23.春に
それからというもの、馬鹿、ではなくカヴァリエーレ、もといリヴァルからのつきまとい行為はなりをひそめ……るなんてことはなかった。
なぜだ。
「リュシオル! 勝負だ!」
「きみも本当にしつこいね……」
私に一度は勝利し、実は女だという私にとっての最大の弱みを握ってもなお、リヴァルは満足できないらしい。
あの夜から数ヶ月経てもなお、彼は今日も今日とて無駄に元気に私に勝負を挑んでくるのである。
「ぼっちゃま、お命じくだされば、このベル、いつでもすべて片付けてごらんに入れますが」
「ハッ! 侍女風情に俺がどうこうされると本気で思っているのか? いくら魔術の行使が禁止されているとはいえ……ッ!?」
「失礼、虫がとまっていらしましてよ」
「このっ! 性悪女ぁぁぁぁぁっ!!」
ベルが容赦なく顔面の中心に向けて放ったナイフをギリギリで避けたリヴァルの怒声が、今日も“宝石箱”にこだまする。
こらこらベル、気持ちは解るけれど舌打ちしない。
私が片手を上げると、ベルは不満そうに紅をはいた唇を愛らしく尖らせつついつもの定位置である私の背後に下がる。
それをよしとして、怒りに拳を振るわせているリヴァルを改めて見遣る。
「ようやく今年度の最終試験の結果も出たのだから、少しくらい大人しくなったらどう?」
「その最終試験でもお前に負けたから大人しくしていられないんだろうが!」
「なるほどごもっとも」
まあこの何が何でもへこたれない馬鹿じゃなくてリヴァルならそう来るだろう。
そう、今年度の最終試験。
一般的な座学はもとより、兵法から治療の手段といった戦場において必要とされる知識、そしてもちろん自身の額の石の属性に則した魔術。“カーバンクル”に求められるすべてが精査、計測、見定められ、そしてその結果から、まだこの“宝石箱”に所属する必要があるのか、学び育てられることでまだ成長する可能性があるのかが上層部によって判断される。
まだ可能性アリならば変わらず“宝石箱”に所属することを許されるが、ナシならば既に“完成した”とされ、“宝石箱”を出てこの国の政の駒となる。
どういう用途の駒とされるのかは本当にそれぞれだ。
内政に関わる未来の重鎮に任命される者もいれば、使い捨てとして戦場の最前線に送られる者もいる。
女であればさらに、もしかしたら次代のカーバンクルを産むかもしれない、なんて無駄な期待を寄せられて、他の男のカーバンクルの第なんとか夫人の座に押し込められたらいいほうで、ただただ幾度となく男と番わされるという尊厳も何もない人生が待っていることもある。
カーバンクルの誕生は血縁なんて関係なく、すべてが偶然であるとされ、だからこそ余計にその希少価値があるというのに、それでもなおカーバンクルという生ける宝石の増産を諦めきれない強欲な方々がいらっしゃるのだ。
父上様もまた、その辺を操作して甘い蜜を吸い上げているファナーリ家ご当主様なので、その“息子”であり、いずれその役目を担うことになる私がとやかく言えた義理はないのだけれど。
とにもかくにも、カーバンクルの未来を決める今年度の最終試験、その結果が本日、つい先ほど出たというわけだ。
「お前も俺も残留決定とはいえ、成績そのものはまた負けた……っ!」
「勝ち負けを計る試験ではないはずなんだけどね」
「明らかに数値として可視化された実力を前に冷静でいられるのはお前が勝者だからだ……」
「あ――……、一応謝罪しようか?」
「謝るな! 余計にみじめになるだろうが!!」
「えええ……」
恨めしげに吠えられてもどう答えていいものか。何を言っても怒られる。
私もだいぶ大概だけれど、リヴァルはそれ以上に大概だ。
ベルが私のことを自分のことにように誇らしげにして、何度も深く頷いている。ベルもなかなかになかなか大概だなこれ。
リヴァルの言う通り、私もリヴァルもまだ“成長の可能性アリ”の“未完成”として、来年度も“宝石箱”に留まることが決定した。
私としては一刻も早く“卒業”し、カルルのもとに帰らねばならないし、そのためにこの一年間、主席の座をキープし続けたというのにこの結果。誠に遺憾である。
これはあれか、大人しく行儀よく授業に出てきちんと自らを研鑽し、額石の研磨に努めるべきか。
しかし教師役達から学ぶべきことは既にない、はずである。
なにせファナーリ家で戦闘訓練は父上様から、その他はベルから学んでいる。
そのベルは今もなお私の後ろにいて、必要があれば私にいくらでも知識を授けてくれるし、戦闘訓練は目の前のリヴァルが無駄に挑んでくるので十分すぎる。
そういう意味ではリヴァルには感謝しているのだけれど、下手にお礼を言ってもなぜか怒られるので黙り続けているのが現状である。
そして私はいまなお“未完成”。
次の一年にすべてを懸けるしかない。
「とりあえずいったん私もきみも、実家に帰省命令が出ているでしょう。せっかく次の春へと向けた休暇なのだから、今ここでまた勝負なんてしなくてもいいと思うのだけれど。どうせまたここに戻ってきたら、また私に挑んでくるつもりでしょう?」
「……それは、そう、だが」
「うん。次の春、戻ってきたらそのときは相手をしてあげるから、今日は見逃してくれないかな。一応、今日中に発つつもりだと、もうファナーリに通達を出していてね」
「…………」
そう、まだ私もリヴァルも、他の残留が決定したカーバンクル達も、次の一年が始まるまでの一か月間、実家に帰省することが許されている……というか、義務付けられている。
息抜きをさせるという名目で、改めて逃げ道がないことを知らしめるためだろう。
私は卒業が決まろうが残留が決まろうが、最終試験の結果発表日である本日中にもうこの”宝石箱”を発つ気満々だった。
なにせそうすればその分早くカルルに会えるのだから当たり前のことである。
もうカルルにはその旨の手紙を出していて、早馬で送られてきた返信には「楽しみにしています!」とそれはそれは嬉しくなる弾んだ文字がつづられていた。
と、いうわけで、もう本日の私は店じまいだ。
リヴァルの相手をしている暇はない。




