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きみは無慈悲な夜の女王 ~リュシオル・ファナーリは間違える~  作者: 中村朱里


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11.寂しく暗い森で

それからの私の日常は、基本的には変わらないけれど、二つばかり想定外のイベントが発生するようになった。

“あの子”と出会ってから、三年が経過して、私は十三歳になり、その中で、いつのまにかその『想定外の二つのイベント』は当たり前の日常へと変化した。


「ぼっちゃま、お手を。怪我をなさっておいでですわ」

「これくらい平気だよ。どう見てもかすり傷でしょう」

「かすり傷、でもです。わたくしはもう、どんな傷であろうとも、ぼっちゃまの傷を一つとして許すつもりはございません」

「……はいはい」


促されるままに、先ほどの自主訓練で軽く擦りむいただけの手の甲を差し出すと、ベルは驚くほどうやうやしく私のその手を取って、花弁のように可憐な唇をそこに寄せた。

彼女、ではなく彼の額のストロベリークォーツが輝いて、彼の唇から魔力が流れ込んでくる。

そして瞬きの内に傷は綺麗さっぱり消え失せて、ベルはゆっくりと私の手を解放し、心から満足げに笑みを深めた。


「これでよろしゅうございますわ」

「…………ありがとう」

「礼には及びませんわ。ぼっちゃまの一の従者として、当然のことにございますれば」

「………………うん」


あの夜の前までならば、かすり傷なんて見て見ないふり、重傷だってギリギリ最低限の治癒術しか行使しなかったくせに、今となってはコレである。

当初はツッコミ待ちなのかと思っていた。だがしかし、驚いたことに彼は心の底から本気であるらしい。

隙あらば私の傷を治療しようとするし、しかもそのたびにわざわざ唇から魔力を注ぎ込んでくれる。おかげで私はこの二年間の中でもすこぶる調子がいい。それはいいのだけれど、も。


「……胸やけがする…………」

「まあぼっちゃま! 昼食の“スパイス”がまだ解毒され切っていないのでしょうか。でしたらわたくしが……」

「いやいい。いいから。毒に慣らすために毒を食べてるのに、それをベルに治療してもらったら意味がないでしょう」

「それは、まあ、さようにございますけれども……」


なんとも不満そうに眉をひそめるベルは、やはりどこからどう見ても愛らしく可憐な侍女である。

基本的に穏やかな微笑を貼り付けていただけだった彼の表情は、あの夜以来、気付けばこんなにも豊かになった。何がベルにそうさせているのかは解らないけれど、とりあえず治療を完璧にこなしてくれるようになったのは正直ありがたい。

その反動のように父上様が「調子がいいならさらに戦闘訓練を上の段階に持っていけるな」と喜々として私をいたぶってくれるのでプラマイゼロどころか若干マイナスなことが問題ではある。

そう、これが一つ目。ベルの態度が一変し、彼はすっかり私に追従するようになり、ついでに父上様との戦闘訓練が今まで以上に過酷を極めるようになったことだ。

ちなみに私がベルに着けた“首輪”を見た父上様は、驚くほど豪快に笑った後、しばらくずっと上機嫌だった。ついでに戦闘訓練はさらなる地獄だった。余談である。

それはそれとして、私の日常の変化、その二つ目は。


「――――姉上! お待ちしておりました!」


ああ、まぶしい。陽光を浴びてきらつく濃蜜色の髪、同じ色に輝く大きな瞳、額に頂く圧倒的な存在感を放つ赤のダイヤモンド。天使が本当にいるとしたらきっとこの子のことをいうのだろう。


「カルル、私は『姉上』ではなく、『兄上』だよ」

「あっ! ごめんなさい、あねう……じゃなくて、兄上!」


まだまだやわらかく幼い手で口を押える仕草の愛らしさといったら天井知らずだ。

自然と笑みがこぼれて、そのさらさらで滑らかな指通りの髪を、梳くように撫でる。


「今はベルと私しかいないからいいけれど、他の人がいるときは気を付けてね」

「はい、兄上。ごめんなさい」

「謝らなくていいよ。ややこしい自覚はあるからね」


しょんぼりと肩を落とす輝ける絶世の美少年をひょいと抱き上げる。十三歳の身体で九歳の身体の少年を持ち上げるのは若干骨が折れるのだけれど、このために鍛えているのだから無理な真似ではない。

