ!婚約破棄するわよぉ!」
卒業パーティ会場、甲高い声で私に婚約破棄だと叫んだのは、黒のドレスに身を包んだ王子だった。
…王子で合ってるよね?何か見た目や話し方が私の知る王子と全然違うんですけど。
「婚約破棄はいつものだから流しますが、そのイカれた女装とガリガリの身体はどうしたんですか?」
「決まってるじゃなぁい。これはオネェと筋トレよぉ。結局の所さん、婚約破棄って推し活と筋トレとオネェのどれかを極めた奴が勝つ。そこに正義も悪もありゃしないわぁ」
このアホ、遂に法則に気付きやがった!そう、婚約破棄ものってのは要素を分解していくと変な趣味持ってたり物理で押し通す方が勝つ様に出来ている。
「お、あかん…今回は流石に負けるわこれ」
「うふふ、その反応を見た感じ、私の仮説は正しかったみたいねぇ。そして、私は筋トレとオネェだけで無く推し活もマスターしたのよぉ!これを見なさぁい!」
デュクシ!(紙が広げられる効果音)
王子の手にはアイドルのポスターがあった。『公爵令嬢仮面よしこちゃん』が右手でマイクを持って左手で横ピースしているポスターだ。
「私はこの公爵令嬢仮面との真実の愛に目覚めたのよぉ。これが今回の婚約破棄の理由」
「殿下、ちょっと待って下さい。話が変わってきました」
私が鼻メガネを掛けてポスターと同じポーズをすると、王子の目が点になった。
「…え?公爵令嬢が消えた?んで、公爵令嬢仮面かどうしてここに?サイン下さい」
私はサインを書き終わると鼻メガネを外す。
「ちょっとお、公爵令嬢どこ行ってたのよぉ!あれっ、公爵令嬢仮面が居ないわぁ」
私は再度鼻メガネを掛ける。
「あ、公爵令嬢仮面さん!すみません、僕の婚約者にもサイン頂けないですか?」
鼻メガネ外す。
「って公爵令嬢!聞いてっ、今さっきまでパーティ会場に公爵令嬢仮面が居たのよぉ!」
掛けて外して、掛けると見せかけて掛けない。
「公爵令嬢仮面、公爵令嬢、公爵令嬢かめ…公爵令嬢?え?ええ?えー!?」
「やっと気付いたみたいですね」
「そんな…、公爵令嬢仮面と公爵令嬢は同時に存在出来ない関係だったなんて…。だったら、アンタを殺して公爵令嬢仮面をこの世界に留めてやるわぁ!」
「違う違う違う。殿下、そんな複雑な展開ちゃいます。もっと単純に考えて下さい」
「…つまり、一介のアイドルが公爵令嬢のフリをして私と婚約してたって事ぉ?いや、駄目でしょ。貴族社会むちゃくちゃなるわぁ」
「アンタがそれを言うか。逆です。公爵令嬢の私がアイドル活動してたんです。王国騎士団を推し活で強くする為に」
私の言葉に揃いのハッピを着た推し活騎士団がうんうんと頷く。
「なによぉ!私以外、みーんな公爵令嬢仮面の正体知ってたのぉ?それじゃあ私がバカみたいじゃなぁい!」
「バカですね。ばーかばーか」
「ムキー!でも、推し活が駄目になっても、私にはまだ筋トレがあるわぁ!」
デュクシ!(ドレスを脱ぎ捨てる音)
王子の身体は木の様にカッチカチになっていた。
「お〜、こりゃすげえ」
「うふふ、驚いたぁ?卒業パーティの1ヶ月前から水と乳酸菌だけで過ごし、半月前から水も断って仕上げた体脂肪率3%の身体よぉ。さぁ、ジャンクにしてやるわぁ!!」
王子はポージングをしてからこちらへなぐりかかってきた。
「所詮この世は焼肉定食!強ければ、強ければ…、えっと(゜o゜;、強いやつがうまい肉を食べる権利があるのよぉ!くらいなさぁい!レベルを上げて物理で殴るパーンチ!」
「ファイアーボール」
「あんぎゃあ」
カラッカラの王子の身体は、美味しそうな焼肉の匂いがした。
「勝負ありですね、殿下」
「そ、そんな。人は裏切るけど筋肉は裏切らないんじゃなかったのぉ?」
「ええ、筋肉は裏切りません。貴方が筋肉を裏切ったのです。鍛え方を間違えたのですよ」
「なにそれぇ、それじゃあ私がバカみたいじゃなぁい!…いーえ、まだ私は負けてない!そう、ざまぁされるまでは負けてない!そして…ざまぁを防ぐ為のオネェ化よぉ!」
デュクシ!(王子が四つん這いになり、尻を向ける音)
「私は婚約破棄に失敗したわぁ。じゃあ私はこれからどこに連れていかれるの?娼館も辺境騎士団でも悪趣味マダムでもオネェ化した私はノーダメージよぉ!断種バッチコーイ!」
顔を赤らめて尻を振りながら勝利宣言、いや引き分け宣言をする王子。そこへ現れたのは、王子の命運を決める権力を持つ国王だった。
「バカ息子よ、お前への刑罰はこれだ」
国王は毒杯を素手でかき混ぜる。そして、お尻を突き出したポーズのままの王子のお尻に漏斗をぶっ刺し、毒杯の中身を注いだ。
