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きみは無慈悲な夜の女王 ~リュシオル・ファナーリは間違える~  作者: 中村朱里


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15.子犬のワルツ

かくしてカルルとはそれっきりとなり、その一週間後、私は“宝石箱”に旅立つこととなった。

いやいやいや、いくらなんでも早すぎないか。もう少し心の準備とか身支度とか身辺整理をさせてくれてもいいのではなかろうか。まあわざわざ持っていきたい私物なんて数えるほどにもないし、あとはほぼほぼベルに任せきりなので困りはしないけれど、それにしても。

そんな私の無言の抗議は、父上様には筒抜けらしい。彼は「ギリギリまで私も粘ったからな。かわいい“息子”をそうそう手放せるものか」と見事な嘘八百をのたまってくれた。絶対めんどくさかったから後回しにしてただけだろあんた。

なにはともあれそうして私は少ない手荷物とベルとともに馬車に乗り込んで、その三日後、“宝石箱”に辿り着いたのである。

“宝石箱”はカーバンクルを保護し、また、その逃亡を阻止するために、この国の大部分を占める深き森の最奥に位置している。

夜の申し子、真夜中の獣たるカーバンクルにとっては深い森くらいなんてことのないものだろうと言われるかもしれないが、この森の厄介なところは、その辺の対策がばっちりされていることだろう。

結界術を得手とするカーバンクルによる術式が森全体を覆っていて、上層部の許可なしに出歩けばもれなく遭難である。そうなんだ、と思わずくだらなすぎるギャグを何の気なしに行ってしまい、ベルがたまらず噴き出していた、とはやっぱりくだらないこぼれ話だ。

一応行われた入学試験は一般教養である座学と、特殊な鉱石を用いた魔力の測定だった。

誰に名乗ったわけでもないのに私がファナーリ家の者であるとは周囲に知られていて、私の入学試験の結果は注目の的だった。


「流石ですわ、ぼっちゃま!」

「ありがとう」


はい、言われるまでもなく自慢に思うまでもなく、見事主席の座を射止めましたとも。

私よりもベルのほうがよっぽど嬉しそうだ。私としては嬉しいというよりも「まあこんなもんだろう」という納得の方が先に立つ。

私と同じ入学試験を受けた若いカーバンクル達が、化け物でも見つけたかのような目で私のことを見てくるけれど、まあこれは有名税だ。

とりあえず父上様の顔を立てることはできたので、後々あのひとに嫌味を言われることはないだろう……と、その点については安堵していた、そのときだ。


「おい、リュシオル・ファナーリ!」

「うん?」


入学試験後、そのままの流れで始まった入学式。主席だった私が新入生代表としてやる気のない適当な挨拶を述べたり在校生や学園長からの祝辞があったりなんなりした後、さっさとベルを連れて寮に行こうとしていたときのことだった。

思い切り名指しで怒鳴り付けられ、流石に無視もできずに振り返った先にいたのは、月影のような銀髪に、海のような紺碧の瞳の、あっと思わず息を呑むような怜悧な美貌の少年だ。年のころは私の同じくらいに見えるから、十五歳くらいだろうか。

その額に輝くのは、カーバンクルの中でも特に尊ばれる濃さの赤の宝石。私と同じルビーかな、と思ったけれど……ううん? 違うな。


「ルベライト?」

「っああ、そうだ! 俺の石はルベライトだ、ルビーをお持ちのおぼっちゃんでもそれくらいの審美眼は持ってるんだな」

「ありがとう」

「~~~~褒めてないってことくらい解っているだろう! 馬鹿にしているのか!」

「いや、ぜんぜん。そこまで見事な赤のルベライトは初めて見たから、感心しているだけ」

「~~~~~~~~~~ッ!!」


ルベライトは赤のトルマリンの中でも特に希少な宝石だ。しかもこの銀髪の少年のルベライトは、その中でも最高峰とされるであろう、ルビーとも見紛う深い赤のそれである。

私も、自分の石がルビーでなかったら、普通にルビーと勘違いしていただろう。

で、そのルベライトをお持ちの少年が、なんでまた私を名指しで呼びつけたのだろうか。ファナーリ、と家名までばっちり言い切ったあたり、ファナーリの名前に臆さないだけの気概があるらしいけれど、ああ、後ろのベルの雰囲気がまずい。

いつも通りの微笑みを浮かべているのは振り返らずとも解るけれど、発する雰囲気がそれはもうとげとげしい。ベルのご機嫌が斜めになると、その憂さを晴らすようにいつも以上に甲斐甲斐しく私の世話をしたがるから勘弁してほしいんだけどな。

とりあえず何の用なのかと銀髪の美少年を見つめていると、顔を真っ赤にして唸りつつ私をにらんでいた彼は、びしぃっとその人差し指を私に突き付けてきた。


「俺のこと! もちろん覚えているだろうな!?」

「……うん?」


覚えてるか、と言われましても。ここで再確認。銀髪。紺碧の目。ルベライト。……ううん?


「ま、さか、覚えていない、のか……!?」

「……あー、ごめん、ちょっと待って。今思い出すから」

「つまり忘れてるってことだろうが!」


顔を真っ赤にして、紺碧の瞳になんならうっすら涙の膜まで張って、銀髪の美少年は、私に突き付けた人差し指をぶるぶると震わせた。

え、ええー……? 本当に記憶にない。ならば。


「ベル、覚えてる?」

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