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標的が見えてきた。
人とメカが見える。遭難したようだ。人は倒れている。
「君は賢いな。助けを求めたのか。」
話しかける俺に、わんこは可愛く吠える。
「ワン。」
しっぽを振ってとても愛らしい。頭を軽くなでてわんこを褒める。
こうしちゃいられない。
助けを求める程なら急がねば。
わんこに問う。
「急ぐぞ。心配事はあるか?」
初めてのパーティーだ。意思疎通はしっかり行った方が後ほどスムーズだ。経験者は語る。
わんこは左右に首を振ると、スピードアップした。
俺も足に身体強化を付与してスピードを上げた。
近づくほどに奇妙に見える。
少女と女性の中間に見える人の横に、メカが手を振っている。
最近のメカはAIが搭載されているのか、人間みたいな行動をするなぁ。
どうやら俺の知らない所で世界が猛スピードで回っていたらしい。
わんこが更にスピードを上げて標的にのそばに行った。
俺も更にスピードを上げる。
「サスガデス。頼リニナリマス。」
恐らく、メカが喋っている。
こんな無機質な声が倒れている女の子から聞こえたら、俺は泣く。
「外ではお話ししちゃだめって、ロッテに言われているよ!
ダメなんだよ!」
わんこが?お話ししている……?
やっぱり俺の知らない所で世界は猛スピードで回っていたらしい。
そうだ、俺は救助に来たんだった。
現実に引き戻る。俺の知っている世界は、わんことメカは会話しない。
「大丈夫か?」
俺はうつぶせに倒れている女の子の肩に手を掛け尋ねる。
「大丈夫じゃないですぅ。おなかがすいておなかとせなかがくっつきそうですぅ……。」
腹から声が出ないらしく、弱弱しい声で彼女が答える。
「大丈夫だ、腹が減ったぐらいでお腹と背中はくっつかん。
俺の非常食で悪いがこれを食え。
腹持ちだけは特上だからとりあえず、空腹は満たされるだろう。」
彼女に答えつつ、俺はバックパックからショートブレッドと水筒を取り出す。
水と一緒に飲むことにより、腹の中で膨れて少量でも空腹が満たされるのだ。
「ありがとうございますぅ…。」
彼女は起き上がり、ショートブレッドを口に入れてもさもさ動かす。
ショートブレッドだけでは口の中の水分が持っていかれるので水を飲むことを勧める。
「水もしっかり飲め。
水分を取った方が満腹感が得られる。」
彼女は軽くうなずくと水筒をごくごく美味しそうに煽る。
「まて、ゆっくり飲め。
一度に飲み干すんじゃない。」
俺は慌てて彼女を止める。
「ソウイエバ、ロッテ様ハ 昨日ヨリ オ水モ召シ上ッテイラッシャラナカッタデスモノネ。」
やはりメカから無機質な声が聞こえる。
俺は、現実にいなかったようだ。
「だから、外ではお話ししちゃいけないって、ロッテが言ってたよ。
ロボ丸は、いけない子だよ!」
可愛いわんこは災害級の気配がするだけあってお話しもできるようだ……。
俺の知っている知識だと、師匠の隠し持っていた日記に書いてあった気がする。
夢日記だと思っていたのでそっ閉じしたのだが、もしかしたら読み直した方が良いのかもしれない。
俺は、常識のある人間なので人の黒歴史には理解があるし深く踏み込まないのだ。
だが、読み直した方が良い気がする。
うん。読み直そう。
彼女はロッテという名前なんだろう。
ショートブレッドを食べ終わった彼女はわんこに向かってなだめている。
「ロボ丸はうっかりさんなんだから、ワンコロは怒らないであげて。
ワンコロが優しい人を連れてきてくれたおかげで助かったよ。
ありがとう。
本当にワンコロは頼りになるね。
ロボ丸は、外でお話ししちゃいけないけれど
このお兄さんが優しい人だと思ってついついお話ししちゃったんだよね。
次からは外でお話ししちゃだめだよ。
ロボ丸が狙われちゃう。
という事で、お兄さん!
ロボ丸がお話し出来る事は内緒にしてください。
お願いします。」
彼女が俺の方に向き直り、深く頭を下げる。
でもな、そういう事じゃない。
そういう事じゃないんだ。(大事な事なので二回言った)
「ロボ丸というそのメカが会話が出来るのも珍しいが
そのわんこが喋るのも同じくらい珍しいぞ。
どちらも面倒事に巻き込まれたくなかったら今後は気を付けるといい。」
やはり、面倒事に関わってしまったような気がする。
俺の勘は当たるのだ。
断じて面倒事に関わっている最中ではない。
これでおさらばすれば大丈夫。面倒事から立ち去れる。
ついでに、軽い金銭を彼女に渡せば何とかなるだろう。
ここは街に近い。
俺は、サイドバックから5000円を取り出すと彼女に渡した。
「これで、何か買えばいい。
上手に使えば一週間分くらいはあるだろう。」
上手に使えばなので、俺なんかは3日くらいで使い切ってしまうだろう。
彼女は受け取らずに首を振る。
「お金はあるんです。
あるんですけれど、街の人は怖い人もいるから気をつけなさいって言われてて。
お買い物出来ないんです。
あの、それよりも、人を探しているんです。
街に入るのが怖くって聞けなかったんですけれど教えてください。
『偉大な偉大なマスター・ブルーレッド』
という御方です。
魔術師でもあり召喚士でもあり機械師でもあり錬金術師でもあるそれはそれは偉大な方なんですけれど
その方を探していまして。
私、その方に弟子入りしたくて里から出てきたんです。」
そのふざけた名前の付け方。
心当たりがある。
俺は伝えるかどうか思案して答えた。
「心当たりはあるが、そいつだったらいない。」
彼女は目を見開いて前のめりで尋ねる。
「では、そのお心当たりの方はどちらに?