そのまま、いつもの逢瀬の場所である、ファナーリ家別邸中庭、その一角の東屋のベンチに少年……その名をカルブンクスル・ファナーリという、私にとっては一応“弟”になる彼をそっと下ろした。

そう、この、現状としておそらくはまだファナーリ家の“次代様”として扱われているカルブンクスル・ファナーリという存在との逢瀬が、私の日常に新たに加わったもう一つのイベントだった。

私としてはもうあの夜のあの一回きりで構わないと思っていたのに、なんとこのカルブンクスル……私がカルルと愛称で呼ぶ“弟”が、私との交流を自ら望んでくれたのである。

なんと父上様に自ら直談判したのだとか。そこで父上様が却下してくれたらよかったものを、何を思ったか彼はゴーサインを出し、こうして私は時折別邸を訪れては、カルルとの交流を深めているというわけである。


「ベル、お茶の準備を」

「……心得ましてございます」

「“スパイス”は私のものだけにね」

「…………もちろんにございますわ」


私だけに向ける笑顔とは異なる、以前と同じ穏やかで可憐なだけで、他に何の感情も読み取れない微笑を貼り付けたベルは、持参したワゴンから、ティーセットを取り出し、てきぱきとお茶の準備を始める。

いつも通りを装っているようだけれど、ベルはご機嫌斜めらしい。私に対して、というよりは、カルルに対してだ。

それでもカルル自身にそれが伝わるような態度は決して表に出さないので、私はベルの好きにさせている。これでカルルが何かを察するようだったら、問答無用でベルのことを追い出していた。


「兄上、兄上、聞いてください。あのですね、僕、やっと父上から、戦闘訓練の許可が下りたんです。父上じゃなくて、ファナーリ家の戦闘術指南役が先生なんですけれど、この間、雷術で先生から一本取れたんですよ!」

「そう。すごいね。頑張ったね、カルル」

「はい!」


にこにこと誇らしげに笑うカルルに、私もまた笑みを返しつつ、内心では父上様をタコ殴りにしていた。

あのクソ親父が。私が次代になるっつってんのに、それはそれとして、カルルの今後の可能性もしっかりばっちり捨てずに残していやがっていらっしゃる。

それでもなお十一歳まで成長するまで待っていてくれたことに感謝すべきか。いやないな。くそったれ。

まあカーバンクルはいくら普通の人間よりも圧倒的に強いとはいえ、その希少性からあらゆる方面より狙われることが確定している事実である。それを思えば、自衛のための戦闘術を学ぶことは必要不可欠だろう。

カルルのこの反応からして、父上様による拷問のような戦闘訓練とは異なる、まっとうな戦闘訓練を戦闘術指南役から受けているようだし、まあ……まあぎりぎり……本当にぎりぎり許容範囲か……。

そう理解はしていても納得しきれない私の複雑な気持ちは、しくじったことにカルルに伝わってしまったらしい。カルルは私の不快指数の上昇を別の方向に受け取ったらしく、愛らしいかんばせをきりりと引き締めて、隣に座る私の手を取った。


「僕、もっともっと強くなります。強くなって、それで、ちゃんと兄上のことを守って見せますから、待っていてくださいね」

「気持ちは嬉しいけれど、カルルを守るのは私の役目だよ」

「僕だって兄上を守りたいんです! 女性を守るのは、男の務めだって、先生達が言ってました……って、あっ! その、ごめんなさい、兄上は姉上じゃなくて兄上で、だからあの、その」


だからそのええと、と、口をもごつかせる仕草の愛らしさ、プライスレス。

ぎゅうと抱き締めたくなってしまう衝動をこらえて、形のいい頭を撫でるだけに留める。


「ふふ、いいよ。さっきも言ったでしょう。今は私達しかいないからね」


まあベルの苛立ちが先ほどからどんどんどんどんびっくりするくらい上昇していっているけれど、カルルに気付かれていないのならばやはり問題はない。

ううん、それにしても。

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