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てるてる坊主・てる坊主  作者: かねおりん


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【三石月数美】享年79歳 その参

(ゆう)を産んで間もなく、ママは身体を壊して入院生活をしていたの。


弟はそんなママの見舞い、ママが今までやってくれていたすべての家事などに追われてあたしと夕は誰かに助けてもらえずに生きていたわ。


産まれてすぐに夕の顔を見た時に、なんて可愛い天使のような子なんだろうと我が子ながらに惚れ惚れしたの。


五体満足に生まれてきてくれて本当に嬉しかったわ。


為乙(なおと)さんは自分の子供だと信じて時々来ては、夕へのプレゼントを色々と置いて行ってくれたの。


夕はすくすくと育ちあっという間に立って走るほどに成長していったわ。


「夕~元気いっぱいだねーお母さん幸せだよ」と声をかけると、ニコっと笑って家中を走り回っていたの。


為乙さんから頂いたおもちゃの中でも夕が気に入っていたのは音の出るおもちゃたちで、特に小さなピアノにはとてもご執心で度々鍵盤を叩いては飽きるまで遊んでいたわ。


ある日、為乙さんが夕を見て言った言葉はあたしにとってビックリすることだったの。


「夕はもう立って走れて楽器で遊べるのに、何故まだ喋らないんだ?」と。


子育ては、あたしは初めてするから気づかなかったけど、為乙さんは奥様との間にお子さんたちがいるんだもの違和感があってもおかしくないわ。


「夕はこの子のペースできっとそのうち話かけてくれますよ」と自分の心を落ち着かせるように言ったの。


言われてなければまだ、あたしは気づかなかったわ。


育児に関するアレコレなんて親に教わったりしなければ分からないものだもの。


その日から、ただ一人で悶々と夕に何かあるんじゃないかと不安に駆られ始めたわ。


おしゃべりをしないだけで、夕はとても元気でよく食べてよく眠り日々大きく成長していく、ただそれだけでもいいじゃないの。


夕愬(ゆうさく)さん、いいですよね?」そう時々呟いては夕と二人の生活を愛しんでいたわ。


時々夢の中で夕愬さんに会える事があったけど、あの頃の思い出を繰り返し見ているような夢ばかりだったの。


ある日、いつものようにピアノのおもちゃに夢中な夕の為に為乙さんがラジカセを買ってきてくれたわ。


マイクを繋いで夕に伝えたいメッセージを録音することが出来るようで、滅多に会いに来れない分カセットテープに簡単な会話を為乙さんの声で吹き込んで、聞かせてやってくれと渡されたの。


為乙さんは会話の少なさ故、夕がしゃべり始めないんだろうと、


「夕、おはよう今日も一日頑張ろう」とか


「夕、もう寝る時間だから布団に入って眠ろうおやすみ」とか


セリフめいたメッセージがテープ一杯に入っていてクスっと笑ってしまったけど、為乙さんなりにお父さんとして出来る事を精一杯してくれていたのだろうと嬉しい反面申し訳なかったわ。


為乙さんには一生この嘘はつき続けようと心に決め、最近普及している幼稚園に夕を預けてみようかと連れて行ってみたけども、母子家庭で仕事をする予定なら保育園が良いのではないかと断られてしまったの。


辞めたクリーニングやさんにも、今は人手が足りてるからと仕事を見つける事が困難で、為乙さんに相談すると、


「まずは夕に友達が出来るといいな。公園とか行ってきたらどうだ?」と言われ、公園デビューとのちに言われる親の乗り越えるハードルが目の前にいきなり現れたわ。


「夕~公園に遊びに行こうか」と声をかけても、夕はピアノに夢中だったの。


夕飯のお買い物に行く時間になると夕はピタリとピアノを止めて外に出る準備を始めたわ。


お買い物好きなのよね夕は欲しいものがあるからね。


商店街の端っこに出来た瓶コーラが買える機械まで一直線に進んでいく夕をいつも追いかけるあたしは商店街でも有名な、【まるでサザエさんのような数美さん】と言われているの。


あたしも、為乙さんも飲まないし、飲ませたこともないのに不思議だわ?