会いたいんです。どうしても。」
俺は何とも言えない気持ちで首を振って答える。
「本当にここにはいないんだ。
どこにいるかもわからない。生きているのかもどこかにいるのかもわからないんだ。
残念だけれど……」
グゥ~
俺の言葉を遮るかのように、かなり大変びっくりするくらい大きな音が彼女の腹部付近から聞こえる。
ふざけた名前を語る俺の師匠は面倒事が寄ってくるタイプで、
だからこそ、よく俺に言っていた。
それこそあの時の別れ際にも。
「お前はとても優しい子だから。
だから、私の恩人には優しくしてくれ。
もちろん私が迷惑掛けた人にも。
多分、私が関わってきた人はすべて迷惑をかけた人だろうが、
私の代わりに私の気持ちの分、愛情を返してくれ。」
では、いつ戻れるかわからないがちょっと行ってくる。
と言い残して師匠は消えた。
師匠の気持ちの分くらいは腹の減っている彼女に優しくしなくてはいけない。
「とりあえず、家に来なさい。
街の中だが外れの方だ。
人に怪しまれないようにワンコロとロボ丸はしゃべらないように。
出来ればワンコロはその強者の感じのする気配が小さく出来ると完璧なんだが。」
ワンコロの頭を撫でながら出来るか聞いてみる。
ワンコロのしっぽがブンブン左右に激しく振れる。
「僕、強者?わかる?すごい?」
ワンコロはくるりとバク宙した。
「僕、すごいから強者じゃないのもできるの!」
そこには、一回り小さくなったワンコロがいた。
まるで生まれて一,二か月くらいの子犬感だ。
可愛いがもっと可愛いになるなど反則だ。
小さくなったワンコロのあまりの可愛さに胸を打たれた俺は、ワンコロの頭を撫でながら皆に問いかける。
「完璧だ。では、問題がなければ出発しよう。」
「実ハ、問題ガアリマシテ。
ワタクシ、現在“予備電源”デ可動シテオリマスノデ、ロッテ様ヲオ連レスル事ガデキマセン。」
ロボ丸が答える。
見たところロボ丸にオイルタンクっぽいものは付いていない。
おそらく外部からの充電式で内部にバッテリーを搭載してるのだろう。
電気なら俺の魔法で充電できるかもしれないので聞いてみる。
「稼働方式はなんだ?オイルか電気か?」
「多分、魔力です……。よく分かっていないんですけど……。」
もじもじと俯き加減でロッテが答える。
もしかして、恥ずかしいのか?
「魔力だったらあまり得意ではないが、少しなら供給できるかもしれない。
動力源を見せてみろ。」
ロッテの様子を無視して俺は、ロボ丸に促す。
ロボ丸は胸の辺りを開いて動力源を見せてくれた。
そこにはおそらくコアとなっているだろう透明で虹色に見える球体があった。
俺はちょっと見せてくれと、どちらともなく頼んでロボ丸のコアっぽいものに触れた。
確かに魔力が渦巻いている。魔力の種類には偏りがあるがどの属性でも大丈夫そうだ。
俺は慎重にコアっぽいものに魔力を流す。やはり少し反発はあるものの供給はできるようだ。
「ここから街まで約10㎞程だ。その倍動けるくらい魔力が溜まったら教えてくれ。
そこで魔力供給を止める。
問題は、俺の魔力が足りるかだけだ。」
ロボ丸に問いかけながら顔を見る。目を細めて気持ち良さそうだ。
ロボのわりに意外に表情豊かだな。
ロボ丸が俺に問う。
「コノヨウナ素晴ラシイ魔力ハ、久シブリデス。
恩人デアル貴方様ノ、オ名前ヲ教エテクダサイ。」
「俺の名は、カイだ。
おまえらの名前は、ロッテ、ワンコロ、ロボ丸でいいのか?」
俺は彼女らの名前を言いながら片手はコアにもう片手はそれぞれを指した。
慌てたロッテが姿勢を正して答える。
「私の名前は、シャルロッテ・アインホルンです。
長いのでロッテと言われています。
よろしくお願いします。」
と頭を下げる。彼女はいろんな文化が混ざったところで育ったようだ。
「僕は、ロッテのお友達のワンコロだよ。
名前はお母さんがつけてくれたけれど気に入らないから
ロッテのつけてくれた今の名前が大好き!」
しっぽを振りながらワンコロが答える。
可愛さが振り切れるとはこのことを言うんだな。
勉強になった。
「ワタクシハ、偉大ナルワンコロ様トロッテ様に創造サレタ、ロボ丸ト申シマス。
現在、魔力量5%。十分ナ量ヲ供給デキマシタ。アリガトウゴザイマス。」
思った以上に効率が良い構造をしているようだ。
旧時代で最高と言われていたガソリンエンジンのエネルギー効率は40%程だから、それ以上と言えるだろう。
俺は、ロボ丸のコアから手を離す。
「では、行こう。」