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9.気を悪くしないで

違った? と問いかけるまでもなかった。ベルのその表情が、すべてを物語っていた。


うわあやっぱりかあのクソ親父。

実年齢は知らないけれど、肉体年齢が十八歳のこんな美少女、もとい、美少年に、こんなにも可憐な侍女のお仕着せの制服を着せて働かせていたのかあのクソ親父。

変態だ。まごうことなき変態だ。


「い、つから」

「うん?」

「いつから、わたくしが、男だと……?」

「え、最初から」


初めて引き合わされたとき、「おや?」と首を捻ったものだ。

どこからどう見ても可憐な美少女で、声も言葉遣いも所作も何もかも完璧な女性の振る舞いだったベル。

この二年間、一度だって彼女は隙を見せることなく、“完璧すぎる女性”だった。


だからこそだ。


「言ったでしょう、これでも娼館育ちだって。男と女の違いには敏感なんだよ」

「っ!!」


ベルの青白かった顔が、一気に鮮やかな真っ赤に染まった。

ナイフが大きく振り上げられて、そのまま私の顔の真横に突き立てられる。

ざくざくざくざくざくざくざくざく、繰り返し、繰り返し、力の限り私の顔を周りにナイフの刃が降ってきて、そのたびに枕やベッドに敷き詰められている羽毛が花びらのように舞い上がった。


「っばかに、しているのでしょう!」


ざくっ! と最後に、私の頬をかすめてナイフを突き刺してから、ベルは叫んだ。

肩で息をしながら、彼女、もとい彼は、ぎらぎらと紫電の瞳をぎらつかせ、興奮で額のストロベリークォーツをきらめかせながら、憎々しげに、そして今にも泣き出しそうに、私を見下ろした。


「わたくしの石は宝石質には到底なれない、せいぜい貴石と呼ばれるのが精いっぱいな屑石でしかない! 鳩の血と呼ばれる最高のルビーをお持ちのぼっちゃまに解るものですか、自ら選ぶことができるというだけで、それだけであなた様はどれだけ恵まれていたのかということを!!」


悲鳴のように怒鳴るベルのまなじりから、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

火傷しそうなくらいに熱いしずくが私の顔に降り注ぐ。


「旦那様に選択肢を与えられても、わたくしには選択する余地なんてございませんでした! 男として生きたくても、戦線に送られ、使い捨ての衛生兵になるより他はございません! 生き残りたかったら、生きたかったら、“女”を選び、侍女に身をやつし、本来の性を捨て、男に媚びへつらうしかなくて!」


いつだって穏やかで愛らしかった声音は、気付けば低く唸るようなそれになっていた。

本来のベルの声はきっとこういう声なのだろう。

十八歳なら声変わりしているのも当然だし、その上で女性としての声を出すように努めていた根性は見上げたものだ。


……と、本気で感心しているのだけれど、ここでそのまま口に出すのは悪手であることくらい解る。


どうすることもできずにただただ見上げるばかりの私の、怯えるでも怒るでもない、表情すら変わらないうっすい反応は、ベルにとっては気に食わないものであるらしい。

じりり、と真横に突き立てられているナイフが、私の頬をすべり、ちりちりとした痛みが頬の上で遊ぶ。


「理不尽だということくらい、理解しておりますとも。ええ、ぼっちゃまには何の非もございません。ただ、ただ、わたくしが、ぼっちゃまのことが許せないだけなのです。女のくせに男を選べるだけの幸運がぼっちゃまに最初から与えられていることが、わたくしはうらやましくてならないのです。憎くて憎くてならないのです。旦那様による戦闘訓練で、さっさと死んでくださったらよかったのに、どうして今もなお生きていらっしゃるのですか。あの赦しがたい次代様のことを片付けていただいて、ついでにそのままぼっちゃまも、処理されてしまえばよかったものを」


ふふ、とベルは笑った。今まで見たこともないような、悪辣な笑みだった。


「ねえ、どんなお気持ちですか? ぼっちゃまは、わたくしのことが嫌いではないとおっしゃった。いいえ、それどころか、それなりには好ましくお思いでいらしたでしょう? わたくしが男であると最初から知っていてもなお、わたくしのことを側に置き、わたくしに管理されるまま、雑に治療され、本来耐えきれないはずの量の毒を盛られ、それでもなおわたくしを側に置き続けてくださったのですもの。ねえぼっちゃま、わたくしのことをそうやって慕い好いてくださるのでしたら、このままわたくしに殺されてくださいまし。これまでわたくしがぼっちゃまに捧げてきた奉仕行為に対する、最初で最後の恩賞として」


ね? とベルの顔が、吐息すら触れ合うような距離に近付いてくる。

口付けでもされるのかと思ったけれど、ベルは父上様のように悪趣味ではないので、単なる脅しのつもりらしい。

ベルのために殺されてあげるのは、きっと、今までの私だったら「まあいいか」と受け入れていたのだろう。

ベルの言う通り、私はたぶんベルのことがそれなりに好きで、それなりに慕っていた。

正確には『嫌いではない』というのが一番近いのだろうとは思うけれど。

だからそんなベルの気が済むのなら、ここで頷いてあげるのも悪くはないはずだった。


でも、駄目なのだ。



「ごめん」

「ッあっ!?」



片手でベルの首を引っ掴み、そのまま逆に身体を反転させ、ベルの身体を逆にベッドに押し付ける。

私の方が彼女にのしかかる形になって、呆然とするベルの首にかけた手に力を籠める。

ひゅう、と喉を鳴らすベルに、私は苦笑してみせた。

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