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目の前に何かいる。
「返してきなさい。」
俺は、ワンコロに告げる。
びっくりした表情でワンコロが抗議する。
「えっ?!なんで?!こんなに可愛いのに?!」
俺は更にワンコロに告げる。
「口が無い。意思疎通ができないだろ?
そんなものは返してきなさい。」
ワンコロの連れてきたそれは、白くてフワフワな大きな綿毛だ。
直径10cmくらいある綿毛が宙に浮いている。
恐らく魔物か精霊だろう。
よく店の中まで騒ぎにならずに連れてこれたものだ。
どちらにしても厄介事になるのは間違いなさそうだ。
俺の勘はよく当たる。
ワンコロが更に抗議をする。
「でも!可愛いよ!いしそつう?もできるもん!
できるよね?!」
ワンコロは意思疎通の意味が分からないらしいのに綿毛に無理難題を言っている。
見兼ねたロボ丸がワンコロに助け舟を出す。
「ソチラノ白イ御方ハ、ケサランパサラン様デハナイカト思ワレマス。
検索シタトコロ該当スル精霊ガ4件ホドアリマスガ、ドチラモ同ジ精霊デシテ。
カイ様ニ馴染ム御名前デスト、ケサランパサランデス。
ケサランパサランガ居ル家ハ、裕福ニナルト言ワレテイマス。」
ロボ丸はまたアカシックレコードにアクセスしたのか?
うらやましい。
それよりも、無害、いや、有益なのか?この綿毛。
考えあぐねていると、ワンコロが綿毛に向かって更に無茶を言いだした。
「カイにすごいところ見せてあげて!
絶対出来るから!」
綿毛は身を震わせると、店の中をフワフワと回り出した。
そして、ロボ丸が作成した、後は瓶づめをするばかりとなった回復薬の鍋の前で止まった。
綿毛が回復薬の入った鍋に侵入する!
「ちょっと何をしているんだ!」
俺は大声で叫んだ!
最近ロボ丸は回復薬の作成が以前よりも上手になったと、俺もみんなも喜んでいたんだ。
その回復薬に何をするんだという気持ちでいっぱいになる。
急いで綿毛を鍋から離そうとしたが、様子がおかしいことに気が付く。
回復薬を吸った綿毛は苦しそうに縦に伸びたり横に縮んだりしている。
もしかして精霊には毒なのかもしれない。
俺が責めてしまったため自殺を計ったのか。
胸が痛くなる。
どうすればいいのかわからないままオロオロしていると、回復薬色に染まった綿毛が一気に小さく丸く固くなったかと思うと白く大きくフワフワに膨らんだ。
コロン。
元に戻った綿毛から回復薬色をした玉が落ちてきた。
「無茶をするんじゃない!
何かあったら皆が心配するだろう!
どこか悪い所は?」
俺は綿毛に聞く。
しゃべれないんだった……。
だから意思疎通ができないものとはやりにくいんだ。
俺は困っているとワンコロが
「大丈夫だよね?
元気だよね?
ちぎってもくっついたから問題ないよね?」
と綿毛に問いかける。
「まて、ちぎったことがあるのか?
ちぎっちゃいかんだろ。
何をしているんだ。」
ワンコロの言葉に俺は一気に冷静になる。
「体の大きさを変えることが出来るんだ。
俺たちの言葉を理解してるのも分かる。
じゃないとこんなことしないもんな。
YesかNoかで答えてほしい。
Yesの時は体を大きく、Noの時は体を小さくしてくれ。
体は大丈夫なのか?」
俺は綿毛に問いいかける。
綿毛は大きく膨らんで細かく震えた。
「大丈夫ソウデスネ。」
ロボ丸も安心したようだ。
その時、
「ただいま!」
ロッテが帰ってきた。
「おなか空いちゃった!
この飴玉美味しそう!
いただきます!」
綿毛が作った玉をロッテが口に放り込む。
「待て!」
「待って!」
「オ待チ下サイ!」
「ごめんなさい。
もしかして最後の一つで喧嘩してたの?
