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きみは無慈悲な夜の女王 ~リュシオル・ファナーリは間違える~  作者: 中村朱里


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17.憂鬱なセレナード

――――と、思っていたし、そのはず、だったのだけれども。


「おい、リュシオル! 勝負だ!」

「……また来たの、カヴァリエーレ」


“宝石箱”に入学して、早半年。

もう関わることにならないように割と徹底的に恥をかかせてやったはずのリヴァル・カヴァリエーレは、何故か入学式以降も、私にやたらと絡んでくるようになった。

今更授業や訓練を受けずとも試験で満点が取れる私は、“あのファナーリ侯爵家の御嫡男様”というネームバリューをかさに着て、授業をさぼりにさぼっている。

周りはそのファナーリ家御嫡男様である私をとがめることもできずに遠巻きにしてくれているというのに、このリヴァル・カヴァリエーレ……ああもう面倒くさい、やっぱり馬鹿でいいや。そう、この馬鹿は、毎回毎回“宝石箱”のあちこちで勝手に自主的な勉強だの訓練だの普通にさぼりだのをしている私を見つけ出しては、何かと勝負を持ちかけてくるのである。

うざいしつこいめんどくさい、の最悪な三拍子がそろっている。

そろそろ私以上にベルの方が限界なようで、「わたくしが暗殺にまいりましょうか」とナイフをちらつかせながら私に真顔で相談を持ち掛けてきたのはつい先日の話である。

今日も今日とて、中庭で図書館から借りてきた魔導書を読んでいた私の元にやってきた馬鹿は、私のうろんな返事にかまうことなく、さっさと目の前にチェス盤を広げた。側に控えているベルの視線の冷たさなど何のその、馬鹿はそれぞれ黒と白の駒を配置し、私の隣に勝手に腰を下ろす。


「今日は負けないからな!」

「私は勝負する気はないのだけれど」

「逃げるのか?」

「そう思ってもらっても私は別に痛くもかゆくもないよ」

「っ魔術勝負が禁じられているんだ、チェスくらいいいだろう!」

「えええ……」


そう、入学式の騒ぎの時点で、この“宝石箱”における在校生の魔術による私闘の禁止が、上層部から厳命された。

魔術の行使は授業や試験のみで許されているだけだ。

だからこそこうしてこの馬鹿は、魔術以外のあれやそれやで私に勝負を挑んでくるのである。この半年間、それはもうずっと。

本当にうざいしつこいめんどくさい。私は感情があまり顔に出ないタイプらしいのだけれど、この半年無理矢理付き合わされてきたせいで、馬鹿も流石に察するようになったらしい。

私の素直な気持ちに気付いている上でそれでもなお勝負を挑み続けてくる根性だけは見上げたものだ。毎回私に負けてるくせに諦めないところもまあ褒められるべき美点なのだろう。だがしかしそれにしても。


――めんどくさい。


もういっそ一回くらいわざと負けてみせたほうがいいのかもしれないなぁと最近は思い始めている。しかしそれで調子に乗られてあることないこと吹聴され、その私の“敗北”が父上様の耳に入るとまたさらに面倒くさくなること間違いない。

ああもう、今日も今日とて仕方がないか。


「私はやることがあるから、片手間で相手することになるよ」

「ふ、フン! そう言っていられるのも今の内だ」


この馬鹿の怜悧な美貌は、本来であれば、常に冷静で理知的なイメージを周囲に抱かせるものらしい。だがしかしこの馬鹿は私の前ではいつもこうやってこめかみに青筋を立てて顔を真っ赤にしていて、『冷静で理知的』からは程遠い。人のうわさとはつくづくあてにならないものだ。


「先攻は譲るよ。どうぞ」

「~~そのお綺麗なツラ、すぐに吠え面に変えてやるからな!」


カツン! と白のポーンをチェス盤に叩きつけるようにして動かす馬鹿を横目に、私は私でベルに口頭で黒の駒を動かしてもらいつつ、持っていた魔導書を机代わりにして、とっておきの便箋にペンを滑らせる。


――愛する弟、カルブンクルスへ。


“宝石箱”に放り込まれてから、かかさず送られてくる手紙に対する返信は、いつもこの書き出しである。

手紙のやりとりは、カルルとの大切な約束だ。基本的にお互い近況報告ばかりだけれど、その手紙から窺えるかわいい弟の成長にいつだって私は胸があたたかくなる。


「……おい」

「何」


明らかに劣勢なチェス盤をにらみ付けて歯噛みしていた馬鹿が、気付けばこちらを見ていた。

ベルが、本意はともかく侍女としてのマナーとして、私の指示のもとに黒のルークを動かしてからそっと一歩下がり、改めて私の背後に回った。

私が返事をしたことで、私が馬鹿と会話をする気があることをきちんと察してくれる彼は本当によくできた侍女である。

馬鹿の相手をしても面倒にしかならないのに、それでも私が返事をしたのは、相手をしないと余計に面倒になるのがこの馬鹿だからだ。

ちらりと一瞥してから再び手紙にペンを滑らせ始めると、視界の端で馬鹿がいかにもムッとしたように唇を引き結び、それからイライラとした様子で口を開く。


「また例の“弟”への手紙か?」

「そうだよ」

「……ファナーリ家にお前以外に認知されている子供がいるだなんて聞いたことがないぞ」

「それ、前にも言っていたね。まあその通りだし、きみには関係のない話だから気にしなくていいよ」


以前にも私がこうして返信をしたためようとしたときに限って勝負をしかけてきたこの馬鹿に、「“父上様”へのゴマ擦りか。“ぼっちゃま”は大変だな」なんて、今考えてみるとあまりにもくだらなさすぎる挑発に対して、思わず「父じゃなくて“弟”にだよ」と反論してしまったのがそもそもの失敗だった。


――あれが間違いだったんだよなぁ。


私はまた間違えてしまったのだ。いくらあのクソ親父もとい父上様におべっかを使っていると思われるのが癪に障ったとはいえ、だからといってカルルの存在について口を滑らせてしまったのは本当に本当に間違えたとしか言いようがない。

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