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7.暁は光と闇とを分かつ

――かくして目が覚めてみたら、固い床に転がされている自分がいた。


薄暗くじめじめした空気。

ぐるんと視線を巡らせてみて、ここがファナーリ家の地下牢であることを認識する。


別に驚くべきことではない。拘束されているわけでもないから、よいしょっと身体を起こして座り込む。冷たい床が直に体温を奪っていくので、私の特性である炎術で暖を取ろうとしてみたけれど、一瞬手の中で燃えたかと思われた炎はすぐに掻き消えた。


なるほど、魔術封じの術式がこの牢獄には組み込まれているらしい。まあ当たり前だろう。


寝落ちる寸前まで泣きじゃくっていたせいか、顔が渇いた涙でぱりぱりしていて気持ち悪い。

そのくせ、不思議と思考は整っていて、心は穏やかだった。

瞳を閉じてもいまだにまぶたの裏に焼き付いた、赤いダイヤモンドの輝きはまばゆいまま。

そのまま大人しく座り込んでいたら、不意に耳障りな床ずれの音が聞こえてきた。この牢獄の通用口の扉が開かれたのだろう。


閉じていた目を開いて、鉄格子越しに見上げれば、そこにあったのはいい加減見慣れた怜悧で麗しいとびきりの美貌。


「やあ、我が“息子”殿。ご機嫌麗しく」


もう突っ込むのも馬鹿馬鹿しくなるくらいに優雅に優美に、クソ親父、もとい、父上様たるグラナート・ファナーリは微笑んだ。

いつもであればここで立ち上がって一礼を返さなくてはならないところだろう。

けれどどうにもこうにもそんな気にはなれなくて、ただ彼を見上げ続ける。

父上様の笑みは崩れない。けれどその金色の瞳には、確かな怒りが宿っていた。


「やってくれたものだな。まさか“アレ”と接触するとは」


“アレ”が何なのか……というか、誰なのか、なんて、誰何するまでもない。

父上様が後生大事にお育てになられていらっしゃるらしい、“次代様”たるあの少年のことだろう。

この様子だと、私が何をしでかそうかもとっくに見当を付けているようだ。


「“アレ”のもとから貴様を回収するのには骨が折れたぞ。貴様はいたく“アレ”のお気に召したらしいな。おかげですぐに処理することもできずに、こうして檻に放り込んでおくことしかできやしない。まったく面倒なことになった」


ほう、といかにも物憂げに吐息をこぼされる。

意外である。

私が少年に気に入られる理由なんて何一つないはずなのになぜか気に入られてしまったらしいこと、そして、だからこそ父上様は私を“処理”できなくなっていること、その二つが意外なのだ。


これはあれか、父上様にとっても、あの“次代様”たる少年は、手に余るほどの可能性を秘めているというわけか。

好き好んであの少年のご機嫌を損ねるような真似はしたくないらしいのが、父上様の表情から透けて見えた。


「あの子が、父上様の後継者なんですよね」

「うん?」

「あの子に、ファナーリのすべてを背負わせるおつもりですか」


私の問いかけに、父上様はすぅっと瞳をすがめた。

口元には弧を描いたまま、その瞳だけで「だったらどうする?」と問いかけてくる。

どうするも何もない。

あの子がこのくそったれたファナーリ家のすべてを受け止めなくてはならないというのならば、私はここで立ち上がろう。

あの少年のおかげですっかり軽くなった身体を持ち上げて、立ち上がる。

視線は父上様に向けたまま、片足を振り上げて、そして。



――――ガシャン!!



思い切り、鉄格子を蹴りつけた。

それくらいでは鉄格子はびくともしないけれど、盛大な音が静まり返っていたはずの牢獄に響き渡る。



「私が、ファナーリを継ぎます」



その言葉は、宣誓だった。

父上様の瞳がゆるりとゆっくり見開かれる。その瞳をまっすぐ見上げて、さらに続けた。



「この私が、リュシオル・ファナーリこそが、ファナーリのすべてを背負います」



あんなにも美しく愛らしく綺麗なあの子には、ファナーリ家の闇は重すぎる。

だからこそ、あの子には譲らない。あの子には背負わせない。あの子からは何も奪わせない。


大きなお世話かもしれない。結局私の自己満足に他ならないのだろう。

それでも。そうだったとしても、私はあの子に幸せになってほしいと思ってしまったのだ。

そのためには、あの子には“ファナーリ家”はきっと、ではなく、確実に、与えられてはならないものだ。

その証拠の権化のような父上様は、しばらく何も言わなかった。ただ私のことを見下ろしていた。

笑うでもなく、怒るでもなく、何の感情も読み取れない表情は、ぞっとするほどやはり美しい。

そしてその手が、不意に伸びる。鉄格子越しに、その手ががちっと私のあごを掴んだ。

え、と思う間もなく、身を屈めた父上様の顔が近付いてきて、「あれっこれなんか前にも……」と思う間もなく、彼の唇が私の唇に重なる。

ぶちっと嫌な音がして、鋭い痛みに顔をしかめれば、父上様は私のあごを掴んだまま、私の血に濡れた唇ににぃと三日月の形にして、それはそれは嬉しそうに笑った。


「いいだろう。貴様が足掻き続ける限り、私の後継者問題は保留にしてやる。寛大な私にせいぜい感謝するがいい」

「……ありがとうございます」

「はは、心にもなさそうだな」


けらけらと笑う父上様の台詞はまさに図星だったけれど、「その通りです」だなんて肯定する義理はない。

そして私は父上様によって牢獄から解放され、そのまま改めて自室に戻ることになった。

もしかしてもしかしなくても、私、九死に一生を得たのでは?

しかも勢いに任せてとんでもない宣言をしちゃったのでは?


しかしそれを撤回するなんて今更できないし、そんな気はさらさらない。



――私は、これだけは間違えない。



名前も知らないあの子のために、生きることはできなくても、死なないでいよう。

死なないまま、ファナーリのすべてを背負ってみせる。

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