今度同じの買ってくるから許して。」
ロッテがモゴモゴしながら答える。
噛んでいるところを見ると思ったより固くはないようだ。
「どうなんだ?」
俺は心配してロッテに尋ねる。
体に異変があるとよくない。
「これちょっと変わったお味だけれど美味しいね。
奪い合いになるのも納得のお味。
それに、さっき魔物狩りで擦りむいちゃったところがヒリヒリしなくなってきたし魔力もすごい勢いで回復してる。
これはどこのお店のグミですか?
また食べたいなぁ。」
悪い、ロッテよ。
それは綿毛から出てきた玉なのだ。
だが、気になる。
この綿毛には回復薬を固形化した上で回復力を大幅に上げることができるのか?
俺は、綿毛に頼む。
「申し訳ないが、体に不調をきたさないならばもう一度回復薬を玉にしてもらいたいのだが。」
綿毛は大きくなって震えると、回復薬に浸かった。
そして回復薬色に染まった体をぎゅっと小さくしたと思うと一気にいつもの大きさの白い綿毛に戻った。
コロン。
「素晴ラシイデスネ!
濃縮スルコツヲ掴マレタヨウデスネ!
天才デス!」
ロボ丸が大興奮している。
俺は、回復薬を濃縮した玉に鑑定魔法をかける。
回復薬(小:濃縮)
治癒力:A
魔力回復:A+
味:A
おかしい。
回復薬には魔力回復の効果はなかったはずだ。
俺は、ロボ丸の作った回復薬に鑑定魔法をかける。
回復薬(小)
治癒力:C
味:A
やっぱりそうだ。
そもそもこの回復薬は低レベルの回復薬の材料から俺とロボ丸が工夫して治癒力を上げたものだ。
最近さらにロボ丸が頑張っていると思っていたら、美味しくしていたのか。
シェフにでもなる気か?
「味が美味しいのはロボ丸が頑張ったせいだが、
それ以外はこの綿毛が頑張った成果らしい。」
そう言って、俺は綿毛をやさしく撫でた。
ロッテが抗議する。
「この可愛いコを綿毛って呼んではいけません!
もっと可愛い名前が必要です!
可愛い名前…
可愛い名前…
フワフワだから
フワちゃんはどうですか?」
「やめろ。それは良くない。
別の名前にしてくれ。
いろいろ問題がありそうだ。
こいつはケサランパサランだからそれにちなんだ名前なんてどうだ?」
俺の無くした倫理観に沿ってもその名前は受け付けない。
「ロッテは名付けの天才だからもっと良いお名前浮かぶよ!」
ナイスアシスト、ワンコロ。
おまえはできる子だと常々思っていた。
ただし、ロッテにセンスは無いと思われるが。
うんうん唸っていたロッテが
「じゃあ素直にケサランちゃん!」
と決めた。
そのまんまかい!っていう突っ込みはしない。
なぜならつけてはいけない名前を回避したからだ。
そう、俺は心が広いのだ。
ワンコロも賛同する。
「ケサランちゃんっていいね!
可愛い感じがぴったり!
いしそつう?もできるし、もうウチの子でいいよね?」
確かに、意思疎通もできる。
しかも回復薬をアップグレードする能力もある。
効率の良い方法を探すという向上心もある。
素直な良い子で従順だ。
あれ?これはウチの子にしてもいいのでは?
そもそも回復薬はプラスチックだと変質してしまうため、ガラス瓶でないと保存ができなかった。
回復薬を効果が高いまま固形にする試みは錬金術師たちの夢で、どうしても固形にすると変質してしまったり、固形にできても保存はガラス瓶が必要だったりと問題があった。
よく考えると俺に不利益などないのでは?
見た目はただの綿毛なのでフワフワ浮いていてもそんなに気にならないはず。
俺は綿毛に問いいかける。
「ウチの子になるか?」
綿毛は大きくなって震えた。
「良カッタデスネ!」
ロボ丸が綿毛を優しく包んで言った。
「ロッテがお名前つけたから許してくれたの?
ロッテありがとう!」
ワンコロはロッテに感謝する。
違うけれど、まあそれでいい。
「よくわかんないけれど良かったね!ケサランちゃん!」
ロッテも嬉しそうだ。
なんだかよくわからんが、これこそ子供の頃に祖母から聞いたむかしばなしの終わり方がぴったりだろう。
めでたし、めでたし。