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きみは無慈悲な夜の女王 ~リュシオル・ファナーリは間違える~  作者: 中村朱里


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18.ルサルカ

馬鹿の言う通り、カルル――――カルブンクスル・ファナーリという、至高のダイヤモンドのカーバンクルの存在は秘匿されている。

あの子の存在を知るのは、父上様と私、そしてファナーリ家における本当にごく一部の限られた人間、それからこの国の内政に関わる王宮の重鎮、あたりだろうか。つまりは簡単に数えられる程度の数しかいないわけだ。

不幸中の幸いとして、この馬鹿はその件について口外する気はないらしいけれど、こうしていちいちやっかんでくるのはつくづくいただけない。


私が誰にどんな手紙を書いていようと、関係のないことだろうに。

だからこそ再び手紙に集中し始めたのだけれど、なぜか今までになく強く、ギッとにらみ付けられているのを感じた。なんならチェスでの劣勢に対する悔しさよりもよっぽど悔しそうな視線である。

最初から片手間でしか相手をするつもりはないとこちらは言っているのに、まったくこれだから人の話を聞かない馬鹿は面倒くさい。


さて、続きは何を書こう。

カルルはつい先日、誕生日を迎え、九才になったと聞いている。遅れてあの子の誕生日を聞かされた私は、慌ててプレゼントとして、私の炎術を封じ込めたルビーをあしらったブレスレットを贈った。

カルルが危機に陥ったときに発動する仕掛けになっている、それなりに見栄えのするブレスレットだ。

先達ての手紙の内容から察するに、カルルはとても喜んでくれたようだ。「兄上の石や瞳と同じ色で、ずっと見ていられます」なんてそれはそれはかわいらしいことを書いてくれて、私は安堵と喜びを覚えたものである。


「お礼がしたいです。兄上は何が欲しいですか?」とわざわざ聞いてくれたのだから、きちんと回答を送るべきだろう。

カルルがくれるものならばなんでも嬉しいし、そもそもカルルの存在自体が私にとっての最高のプレゼントなので別に何もいらないのだけれど、それではあの子は納得しないだろう。

うーん。何がいいかな。


ペンの頭を唇に寄せて考え込んでいると、やはり横からの厳しい視線をまだ感じる。

いい加減しつこい。うっとおしい。

私とカルルの貴重な交流時間となる執筆時間をこれ以上邪魔するつもりなら、今度こそこの馬鹿との付き合いを考え直さなくてはならないな……と思った、そのときだ。

馬鹿は、ハッ! と吐き捨てるように嘲笑した。


「まあ、その“弟”とやらがどんな存在だろうと、未だに認知も周知もされずにファナーリに囲われているだけなら、よっぽど不出来な……ッ!?」


――――ビッ!!


皆まで言わせず、持っていたペン先をそのまま馬鹿の眼球に触れる寸前まで突き付ける。

息を呑む馬鹿にようやく向き直った私は、そのまま続けた。


「私の前でカルルの侮辱をすることは、死に直結すると思え。二度目はないよ。忠告ではなく警告であると理解しろ」

「な、な……っ」

「はい、チェック」

「あっ!」


私の黒のクイーンが、馬鹿の白のキングをコトンと倒す。さて、これにて終いだ。


「二度と声をかけるな、リヴァル・カヴァリエーレ」


私について何をどう言われようとも痛くもかゆくもないけれど、カルルについて何か言ってくるつもりならば、もう相手にする気にはなれない。

かわいいカルル。いとしいカルル。何よりも誰よりも大切な“弟”に害意や悪意をいずれ持つかもしれない輩と、これ以上関わる必要はない。いずれ必ず徹底的に跡形もなく潰すだけだ。

呆然とベンチに座りこんだまま固まっている馬鹿を置いて、私は手紙とペン、それから魔導書をベルに渡し、彼を伴ってさっさと寮に戻ることにした。

これでもう、この“宝石箱”でまともに私にからんでくる存在はいなくなったことだろう。もっと早くに最後通牒を突き付けておくべきだったな。とにもかくにもこれでわずらわしさから解放された。後は最短でこの“宝石箱”を卒業するのみである。


――あーあ、カルルに、会いたい。


一番欲しいプレゼントは、手紙では到底伝えられなさそうだということに気付かされ、ついつい自嘲してしまった。

そして、次の日。



「おい」

「……」

「おいって」

「…………」

「っ聞けよ、聞こえているんだろう、リュシオル・ファナーリ!」


昨日、完全に縁を切ったはずのどこぞの馬鹿が何やら怒鳴り喚き散らしている。うるさいことこの上ない。

膝の上で開いていた魔導書から視線を上げることなく、片手を挙げてみせると、背後でベルが一礼する気配がした。そのまま彼は、今にも私に掴みかかろうとしていた馬鹿と、ベンチに座ったまま微動だにしない私の間に割り込んでくれる。


「リヴァル・カヴァリエーレ様におかれましては、ぼっちゃまに二度と声をかけるなと警告されたはずでございますゆえ、このベルがお相手つかまつりますわ」


私のよくできた侍女は、本当に私のことをよく解ってくれている。見事な代弁に内心で拍手していると、つい先日まで私が一応家名で呼んでいた、もうその家名の価値にすら私には意味がなくなった馬鹿が、いきり立ってベルに向かって手を上げる。


「どけ! たかが屑石の侍女風情が……っ!」


馬鹿の手に渦巻く水球が生まれ、問答無用でベルを襲おうとした。馬鹿はどこまでも馬鹿らしい。ベルは動かない。動けば馬鹿の水球が私にあたるからだ。そういうところもまた、ベルは本当によくできた侍女なのだ。

唸りを上げてそのままベルに叩き付けられようとした水球に向かって、人差し指から小さな火種を放つ。

ぱあん! と盛大な音を立ててはじけた水球の水がそのまま馬鹿を襲った。


「弟に対する暴言のみならず、私のベルに対する侮辱と暴行未遂。よほど死にたいらしいね」


相手にするつもりはなかったけれど、流石にここで捨て置く訳にもいかないだろう。何をするか解らない馬鹿が一番怖いとは誰が言った金言だったか。

もういいや。“宝石箱”では私闘は禁じられているけれど、これは私闘ではなく制裁である。昨日の今日だけれど、この馬鹿はここで潰しておこう。

ファナーリの権力をふりかざすのは父上様に頼っているようであまり気は進まないけれど、この馬鹿の存在だけはそのファナーリの名の下にもみ消してもらおうそうしよう。

そう心に決めて魔導書を閉じて立ち上がると、頭からびしょぬれの濡れネズミになっている馬鹿は、なぜかその怜悧な美貌をぱっとさも嬉しげに華やげた。

…………うん?

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