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きみは無慈悲な夜の女王 ~リュシオル・ファナーリは間違える~  作者: 中村朱里


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25.あれか、これか

「変わらんな。肉体年齢は成長したようだが、その意地汚い精神性はそのままのようだ」

「お褒めにあずかり光栄です」

「はは、そのかわいげのなさもそのままで何より」


愉しそうに笑う父上様のその横っ面を張った倒したくなるけれど耐えた。

悪かったな成長してなくて。これでも身長はだいぶ伸びたんだぞ。

……まあ、“女”としての特徴がより顕著になり始め、不便が増えただけなので、メリットなんて一つもないのだから一概に喜べる成長でもないのは確かだ。クソが。

執務室のデスクの向こうに座っていた父上様は、私が小さく舌打ちしたことをとがめもせずに、気軽い仕草で立ち上がる。

そのままコツコツと足音を立てて近付いてくる彼をただ見上げていると、おもむろにその手が、私がうなじで一つにまとめている髪へと伸びた。


「伸びたな」

「はい」


そのまま髪を縛っていたリボンをするりと奪い取られ、私の長く伸びた髪が音もなく肩から滑り落ちる。

男装するにあたって、女性としての象徴の一つでもある長い髪のまま伸ばし続けておくことは本来やめておいたほうがいいことくらい解っている。

けれどベルは毛先を切りそろえるくらいしか絶対に整えてくれないし、何より、カルルだ。


――兄上の髪、好きです。

――切っちゃだめですよ、もったいないですもん!


と、わざわざ手紙で毎回念を押してくるほど、なぜかあの子は私のこの髪がお気に入りらしいので、カルルの願いはなんでも叶えてあげたい私はそのままにしているというわけだ。

もともと長かった髪は、この一年でまた伸びた。身長よりもその変化は解りやすいだろう。

その髪の一房を父上様は持ち上げて、無言でびいんっと引っ張ってくださりやがった。

いやいやいや、痛い痛い痛い。

ついたたらをふんでバランスを崩し私は、その父上様が持ち上げている髪の毛先に何かが触れたようだったけれどそれを確認することはできなかった。

ただついつい恨みがましげに抗議を込めて父上様を見上げると。彼は私の髪をいつのまにやら口元まで持ち上げたまま、私の顔を覗き込んでくる。


「望みのほうもまた、変わらないままか」

「はい」


その望みが何たるかなど、ここで問いかけるまでもない。

だからこそ即答で頷けば、父上様はにいと笑みを深め、ぱっと私の髪をようやく解放してくれる。


「“宝石箱”での評価は聞いている。貴様は私が直々に仕込んだ“息子”だ。いずれ“完成”に至るまで、このまませいぜい研磨に努めるがいい。俺の椅子を奪うつもりならば、解っているな?」

「もちろんです」

「よろしい。アレとの面会許可は出してある。短い蜜月を楽しめよ」

「ありがたき幸せに存じます」

「それから」


すぐにカルルに会えるのだという喜びに浸りつつ深く一礼をする私の頭に重ねて降ってきた声。

まだあるのか。

一刻も早く解放してほしくて頭を伏せたまま大人し続きを待てば、不意に父上様はククッとそれはそれは愉しそうにまた喉を鳴らした。


「必ず私の期待に応えろ。それができるのが貴様であると、私は期待しているのだから」

「御意に」


何が期待だ。嘘をつけ嘘を。

……とは思っても、口には出さなかった。

なにせこの父上様の期待の果てにあるものこそが、私の目指すべきところなのだから。

父上様の期待通りになるのは非常に癪に障るが、それがかわいい弟の未来に繋がるのならば、どんな期待にだって応えてみせる。それが私の、死なないでいる理由だ。

間違っているなんて思わない。私は間違えない。

あの子のために、私はあの子からファナーリを奪う。

私のその決意を嘲笑う父上様は、そして優雅に笑って私の髪をまた引っ張る。

というか、思い切り脳天の髪を引っ掴まされて顔を上げさせられる。

いやだから痛いんですが、という私の抗議の視線もなんのその、自らの額石を私の額石にがつん! とぶつけてくる。

うわなに。こわ。

意味が解らず目を白黒させる私を、再びようやく解放した父上様は、そうしてようやく肩手をひらりとひるがえした。


「では、下がれ」

「はい」


というわけで、父上様の執務室から退出した私は、その足でベルを連れてカルルの元へようやく向かう運びとなった。

自然と速まる足、浮き立つ心。辿り着いた別邸の中庭の東屋は、一年前と何一つ変わらず光にあふれていた。


「――――兄上! おかえりなさい!」

「ただいま、カルル」


飛びついてくる幼い身体を抱き留める……つもりだったのに、勢いと重みに負けてそのまま後ろに尻餅をつく。

私にのしかかるように一緒に倒れ込んできたかわいい弟は、それでおなお私にしがみついたまま、私の顔を至近距離から見上げてきた。


「兄上、兄上、おかえりなさい! お会いしたかったです!」


きらきらきらきら、赤いダイヤモンドが、濃蜜色の瞳が、その笑顔が、この子を取り囲む世界が、何もかもが、まばゆいばかりに輝いている。

けれど目をつぶってしまうのはあまりにももったいなさすぎて、私はただ心の命ずるままに、抱きついてくるカルルを抱き締め返した。


「大きくなったね」


たった一年会っていなかっただけなのに、記憶の中にあるカルルの姿よりも随分大きくなっている気がした。

それでもなおこの子のかわいさ愛らしさは天井知らずだし、なんならそこに美しさが倍増して、魅力はストップ高である。

ふふ、と思わず笑みをこぼすと、私の顔をじっと見上げていたカルルは、ぱあっと多く破願してくれた。うわまぶしいいとしいうつくしい。


「兄上も、もっとお綺麗になられましたね」

「……ありがとう?」

「はい! でもあんまりこれ以上綺麗になったら駄目なんですからね、兄上がもっと綺麗になったら、みんなが兄上のことを好きになっちゃうんですから!」


その心配は皆無だと思うのだけれど、相変わらずカルルはこんなにも完璧な存在なのに、つくづく不思議な感性の持ち主だと思う。


「そんな風に思ってくれるのはカルルだけだよ」


少し離れたところでこちらを見守っているベルもなぜかうんうんうんうんと幾度なく深く頷いているが、ベルの私に関するとそういうところはまるであてにならないのでノーカンだ。

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