「乳酸菌が五臓六腑に染みるわぁ、ってこれ毒じゃなぁい!あ〜ん、今日もアンニュイ!」
デュクシ!(王子死亡)
「これにて一件落着!そして、毒を素手で扱ったワシもこれまで!」
デュクシ!(国王死亡)
こうして卒パの断罪劇は終了した。結果だけ見れば、婚約破棄を言いだした王子と王子を愚かに育てた国王がその場で死ぬという、ざまぁ作品としては悪くない結果なのだが、過程が悪すぎた。
私は王妃様を呼び、今回の件を本当の意味で解決する準備を始めた。長テーブルとパイプ椅子を並べ、テーブルを挟んで壁側には私と王妃様、扉側には大勢の記者たち。そう、今から行うのは謝罪会見だ。
「えー、この度はお集まり頂きありがとうございます。先日の卒業パーティにおいて、全ての効果音がデュクシになるという事態が発生しました。これは最後に収録した国王死亡時の効果音が他の効果音を上書きしてしまったのが原因と」
「王妃様違います。今回の謝罪会見はこちらです」
「えっ…?あ、これ明日の謝罪会見の原稿じゃなぁい!これじゃ、私がバカみたいじゃなぁい!」
私が正しい原稿を渡すと、王妃様は謝罪会見を一から仕切り直す。
「失礼致しました。改めて謝罪会見を始めます。えー、先日行われた婚約破棄騒動において、私のバカ息子は推し活と筋トレとオネェを披露した上で敗北しました。婚約破棄というシチュにおいて、鉄板勝利フラグとされる推し活と筋トレとオネェを出して負けるのは、パチンコで擬似連四回して次回予告と金シャッターでのラストバトルリーチが外れるぐらいの裏切りです。私達王妃と公爵令嬢は、国の責任者の生き残りとして、人々の期待を裏切った事を深く反省し、今後二度とこの様な事が起こらない様に対策していきます」
そう言い、王妃様は記者達の前で深く頭を下げ、私もそれに続いた。その後、今回の騒動の影響で騎士団の推し活と筋トレ量が激減したり、森に隠れ住むオネェ魔女がいつの間にか居なくなったりして王国は衰退していったが、私にとってはどうでも良い話…な訳あるかー!私は王妃様と力を合わせて毎日必死に国を立て直していた。推し活と筋トレとオネェのバフが無くなった分の国力を回復するまでは婚活もできねぇ!
「つーかマズイですよ王妃様!話が締めに向かっているのに、私にスパダリが居ない!」
「そりゃ、こんな状況じゃ仕方無いわねぇ」
「私個人の問題じゃ無いんです!主人公たる私が婚約破棄の後にスパダリと出会わずに終わると…奴が来る!」
「なぁにぃ?ウチのバカ息子が復活してヨリを戻しに来るのぉ?」
「元鞘タグが無いから、それは無いです!まぁ、そのオチの方がまだマシだったかも…あー!やっぱ来ちゃった〜!」
空に雷雲が現れ、雲の間から下半身がヘビの大男が降臨した。
「我はヒュドラ…、主人公が恋愛してない異世界恋愛作品を投下した者に裁きを下す者なり…」
「あんぎゃあああ、ヒュドラ来ちゃったー!もう終わりだよこの世界!ジャンル変更されてランキングにも乗らずに終わるか削除されるんだ」
デュクシ!(王妃様が私をビンタする音。この効果音は正常です)
「あしべー!」
「落ち着きなさい近鉄バ・ファローズちゃん」
「私って名前あったんだ」
「今は貴女の名前とかはどうでも良いでしょう?要はスパダリと貴女がくっつけばヒュドラさんはこの世界を破壊しないのよねぇ?」
「そだけど、国王と王子は死んだし、推し活騎士団は私と距離を取ったし、現在身近にイケメンは居ないし…」
「イケメンなら向こうから来たじゃなぁい」
王妃様は空中で破壊エネルギーをチャージしているヒュドラを指さす。
「え?我?」
「そう、ユー!イケメンで超越者でこの世界の住人の命をなんとも思って無くて主人公の事をずっと見ていた!そんなヒュドラさんはスパダリ適正十分!行って来なさぁい近鉄ちゃん!そりゃー!」
王妃様はドレスをバリバリと引き裂きカツラを脱ぎ捨てると、正しい筋トレで鍛えられた肉体を披露し私を空に向かって投げ飛ばした。
「そんな…王妃様が女装したマッチョだったなんて…!」
「近鉄ちゃん!今は前を見なさぁい!」
「そうだった!わー!ヒュドラ避けてー!」
「無理だー!我、チャージ中ぞ!」
デュクシ!(二人は幸せなキスをして終了)
「はぁ〜、近鉄ちゃんとヒュドラのカプ最高だわぁ〜」
地上では王妃様が抱き合う私とヒュドラをカメラで撮影していた。推し活と筋トレとオネェのせいて乱れてしまったこの世界は、推し活と筋トレとオネェの正しい服用法により正常な異世界恋愛として幕を閉じたのだった。
王子がどうやって生まれたのかという謎は残ったが、別れた男の話なんてどうでも良いだろう。