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きみは無慈悲な夜の女王 ~リュシオル・ファナーリは間違える~  作者: 中村朱里


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20.グノシエンヌ

「カヴァリエーレ、それを返してくれないかな」

「返してほしかったら、今夜、俺と勝負しろ」

「……いつもしているでしょう。それにわざわざ今夜って……」

「魔術の行使の許可をここで取って、今夜、俺と戦え。お前が勝ったら返してやる。そして、俺が勝ったら、お前は一つ俺の言うことを聞け」


それはつまり私闘である。禁じられているけれど、カヴァリエーレの言う通り、許可を取ればイケる、というやつだ。

私がそれに応じる義理は一切合切まったくこれっぽっちもない。ベルが微笑みながら殺気立ち、私のためにカヴァリエーレから小包を奪い返そうと隙を狙ってくれているけれど、生憎カヴァリエーレは本気であるらしく、私から見ても今の彼には隙がない。

舌打ちをしたい衝動にかられたけれど耐える。久々に心底腹立たしい。馬鹿はやはり馬鹿なのかと思えども、そう言い切るにはカヴァリエーレの様子があまりにも真剣で、どこか必死さすら感じさせるものだったから、流石の私も何も言えなくなってしまう。


――カルルからの、贈り物なのに。

――そう、カルルからの、贈り物、だから。


ならばもう、私の答えは決まっていた。


「いいよ、その決闘、受け入れよう。ただし、他のカーバンクル達の一切の介入は認めない。観戦者はなしだ。いざというときの治療役はベルに任せる。そして私が勝ったら、必ずその小包を私に返すこと。逆の場合は私がきみの言うことを一つ聞く。これが条件だね」

「ああ、それでいい」


私の低い声に対して、カヴァリエーレは冷静に頷きを返し、そのまま学生課窓口で手続きを始める。やはり隙はなくて、小包は奪い返せなさそうだ。

仕方がないだなんてもう言っていられない。促されるままに申請書にサインをして、私はカヴァリエーレと分かれ、夜を待つことになったのである。



「――――――――――逃げずに来たな」

「当たり前だよ。人質を取られているんだからね」



じゃなきゃ誰が好き好んでこんな真夜中にわざわざ闘技場にまで来るものか。

時は深夜零時、折しも月が見事な円を描き、カーバンクルの目にとっては真昼のような明るさの夜だ。

私よりも随分と早く闘技場に来ていたらしいカヴァリエーレの腰には細身の剣が携えられており、片手には私から奪った例の小包がある。

対する私はというと、私の身丈を大きく超える槍斧をかついでいる。私のために特注されたこの武器は、見た目よりもずっと軽く、しなやかで強靭だ。

剣に対して槍斧だなんて卑怯と言われるかもしれないが、そもそも戦いに卑怯も何もないし、カーバンクルにとって武器は二の次三の次。私達の最大の武器は、この額の石であり、この獣の身体である。


「治療役ついでに、審判もベルに任せても?」

「ああ、構わない」


ベルに目配せを送ると、彼は見事なカーテシーを決めてから、私達から距離を取った。

ああ、静かな夜だ。こんな夜にこそ、カルルからの贈り物を愛でたかったのに、この馬鹿、もといカヴァリエーレのせいでこんなことになってしまった。

まあ油断していた私が悪いし、勝てばいいのだ、勝てば。

決闘開始の前に小包を手放してくれるかと思いきや、思っていたよりも慎重であり、自分が手放した瞬間に私かベルが小包を奪い返すことを見越しているらしいカヴァリエーレは、小包に紐を結わえてわざわざ首からかけてくれやがった。困った、思っていたよりもカヴァリエーレは冷静であり、意外と知恵が回る。

まあ、それでも。


「私が勝つよ」


そう。私は誰にも負けない。すべては、カルブンクスル・ファナーリのために。

私の宣言に対して、カヴァリエーレは何も言わずに静かに見つめ返してきた。ああなるほど、こういう顔を見て、女生徒たちはカヴァリエーレを“水明の騎士様”と呼び憧れ慕うのだろう。

そしてベルが一つ咳ばらいをする。私が槍斧を構え、カヴァリエーレが細剣を抜き払う。


「――――始め!」


先に地を駆けたのはカヴァリエーレのほうだった。当たり前だ。まともに細剣で槍斧とやりあうのは悪手。一足飛びで相手の懐に入り、まともに槍斧を扱わせないのが正しい判断だ。

私とてそうくるだろうことは予測していたので、いったん大きく背後に飛びずさり、槍斧をぐるんと振り回す。額のルビーが熱くなるのを感じる。槍斧が描いた軌跡そのままに炎が生まれ、こちらに駆けてくるカヴァリエーレへと向かう。


「俺が何の対策もしていないと思ったか!?」


カヴァリエーレの額のルベライトもまた輝いた。いくつもの水球が彼の周りでぐるぐると周り、私の炎とぶつかり合う。互いを食らい合う炎と水の中、槍斧と細剣もまたぶつかり合った。

悔しいことに、まともに競り合ったら私が負ける。カヴァリエーレが知る由もないことだけれど、何分私の身体は女だ。肉体の性別における力の差はどうしようもない。

だからこそ。


「対策していることくらい解っているよ。だから私も、こうするんだ」


ぎちぎちと私の槍斧の柄に細剣で迫るカヴァリエーレは、さらに水流を操って死角から私を狙うけれど、甘い。

いくつもの魔術を組み合わせて同時に操る手腕は見事なものだ。けれどそれができるのが自分だけだと思われては困る。意識するだけで生まれる炎の渦が水流を受け止め、同時に私はわざと姿勢を崩してみせる。

急に体重をかけることができなくなったカヴァリエーレもまたバランスを崩したところに、そのお留守になった足元を思い切り槍斧の柄で払う。足払いである。

ついでに倒れ込もうとするカヴァリエーレの腹に思い切りつま先を叩き込んだ。

かは、と声にならない悲鳴とともに唾液を吐き出すカヴァリエーレ。

ははは、オリハルコン仕込みのブーツのつま先による一撃はさぞかし効いただろう。

そして片手で斧槍を回して、倒れたカヴァリエーレの顔の真横にざすっと切っ先を突き立てた。

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