12.星は光りぬ
「カルルは」
「はい?」
「今更聞くのは、本当に今更なのだけれど、カルルはどうして私が女だと解ったの? これでも私は、今まで誰にも女だとばれたことはなかったんだけどな」
三年前に出会ってからというもの、幾度となくカルルは私のことを『女』であると間違える。いや間違ってはいないのだけれど、対外的には私は『男』であり、ファナーリ家当主グラナート・ファナーリの“息子”として扱われている。
私が女であると気付いている者は、父上様、そして使用人の中ではベルだけだ。そういう立ち振る舞いを、この屋敷に連れてこられた最初の時点で徹底的に叩き込まれた。
膨らんできた胸はさらしと帷子で押さえているし、毒が入っているものの栄養素としては満点な食事、そして適度な運動という名前の過酷な戦闘訓練で、私の身長は平均的な女子よりは高めだ。
今となっては、私が本当は『女』であるだなんて考える輩は皆無である。三年前も似たようなもののはずだったのに、カルルは一目で私のことを女であると見抜いた。
今更すぎる問いかけだけれど、あれはどうしてだったのだろう。理由によっては、もしかしてカルル以外にもバレている相手がいるかもしれない。
――その場合は、その相手を片付けなくちゃな。
そう内心で呟きつつ、ベルが淹れてくれた紅茶を口に運ぶ。ぴりりと舌に走る痺れに、今回は神経毒か、と見当をつけていると、きょとん、とカルルの大きな瞳が瞬いた。
思ってもみなかった問いかけをされたと言わんばかりの表情だ。
「だって兄上は綺麗じゃないですか」
「…………ううん?」
そして今度は、私の方が『思ってもみなかった』ことを言われたという表情を浮かべることになった。
ティーカップをテーブルに置いて首を傾げてみせると、カルルは白皙のかんばせを華やかな薔薇色に上気させて、にこにこと続ける。
「兄上と初めてお会いした時、なんて綺麗なひとなんだろうって思ったんです。こんなにも綺麗なひとがいるんだなぁってびっくりして、僕とおんなじ男だとは思えなくって。あと、この額の石を重ねたとき、兄上の生体情報が僕のほうに流れてきたから、やっぱり兄上は女の人なんだなぁって」
えええ……。三年前の私は今以上にやせぎすでボロボロでずたずたの屑みたいな子供だったと思うのだけれど、それを綺麗だと思ったカルルの美意識が少々どころではなく心配になる。
そして同時に、『生体情報』という聞き逃がせない単語に、ふむ、と口元に思わず手を寄せた。
「ふぅん。なるほど。だったら今後、治癒術を私に使わせる相手は選ばないといけないね」
カーバンクルの額の石は、カーバンクルにとっては文字通りの『すべて』だ。
そこから得られる魔力はもとより、その持ち主の情報すらも相手に筒抜けになってしまうのならば、今後下手にカーバンクルから治癒術を受けるのは避けた方がよさそうだ。
「恐れながらぼっちゃま。その役目を、わたくし以外にお任せするおつもりですか?」
「うん?」
今のところ、社交界に出されることもなく、ただただ過酷な教育を施されるばかりで、屋敷から出る予定はまだ立っていない私が、見ず知らずのカーバンクルに治療されることはまずないにしても……と、そこまで考えていた私の耳に、低い声が飛び込んでくる。
ベルだ。いつもの甘い声とは正反対の、本来の彼の声音に近い低い声と、何やらドスの利いた笑顔で、彼は私を見つめてくる。
「ぼっちゃまに治癒術を行使する役目はわたくしだけの特権です。わたくし、これだけは他の誰にも譲る気はございません」
言外に、「あなたもそのおつもりでいらしてください」としっかりばっちりがっつり念を押された気がした。
私だって今更ベル以外に治療を任せるつもりはないし、ここで生体情報を他にもらすつもりなんてもちろん一切ない。よってベルのその言葉は願ったり叶ったりなのである。
「それはありがとう。助かるよ」
これからもよろしく、という気持ちを込めてひらりと片手を挙げると、ベルは頬を薄紅に染めて優雅に一礼してくれた。急にご機嫌になったようだ。乙女心ならぬオトメン心は複雑なものらしい。
そんな私とベルのやりとりを見つめていたカルルは、「だったら!」と突然身を乗り出し、私の片手をぎゅうと両手で握り締めてきた。
「……治癒術がベルの役目なら、その怪我をする前に兄上を守るのは、僕の役目です!」
そうですよね、と濃蜜色の瞳が驚くほど必死な様子で訴えかけてくる。うーん。そうは言われましても。
「私はカルルに守られるよりもカルルを守る役目のほうが嬉しいけれどな」
そのために私は死なずにいるのだから。だからこそ私は、死なないでいられるのだから。ねえカルル。私はね、私のすべてを、君の輝かしい未来のために使い潰したいんだよ……なんて言ったら重すぎてドン引きされそうなので、流石に口には出さなかった。
けれどもカルルは、何かしらを察してしまったらしい。むうっと彼はあどけなく唇をとがらせる。
「僕だって、今は兄上より弱くても、いずれ兄上を守れるようになるんですからね」
「楽しみにしているよ」
私のことはまったくぜんぜんこれっぽっちも守らなくていいのだけれど、この子が私よりも強くなることについては賛成だ。この子がこの子自身を守るためには、それが一番手っ取り早い。
まあこの子が身を守らなくてはならない事態に陥る前に、私が動きますけども。
この三年間、私自身に送られてくる暗殺者の数は相当なものだったけれど、どこからかもれたこの子の情報を足掛かりにして、この子のもとにも暗殺者が多数送られてきていた。
父上様の許可を得てそれらすべてを私が処理していたけれど、万が一ということがある。この子が自分で自分の身を守るすべは、多ければ多い方がいい。
その辺の塩梅が難しいところなんだよなぁと思いつつ再びティーカップを口に運ぶと、不意にカルルのかんばせに、淡い朱が走った。気恥ずかしげな表情もこれまたかわいい。どうかしたのかと視線で促すと、おずおずと彼は口を開く。




