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きみは無慈悲な夜の女王 ~リュシオル・ファナーリは間違える~  作者: 中村朱里


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27.夢見るゲールゲ

「ごめ、んなさい。わがままを、言いました」


肩を落としてうつむくカルルに向けるベルの視線は厳しい。

ぱちん、と指を鳴らすと、私のその指先から火種が飛んで、ベルの頬をかすめていった。

火傷するほどではなくとも痛みは走るその火種、しかも顔を狙ったそれを、ベルが避けることはなかった。

そういうところなんだよな、この侍女は。


「ベル。余計なことを言わない」

「申し訳ございません」


粛々と頭を下げてくるベルは、謝りつつも「承知いたしました」とは言わないあたりから察するに、絶対に譲る気はないのだろう。


私の前で……いや、私の前でなくとも、カルルを傷付け泣かせるだなんて真似を、私が許すと思っているのか。

…………思っていないだろうに、それでも口を挟んできたのは、私のためか。

扱いにくい手駒になりつつあるベルの今後をどうすべきかは考えるべきかもしれない。


とりあえず次にカルルを泣かせたら問答無用で燃やす。

そう心に決めて、私はとうとうこらえきれなくなったらしくぐすぐすと鼻を鳴らし始めたカルルをそっと改めて抱き寄せた。

ついでにその額のダイヤモンド、それから涙に濡れるまなじりに、順番に唇を寄せる。


驚きに目を瞠るカルルの頬を大粒の涙が滑り落ちて、それからかわいい弟は、顔を真っ赤に染め上げた。


「あ、あにうえ……?」

「泣き止んでくれる?」

「は、はい!」


ぴしっと姿勢を正して刻々と頷く愛らしい弟の姿についついなごみつつ、私はふぅむ、と内心で思案した。

その間三秒。

考えるまでもなかった。


「いいよ」

「え?」

「ぼっちゃま!」

「ベル、発言を控えろ」

「……はい」

「兄上……?」


不思議そうに首を傾げるカルルの両頬を両手で包み込んで、私はできる限り優しく穏やかに見えるように笑ってみせた。

ますますなぜかカルルの顔が赤らんで、それはそれはかわいらしいのだけれど、それはそれとして今はさておいて、改めて口を開く。


「だから、お出かけ。カルルの言葉を借りれば、デートって言えばいいのかな? いいよ。私の一存では決められないけれど、父上様に打診してみよう」

「っい、いいんです、か?」

「他ならぬカルルの願い事だもの」


他の誰かならばいざ知らず、他ならぬカルルがこの私に直接してくれた願いを、その努力もせずに最初から却下し諦める、なんて行為は、私の行動原理に反する行いだ。


勝手にカルルを連れて抜け出すという手もできなくはないけれど、それは間違いなく後で面倒なことになる。

最悪、私が父上様によって“処理”されかねない。

ならばもう直接その父上様に願い出るしかないだろう。


駄目でもともと、にはなるし、交換条件として何を突き付けられても文句は言えなくなるけれど、まあとりあえずまずはできることから始めよう。

カルルの願い事は、私の願い事なのだから。


「兄上」

「うん」

「ありがとうございます。あの、楽しみに、しています」


顔を真っ赤にして、大輪の花のように笑ってくれるカルルのためなら、私はなんだってできるのだ。


というわけで、カルルと別れたその日のうちに、忙しい父上様にとりあえず書状で願い出たところ、その結果は次の日に出た。



「まさか許可が下りるとは……」



嬉しいけれど心底意外である。

ベルが持ってきた父上様の書状には、私とカルルの外出許可が記されており、条件としては額石を隠すための魔封じのサークレットの着用の義務付けだけだ。


ええええ。

嬉しいけれど、嬉しいのだけれど、なんだ、なんか裏があるんじゃないかこれ。

いやだからカルルの願い事を私が叶えられるのは本当に嬉しいのだけれど、それにしても。


「…………ぼっちゃま」

「何かな、ベル」

「わたくしも同行させていただきたく存じます」

「残念、父上様からの外出許可は私とカルルにしか下りてないし、そもそもカルルは私だけをお望みだ。ベルは留守番だね」

「……」


なにせ、デート、らしいので。

父上様からの許可が下りていたとしても、私はベルに留守番を任せたに違いない。

カルルの願い事は、あの子が望む通りに叶えられるべきものなのだから。


私があっさりと拒絶すると、ベルは可憐なかんばせを歪めて唇を噛み締める。

悔しさと心配に板挟みになっている彼に、私は苦笑した。


「心配しなくても、大体のことは私だけで対処できるよ。いくら魔術を封じられていてもね。それに、いざというときは、カルルだけは絶対に無事に……」

「違います」

「うん?」

「わたくしにとって重要なのは次代様ではなく、ぼっちゃまです。リュシオル・ファナーリ様こそが、わたくしの主なのですから」


極めて大真面目に、これ以上なく真剣にそう訴えてくるベルの瞳に宿る光は、本気と書いてマジである。まあそれはそう、そういう意味で首輪を着けた。

でも。


「私の意図を汲むなら、私よりもカルルを最優先しろってことも、解っているね?」

「…………………………理解はしております」

「なるほど、納得はしていないと」

「……」


沈黙は金であり肯定だ。

笑顔を取り繕こともできなくなって黙り込むベルは、もしかしてもしかしなくても私の手駒として今後なりえなくなるかもしれない。


うん? また間違えたのか、私は?


でも今更他の誰かを調達するのは手間だし面倒だ。

手駒は多ければ多いほうがいいだろうけれど、確実な手駒を用意するのはそう簡単なことではない。


「ベル、自分の不満と、私への忠誠。どちらを取る?」

「……これほどまでに選択権のない問いは、女を選んだとき以来ですわ。もちろん、後者を」

「よろしい」

「…………嫌なところばかり旦那様に似ていらっしゃいましたね」

「ベルも言うようになったね」

「これくらいの意趣返しはご容赦を」

「そうだね」


私にとっては最高で最低の嫌味を言えるくらいにはしたたかであってくれるベルは、幸いなことにまだまだ手放せない私の駒である。


かくして私は、カルルとのデート権を驚くほどたやすく手に入れ、来たる当日を待つことになった。


てっきり父上様にまた無理矢理戦闘訓練をねじ込まれるかと思ったのにそれもなく、カルルと毎日のように会っては、カルルが指折り数えつつ「もうすぐデートですね!」とにこにこ心底嬉しげにしている姿に癒された。

信じられないくらいに穏やかな日々の中、そのデートのために、ベルに情報を得つつ、いわゆるデートプランを完成させ、そして。


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