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きみは無慈悲な夜の女王 ~リュシオル・ファナーリは間違える~  作者: 中村朱里


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26.汝こそわが憩いなれ

私の苦笑に、むうっと頬をふくらませたカルルは大きな瞳のまなじりをきりりとつり上げた。


「そんなことありません!」

「そうかなぁ」

「そうですよ」

「うーん、カルルがそう思ってくれるだけで、私は十分だからね」

「だったらこれ以上綺麗にならないでくださいね。約束ですよ」

「うん、約束」

「……兄上は解ってないです…………兄上が綺麗になるのは、兄上のせいじゃないってことくらい、僕だって解ってます、けど」


でも、ともごもごと口ごもるカルルは、本当に私のことが大好きらしい。

身内の欲目とは恐ろしいものだ。

でも、他ならぬこの子にこんなにも好いてもらえているという事実だけで、私は誰よりも幸せになれるのだから、どんな言葉だって私は喜んで受け取らせてもらおう。

若干どころではなくけっこうだいぶかなり納得も理解もしていないけれども。


「カルル、今更だけれど、このペンダント、ありがとう」


服の下に落として首からさげている、赤のダイヤモンドが輝くペンダントを取り出してみせる。

そう、カルルが私から贈ったブレスレットの返礼として贈ってくれた小包の中身で、リヴァルから取り戻して以来、ずっと肌身離さず身に着けているものだ。

カーバンクルだからこそ生み出せる自身の宝石は高値で取引されるものだけれど、この赤のダイヤモンドの価値はもはや値段のつくものではないだろう。

きらつくペンダントを前に出され、カルルは慌てたように自らの左手首を私に見せてきた。


「僕も、兄上からのプレゼント、ちゃんと着けてるんですよ」


カルルの左手首を飾っているのは、間違いなく私が贈ったルビーのブレスレットだ。

思っていた以上に似合っているようで、喜びと共にほっと安堵する。

気合いを入れた甲斐があったというものだ。

でも、それにしても。


「ありがとう。気に入ってもらえたなら嬉しいけれど、うーん。カルルからのプレゼントとは釣り合わないね。もっと奮発すればよかったな」

「兄上が心を込めて贈ってくださったなら、これ以上のものなんてないです! それとも兄上は、僕からのプレゼントにも、そういう風に値段をつけてしまわれるんですか?」

「……ごめん。私だって、カルルが心を込めてくれたものなら、どんなものよりも意味と価値があるよ」

「でしょう?」

「ふふ、そのとおりだ」


得意げに胸を張る弟の頭を撫でる。

そうだった、そうだとも。

私にとっては値段ではなくてカルルがくれたということこそが一番重要なポイントだ。

誰かにとっての世間的な意味も価値も関係なく、私にとってのカルルの価値こそがすべてだ。

この子に関することでは何一つ間違えたくなんてないのに、また私はやらかした。

でもそれを正してくれるのもまたいつだってこの子なのだから、そのたびに私はやはりこの子に正しい未来を歩んでほしいと思えてならないのだ。


「……あ、でも」

「うん?」


私が頷き返したことに嬉しそうにしてくれていたカルルが、ふと呟いた。

首を傾げて先を促すと、カルルはいたずら上手の妖精のように、なんとも意地の悪そうな、それでいてそれ以上にやはりかわいくてならない、なんとも魅力的な笑顔を浮かべる。


「兄上がプレゼントの価値が釣り合わないと仰ってくださるなら、僕、お願いがあります」

「いいよ」

「まだ何も言ってないですよ?」

「ああ、ごめん、つい。私にできることなら、なんだって叶えてあげたくて」


きょとんと長いまつげを瞬かせるカルルの頭を撫でる。

そう、なんだって叶えてあげたい。この子の望みであればなんだって。

私にとっての正解は、いつだってこの子の進む道の先にあるに決まっているのだから。


「それで、そのお願いって?」


お金で解決できることならまあなんとでもなるし、いざとなったら父上様に相応の仕事を斡旋してもらえばいい。

カルルに関することであのひとを頼るのは正直気が進まないけれど、私の気持ちよりもカルルのお願いのほうがよっぽど重要だ。

問題ない問題ない。

そういうわけでさあどうぞ、という気持ちを込めてカルルを見つめ返すと、かわいい弟はふくふくとした頬を薔薇色に染めて、「あのですね」と口火を切った。


「僕、兄上と、お出かけしたいです」

「……お出かけ?」

「はい。あの、ふたり、だけで。その……デート、がしたい、です!」

「でえと…………」


思わず反芻してしまった。いやこれは想定外。

お出かけ、も想定外だし、二人きり、というのも想定外。

デート。誰が。私とカルルが。

なるほどそれは。


「楽しそうだね」

「っでしょう!? だから、あの、僕と……っ!」

「なりません」


思わず呟いた私と、私のその同意に食い付くように身を乗り出してくるカルルの間に割り込んでくる、冷え切った声。

そちらをカルルとそろって見遣れば、いつも通りに可憐に微笑むベルがいた。

その笑顔は、私に向けられる心からのそれではなく、私が彼に首輪を着ける前の、貼り付けたようにしか見えないそれだった。


「いいじゃないか! いつもベルは兄上と一緒にいられるんだろう? 僕だって兄上と二人で……っ!」

「発言をお許しください。そもそもわたくしと次代様では立場が異なります。次代様はおいそれと外出できるお立場ではございませんし、ぼっちゃま……リュシオル様とてさようにございます。次代様はともかく、リュシオル様にもご迷惑をかけることになるのが目に見えておりますところを、このベルは看過することはできませんわ」


猛然と抗議するカルルに対するベルの言葉には情けも容赦もなく、やはり依然として冷え切ったままだ。

まあベルの言うことはごもっともだ。

秘匿されたファナーリ家の次代たる奇跡のダイヤモンドのカーバンクル、カルブンクスル・ファナーリが、いくら私が一緒であるとはいえ、勝手にデートなどという形で出歩くことなど許されるはずがない。

考えるまでもない当たり前の話だ。

私だってそれが解っているし、カルルとて本当は理解も納得もしているのだろう。

だからこそこの子は、ベルにそれ以上反論できなくなって、唇を噛み締めている。

ああほら、濃蜜色の大きな瞳に、ありありと涙の膜が張る。


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