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5.運命

――――と、いうわけで、私、リュシオル・ファナーリは、その“次代様”とやらを殺すことに決めましたとさ。


私が突然何を言い出したのか意味が解らないだろうけれど、ご安心ください。

私はこれ以上なく大真面目である。冗談を言っているわけでもふざけているわけでもない。


絶対に殺す。次代様とやらを殺す。

そのあとのことなんて知ったことか。

ベル曰くの『至高のカーバンクル』である次代様とやらを私がたやすく殺せるのかどうかはこの際問題ではない。

これでもそれなり以上にきつくてしんどくて苦しい戦闘訓練を乗り越えてきたのだ。一矢報いるくらいはできると信じたい。

望むならばそのままその御命頂戴つかまつるというやつである。


そうやって見事次代様とやらを殺せたとしても、あるいは一矢報いたとしても、どちらにしろ、私はおそらくではなく確実に私は父上様によって“処理”されることだろう。

上等である。

今まで散々『いい子チャン』でいた“息子”の反抗期を思い知るがいい。


さあさあ殺そう。やあ殺そう。あれほれさっさと絶対殺そう。


ベルから次代様とやらについて話を聞かされてからちょうど一週間が経過した。

彼女の献身的な治癒魔術により、私は日常生活に支障がない程度にはもうすっかり回復していた。

その間、流石にあの父上様にもなけなしの良心が残されていたらしく、私に戦闘訓練が科されることはなく、治療に専念できたおかげだろう。

まあベッドの上でもできる座学はその分アホほど押し付けられたけれどもそれはまあ許容範囲内ということにしておいてさしあげます。覚えとけよクソ親父。

ベルは私の侍女で、世話役で、管理人だとは前にも言ったか。だからこそ教育係としての側面も持ち、日々のマナーから歴史学、経済学や帝王学、そのほかとにかくありったけの彼女が持つ知識を私に授けてくれている。


その座学のさなかで、この一週間、隙を狙って彼女から聞き出した、“次代様”についての情報はこうだ。


ひとつ、“次代様”は、私よりも年下の、まだまだ幼い少年であること。

ひとつ、“次代様”は私に対する拷問のような教育とはまるで異なる、それはそれは丁寧で丁重なそれであるということ。

ひとつ、そんな“次代様”は、この広大な敷地を有するファナーリ家の屋敷において、私が暮らしている本宅とは別の別邸にて、それはそれは大切に育てられているということ。


以上である。

へーえ、ほーう、ふーん、なるほどなるほど?

それはまた随分うらやましいお育ちでいらっしゃることである。やっぱり殺すしかない。


そう決意を固めて一週間。時はきたれり。

月のない夜、空に広げられた黒のビロードにぶちまけられた星々が、うるさいくらいにさえずる夜だ。

絶好の暗殺日和である。


今まで一度だって勝手に抜け出したことのない自室の扉をそっと開ける。

二年前、ここに連れてこられたばかりのころは、人目がないのを見計らってはなんとか抜け出せないものかと何度も開けようとして、そのたびに諦めてきた扉。

それが今宵は何故か、あっさりと開けられた。もう鍵をかける必要がないと思われていたらしい。

ちょっとばかり腹立たしいけれど、今ばかりはそれに感謝して、そのまま自室を抜け出した。


急げ。急げ。急げ。

足音を殺し、気配を殺し、ただただ駆ける。

向かうのはもちろん、次代様とやらがいるという別邸だ。


夜勤の使用人達の目を掻い潜ることくらい今の私には朝飯前で、無理矢理頭に叩き込まれた屋敷の見取り図の通りにただ駆け続ける。

カーバンクルは本来夜の生き物だ。だからなのか、驚くほど身体が軽い。

額のルビーが輝いているのが解る。

走れば走るほど、別邸に近付けば近付くほど、額のルビーは明るく熱くなっていく。

まるで呼ばれているみたいだと思ったら、なんだか笑えた。


そして、あっという間に、私は別邸に辿り着いた。

正確には『ようやく』とでも表現すべき距離で、その証拠にまだ癒えきらない身体で走り続けた私はぜえはあと肩を息をしていて、それでもなんだかもう既に不思議な達成感と高揚感があった。


さあさあ殺そう。やあ殺そう。あれほれさっさと絶対に殺そう。


何故だろう、わざわざ探し回らなくたって、“次代様”と呼ばれる存在がどこにいるのか解る気がした。

額のルビーが教えてくれる。

導かれるように、私は別邸の中に侵入するのではなく、その中庭へと足を向けた。

星が、星が、星が。うるさいくらいにさえずっている。

きらきらきらきら、なんの灯りも持っていないのに、この目は確かに道なき道を捉え、この足は迷うことなく前へと進む。


そして。

そして、私は、運命に出会った。


中庭の片隅、忘れ去られたかのように古びた東屋。

そのベンチの上で子猫のように丸くなって眠る、一人の少年がいた。

年のころは六歳くらいだろうか。ふくふくとした頬、小さな鼻、薔薇色に色づく薄くつややかな唇。

闇夜の中でもきらつく、とろける濃蜜のような金色の髪。同じ色の長く濃い睫毛は当たり前だけれど伏せられていて、その瞳の色は解らない。

けれど、きっと、それはとても美しい色をしているのだろうと、馬鹿みたいな確信があった。

だってそうだろう、そうじゃなきゃおかしい。その額の宝石が、何もかもを物語っていた。

信じられないくらいに愛らしい少年の額で輝く、赤い宝石。長くその存在を疑われ続け、今もなお眉唾物だと笑われている、その宝石。


――――赤の、ダイヤモンド。


ああ、なんて綺麗なのだろう。こんなにも美しい宝石を、私はいまだかつて一度だって見たことがない。

抗いがたい何かに引き寄せられて、ふらふらとおぼつかない足取りで少年のもとへと歩み寄る。彼はすっかり寝入っていて、ちっとも起きる様子がない。

これならば魔術を使うまでもなく、持参したこのナイフで簡単に殺すことができるだろう。


そう、殺そう。さあさあ殺そう。やれ殺そう。ほれほれさっさと絶対に、確実に、必ず、殺そう。


そして眠る少年の前に辿り着き、ひざまずく。

両手でナイフを握り締めて、その喉元めがけて振り下ろそうとして、そして。


「――――――――――だぁれ?」

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