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きみは無慈悲な夜の女王 ~リュシオル・ファナーリは間違える~  作者: 中村朱里


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19.エニグマ変奏曲

「やっと、俺を見たな!」

「は?」


何の話だ。いや言わなくていい。ここで私に潰される馬鹿にもう用はないのだから。

そう、そのはずなのに。


「……かった」

「うん?」

「だから! 悪かったと言っているだろう!!」

「…………ううん?」


顔を真っ赤にして叩きつけられるように怒鳴られて、思わず瞳を瞬かせる。

思わずまじまじと馬鹿の顔を見つめると、馬鹿はますます顔を赤らめて、ぎゅうと両手を握り締め、まっすぐに私の瞳をその紺碧の瞳で見つめ返してくる。


「お前が大切に思っている“弟”に対しても、ついでに、そこの侍女に対しても! 俺がいくら浅慮であるとはいえ、言ってはならないことだったし、やってはならないことだった! だから謝る! 悪かった!!」


そのままがばりと深く頭を下げる馬鹿。ぽかん、と自分の口が間抜けに開くのが解った。

これは想定外である。無駄にプライドと矜持が高く、身分としてもそうそう他人に謝るのをよしとしないはずのこの馬鹿が、ここまで深く頭を下げて謝罪してくるとは夢にも思わなかった。

本気なのだろうか。これで私を油断させてそこを狙って……とか、そういう目的か? ついベルを見上げると、彼は私よりもよほど驚いた様子で固まっていたので、どうやらこの馬鹿のこの態度に嘘はないらしい。


「……きみ、思っていたよりも馬鹿ではなかったんだね」


つい本音をぽろりとこぼしたら、がばりと銀色の頭が持ち上げられ、赤く染まった顔で馬鹿、もといリヴァル・カヴァリエーレはまた怒鳴ってくる。


「誰が馬鹿だ!」

「もちろんきみが……と、言いたいところだけれど、そうだね。こちらこそ度重なる非礼を失礼した。きみの謝罪を受け入れよう、リヴァル・カヴァリエーレ」

「……っわ、わかれば、いい! なら、今日もこれから勝負だ!」

「え、嫌だよ」

「ここは『もちろん受けて立とう』とでも言って頷くところだろうが!!」


それまでの馬鹿なりのしおらしさはどこに放り投げたのか、ぷんすかと子供のように今まではまた異なる様子で怒り始めたカヴァリエーレを無視して、私はまたベンチに座り直し、魔導書を開いたのだった。カヴァリエーレがますます憤るけれど、そこはベルの出番である。彼に防波堤役を任せ、私はまた、魔導書の世界に没頭するのだった。

そうして、それからの“宝石箱”の日々に何かかわり映えがあったかどうかと問われれば別にそんなことはない。カルルとの手紙のやりとりは欠かさず続いているし、父上様については、わざわざ私が手紙なんざしたためなくとも、“宝石箱”の上層部が勝手に報告してくれている。


「…………また、負けた……っ!」


定期試験の結果を手に崩れ落ちているカヴァリエーレに、周囲が気遣わしげな視線を送っている。私の手にある試験結果はすべて満点、となれば当然順位は一位。背後のベルはうっとりとした表情で「流石わたくしのぼっちゃま」と頷き、その可憐な仕草に周囲のカーバンクル達が見惚れるまでがワンセット。


「今回こそはと思っていたのに……っ!!」


ダァン! と床を殴りつけて唸るカヴァリエーレ。

いつものことなのだから毎回毎回ここまで大げさに悔しがることもなかろうに。そんな私の視線に気付いたのか、感情表現が無駄に豊かな彼は、悔し涙を浮かべながら立ち上がり、びしっと私に人差し指を突き付ける。人を指差してはいけないとカヴァリエーレ家は教育しなかったのか。


「くそ、次は、次こそは負けないからな!」

「別に二位でも恥じることはない立派な成績だと思うけれど」

「首席のお前にだけは言われたくない!!」


まあそれはそう。食って掛かられた内容は本当にその通りだったので、特に否定もせずにそのまま放置することを選ぶ。

楚々とベルがついてくるのに加えて、カヴァリエーレもまた足早に私を追いかけてきて、となりに並んできた。


「待て、どこへ行く!?」

「私がどこへ行こうと私の勝手でしょう……と言ってもきみは納得しないんだよね、馬鹿だから。学生課だよ。今日はファナーリから郵便が届くから」

「……また“弟”か?」

「ご名答」


わざわざ問いかけてくるまでもない当たり前のことだといい加減理解しているだろうに、なぜわざわざ確認してくるのか意味が解らないし、ついでにそこでやたらと不満そうな顔をするのも訳がわからない。

まあベルも私がカルルとやりとりを交わし続けているのを面白いと思っていないらしいしな。私が首輪を着けたことで少しばかりおかしな化学反応を起こしてしまったらしいベルは、私に心酔し、だからこそカルルと私の仲が深まるのをよしとしていない節があるから仕方がない。


――だったらカヴァリエーレのこれはなんなのかな。


別に何一つ関係ないだろうにこうも不満そうにされると流石にこちらとしても若干困惑を覚えなくもない。こちらを見つめてくるその顔をなんとなく見つめ返すと、かあっと彼は顔を赤らめた。

これで“宝石箱”では“水明の騎士様”と呼ばれ、女性陣に大人気らしいのだから世も末だ。ちなみに私は“ファナーリの申し子”。望むところではあるが同時に遺憾の意でもある。

そうこうしているうちに学生課に辿り着き、手続きを終えて無事にカルルからの手紙……ではなく、小包を受け取った。

そういえば前回、誕生日プレゼントのお礼に何が欲しいかと聞かれて、その回答を送っているから、これはおそらくそれだろう。本当に律儀で優しいかわいい弟である。

早く寮に戻って開封したい。自然と笑みをこぼすと、となりから「おい」と苛立ちを押し殺した声がかけられた。

横目でそちらを見遣ると、でかでかと顔に不満を描いたカヴァリエーレの手が伸びて、私の手から小包をさらっていく。

しまった。油断した。

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