ショートストーリー 風雨を呼ぶ親子
これは僕の友人T君と、その親父さんの話である。事前に打ち明けるが、特にオチは無い。
友人のT君というのは、頭の回転は速い、さり気無い気遣いが上手い、気前がいい、カラオケでは豊富なレパートリーと格好良い歌声でこちらを飽きさせず、おまけに顔立ちも可愛いという、つい、「人間、ちょっと隙がある方が魅力的なんやぞ」と悔し紛れの言葉を投げつけてやりたくなるような、僕とはまあ正反対な男だ。
そんな彼の唯一の欠点が「雨男」。彼と出掛けると、何故か雨に見舞われるのである。
近くの映画館に行く、とか、一緒に呑みに行く、程度の外出時はそんな事は無いのだが、大きめのイベントの時は必ずと言っていい程雨に見舞われる。○○や□□のライブ然り、旅行然り。国内旅行は言うに及ばず、比較的雨の少ないと言われる時期のヨーロッパでも降られた。どうやら、出来過ぎた人間は超常現象をも引き起こすようである。
だが、彼は彼で「お前と出掛けると、雨降るよなあ」と、僕の事を雨男だと思っているようなのだ。僕以外の友人と出掛ける時には全くそんなことが無いそうで、何なら、自分は晴れ男だと思っている節すらある。
当然、凡人の僕にそんな能力がある訳がないだろうと反論すると、彼は「だって、俺にそんな事出来る訳無いだろ。じゃあ、お前のせいだ」と、実に心外そうにそんな事を言う。基本性能から考えてみても、T君の能力であると考える方が余程自然に思えるのだが。
いや、待てよ。
ふと気づいたが、もしかしたら、T君の言う事もあながち間違いではないのかもしれない。僕等は単独だと能力を発揮できないだけなのではないだろうか。つまり、僕等は二人揃う事で雨を呼ぶ組み合わせなのだ。
ならいっそ、二人でタクラマカンでも訪れてみようか。もしそこでも降雨に見舞われるようなら、今後は「雨神ブラザーズ」とでも名乗って、雨男ぶりを商売にしてみるのも良いだろう。請われるままに世界中の乾燥地帯を訪れ、雨を齎す。その地方の人々は水を得て、僕等はギャラを得る。皆ハッピー。いいじゃないか。まだT君にこのアイデアを伝えていないが、「人助けにもなって、ギャラも貰える。ついでに世界中を旅できるぞ」と誑か……説得すれば、嫌とは言わないに違いない、ふふふ。
そんな阿呆なことを想像しては一人悦に入っていたのだが、最近になって、もう一つの不思議な現象を知る事になった。それには、彼の親父さんが関わってくる。
T君とは高校の時分からの付き合いで、ありがたいことに、当時から彼のご家族にもとても良くして貰っている。因みにT君の家族構成は、親父さん、お袋さん、T君、妹さんの四人。既にT君も妹さんも実家を出ているが、T君のアパートは実家と左程離れていなこともあり、ちょくちょく親父さんが出入りしている。時折はそこに僕も交じって、三人で呑むこともある。
そんなこんなで、近頃は、T君、以前より更に距離の近くなった親父さん、僕の三人で出掛ける機会が増えて、野郎三人の『楽しいお出掛け』を楽しんでいる。
そう、これは最近の話なのだ。だから、これまで僕は知る事が無かったのだ。
親父さんが「雨男」ならぬ「暴風を呼ぶ男」だという事を。
どういう訳か、僕等が三人揃って出掛ける日に限って、毎回の様に身体が持っていかれる程の強風に見舞われるのだ。別に台風の中出かけているとか、そう言う事ではない。しっかり者のT君が何日も前から綿密な計画を立て、天気予報だって確認して、準備万端いざ出陣……と家から一歩を踏み出した辺りから風が吹き出し、待ち合わせ場所に到着する頃には空は轟轟と唸りを上げている。そういえば、二泊三日の旅行中も、中日にはえらい風に見舞われたっけ。
今日も今日とて、僕等三人は近場で行われているビール祭りに繰り出していた。そして案の定、酷い風に見舞われている。
「君は、あれだね。『嵐を呼ぶ男』だね」
「……え、僕ですか?」
「うん。ほら今日も、空が唸ってる」
と、強風で髪を逆立てた親父さんが、ビールを片手におっとりと笑う。T君も「やっぱそう思う? 俺と親父で出掛けても、こんな酷い風にあたる事なんてないもんなあ」と頷き、ビールにぐびぐびと喉を鳴らす。そして、二人して僕をちらりと見るのだ。
こちらからすればこのイケメン親子の方がよっぽど超能力の一つも持ってそうに思える。それとも、やはり僕には、T君親子に交じる事で何らかの超常現象を引き起こす能力でもあるのだろうか。
T君と外出すると雨を、親父さんが加われば暴風を……本当にそんな能力があるとして、もしここに、T君のお袋さんと妹さんが加わったらどうなるのだろう。勿論、彼ら親子の団欒を邪魔する心算など毛頭ないのだが、確かめてみたい気持ちが全く無いかと言えば嘘になる。もしかしたら、一周廻ってこの上ない好天に恵まれるかもしれない。
だが、もしこの国が沈没する様な事態が起きてしまったらどうしよう……ちょっと恐ろしいそんな妄想を、僕はビールで流し込んだ。