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きみは無慈悲な夜の女王 ~リュシオル・ファナーリは間違える~  作者: 中村朱里


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21.誰がヨナを飲み込んだ?

「さあ、これで私の勝ちだ。これは返してもらうよ」


片膝でがっつりカヴァリエーレのみぞおちを固定し、その首から下がっている小包に手を伸ばし、ぶちっと紐をちぎり取る。

ああよかった、無事に取り戻せた。

うっかり私が燃やしたり、もしくはこの馬鹿がうっかり濡らしたりしていたらどうしようかと実はひやひやしていたのだ。

あとはベルの声を待つばかり――――と、肩から力を抜く。

そう、それが、文字通りの油断だった。


「~~~~っまだだっ!」

「ッ!?」


いくらなんでもここまでされたら流石に降参するだろうと思ったのに、カヴァリエーレは無理矢理身体を勢いよく起こしてくる。

体重差で今度は私の方がひっくり返りそうになって、突き立てた槍斧を掴み直したことでなんとか耐えるけれど、それは致命的な隙となる。


「――――喰らえ!」


入学式のときに見せ付けられた、龍のような水流が瞬間的に生まれ、そのままその水流が思い切り頭の上から振ってくる。避けられない。

この手にある小包を濡らすわけにはいかず、私はそれを抱え込むようにして身体を折った。

降り注ぐ水に攻撃力はない。ただの水だ。

これでカヴァリエーレがその気だったら、私はなすすべもなく水流によって貫かれるか、あるいは潰されるかしていたに違いない。

やがて水流が消え失せて、残されたのはびしょぬれの私と、歓喜に顔を輝かせているカヴァリエーレである。


「俺の勝ちだ! 流石にこれは俺の勝ちだろう!?」

「あ、ああ……まあ……まあ、これは流石に、そうなるね」


カヴァリエーレの温情で濡れるだけで済んだ手前、異を唱えることはできない。

事の次第をずっと見守っていてくれたベルを振り返ると、彼は可憐なかんばせには到底似つかわしからぬ憤懣やるかたなしといったものすごい顏でカヴァリエーレをにらみ、今にもその大腿に仕込んだナイフを取り出そうとしていた。

それでも彼は、私による無言の促しにはきちんと答えてくれて、非常に渋々と言った様子で、「カヴァリエーレ様の勝利にゴザイマス」と雑に宣言してくれた。

まあ負けても小包は取り戻せたし、一つ言うことを聞くことくらいなんとかなるだろう。とんでもないことを言い出すならまあそれはそれでそれなりの処理を考えればいいだけだ。

そう改めて小包を両手で持ち直すと、くしゅんっとくしゃみが飛び出した。

そりゃそうだろう。そろそろ冬の足音が聞こえる秋の終わりの今日この頃、このままでは風邪を引く。いくら毒に慣れているとはいっても、自然の力には叶わないのだ。


「カヴァリエーレ、悪いけれどとりあえず今夜はここまでで頼むよ。きみの願い事とやらまた後日……カヴァリエーレ?」


どうしたのだろう。ついさっきまであれだけ嬉しそうに声を弾ませていたのに、今はなぜか顔を赤らめて呆然とこちらを見つめて固まっている。勝利の余韻に浸っているとか? 

いやそれにしては……と私が首を傾げた瞬間、「ぼっちゃま!」とベルが悲鳴を上げた。

え、と思う間もなく、とんでもない勢いで駆け寄ってきたベルが、これまたとんでもない勢いで私を抱き締めるようにして、カヴァリエーレの目線から私を隠す。

そう、この濡れネズミになって、ぴったりと制服のシャツが肌に張り付き、しっかりばっちり身体のラインがあらわになっているこの身体を……って。あ。

もしや、と思う間もなく、顔を真っ赤にしてぶるぶると震えながら、カヴァリエーレが声を振り絞った。


「まさか、リュシオル、お前、女なのか……ってうわっ!?」


皆まで言わせず、ベルの腕の中から即座に抜け出した私は、槍斧を思い切りカヴァリエーレに向かって振り下ろした。

だがしかし。


「なんだ、避けたか。次は避けないでね」


チッ、イケると思ったのに。

水でぴったりとシャツが張り付くことで、いくらさらしで潰していても潰しきれないこの憎たらしい胸の脂肪と、いくらがんばっても筋肉がつかなくて細いままの腰のラインがバレバレで、すなわち私の性別バレである。

最悪だ。今この場で処理しておかなくては。

その衝動のままにもう一度槍斧を振りかざすと、顔を赤くしたままカヴァリエーレが逃げ腰になる。


「待て、待て待て待て、なんだその槍斧は!? だから待てって、殴ろうとするな! なんで殴ろうとするんだ!?」

「いや、思い切り殴ったらきみの記憶も飛ぶだろうと思って」

「そんな馬鹿なことがあるか!! 馬鹿かお前は!! 記憶が飛ぶよりも先に命を落とすだろうが!!」

「馬鹿に馬鹿と言われたくないな。ああでも、その馬鹿に私は……」


最悪だ。よりにもよってこの馬鹿に……ああああでももっと馬鹿なのは私であって、駄目だ。繰り返すが最悪だ。


「ぼっちゃま、お任せください。このベルが今すぐこの小僧を処理してみせます」

「なっ!? はあ!? 待て待て待て待て、落ち着け、やめろ、ナイフを投げるな!!」


私が止める前にベルがスカートをひるがえし、何本ものナイフを取り出して情け容赦なくカヴァリエーレに向けて投げていく。

それを水流で作った壁で防ぎつつ、カヴァリエーレは何やら騒ぎ立てているが、こちらとしてはもうそれどころではない。

もう本当にこのまますべてベルに任せてしまいたくなってきた。実力を考えれば、そんなことは無理に決まっているけれど。ベルだってそれが解っているだろうに、私のために彼はカヴァリエーレを処理しようとしてくれている。


ああ~~~~、これ、本当にどうしたものかな~~~~。


まずい、思考が現実逃避に入りつつある。

私が女であるとばれれば、ファナーリ家の次代当主は「では誰になるのか」という話になるだろうし、芋づる式にカルルの存在が表沙汰になる可能性が高い。

冗談ではなかった。

あの子にはいずれファナーリ家を出てもらって、平穏無事で当たり前に幸せな、平凡な人生を送ってもらわねばならないのだから。


うん、やっぱり。


「ごめん、カヴァリエーレ。ここで死んでくれる?」

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