世の中の経済成長は著しく海外製のものも沢山安価で手に入るようになってきていたその頃、夕はコーラを楽しみにしていたの。


コーラは歯が溶けるとか色んな成分が身体に悪いとか噂が時々心を締め付けていたけども、愛する我が子から外に出る唯一の楽しみを奪う事があたしには出来なくて、母親失格かしらと思いながらもクピクピと炭酸を味わう夕の嬉しそうな顔を見ているだけであたしも笑顔になれたわ。


その日コーラを飲み干すと夕は初めてあたしに


「こーえん」と言って手を引っ張って行ったの。


泣きそうになりながらも、連れていかれた場所はどうぞご自由にと張り紙された立派なピアノの置かれた場所だったわ。


「公園なのかしら?」そう思いながら駆け出して行く我が子は家にあるものより何倍も大きなピアノに大興奮していたの。


周りを見渡すと親子連れも沢山居て、これはチャンスなのかもしれないと思い、勇気を振り絞って近くに居た子連れの女性に話しかけてみたわ。


「あの、お尋ねしたいのですが、あのピアノは子供が触っても問題ないのでしょうか?」と。


女性はニッコリとして頷いてくれたの。


夕をピアノの椅子に座らせるも鍵盤まで手が届くようではないわ。


高さを調整するにはあたしが座って、その上に夕を座らせるしかないわね。


転げ落ちる危険も防げるしちょうどいいかと、ピアノの椅子に座り、夕を呼ぶと夕はあたしの膝の上に座って、勢いよく鍵盤を叩き始めたの。


その音色は力強くも、優しい彼を思い出すような音色だったわ。


「今のはお母さんが弾かれたのですか?なんて素敵な曲なんでしょう」と先ほど尋ねた女性が話しかけてくれたの。


「あ、いいえ、あたしはピアノは全く弾けなくてこの子が家でおもちゃのピアノでよく遊んでいるものでして」と返すと、女性はビックリしたようでまたこの音楽公園でお会いしましょうと言ってくれたわ。


公園デビューというか夕の公演デビューになってしまったような気もするけどなんとか、成功してホッとしていたの。


それからは毎日音楽公園に行くことが夕の楽しみになってくれて、他の子のお母さんたちとも交流を持つようになっていったのだけれども、そこに関われば関わるほど、夕が話しかけてくれた言葉はたった一度きりであることに不安が掻き立てられたわ。


他所の子たちはもうあたしと普通に会話が成立しているのよね。


仲良くなった望結(みゆ)ちゃんママに相談してみたら、一応病院に相談に行くと安心できるかもしれないと教えられて、病院を紹介してもらえたの。


さて、問題は夕を病院に連れていく方法だけども、まるで爪を切られるのが嫌いな猫のように夕は病院と聞くと家の中でかくれんぼをしてしまう。


望結(みゆ)ママとの会話を聞いていたようで翌日は全く外に出ようとしなかった夕だったけど、大きなピアノとコーラ欲を抑えきれず諦めたように出てきては


「いたい?」と聞いてきた。言葉の意味は分かっているのね。


「痛くないよ大丈夫お話聞いてもらいに行くだけだから帰りにコーラ買おうね」と言うと仕方なさそうに準備をしてゆっくりと歩を進め病院に着いたわ。


そこには、大声をあげる子や同じ言葉を連呼する子、ただただ絵を描き続ける子、耳を塞ぐ子などとその親御さんが待合室にいたの。


椅子などはなく床はクッション素材で出来ていてフカフカしていたわ。


初めての受診であることを伝えると受付の女性は問診票をくれて、あたしは書いて待っていたの。


待っている間に目の前を通り抜けるふわふわなぬいぐるみたちを見ながら、夕を見ると両手で両耳を塞いでいたわ。


家ではなかなか見ない姿だったの。


「夕、大丈夫?」と話しかけるも耳を塞いだままで抱きしめようとするも嫌がられたわ。


早く受診の順番が来ないかしらと待って居た頃、診察室に呼ばれて夕を抱きかかえてすぐに先生のもとに向かったの。


その頃はまだ細かい事はよく分かっていなくて発達障害の言語の遅れと自閉症があるかもしれないから普通の学校に行かせるよりも養護学校に行かせた方が夕の為になるんじゃないかという話をされたわ。


ただ、てんかん発作などは併発していないようだから特に飲ませる薬などはないから、変化があったら些細な事でも相談に来てくださいねと言われたの。


養護学校に行くまではあたしは幼稚園も保育園も入れずに音楽公園と家での二人暮らしを楽しむことにしたわ。


為乙さんから貰ったラジカセで夕の弾く音楽を録音してみたり、時々でも一言でも夕がしゃべってくれた時には大喜びしてみたり、


「不安があるでしょうが、どんな子でも、必ず思っているよりも早く大きくなってしまいます。今の夕さんは今しか見られないかもしれません。この時間を大切にしてあげてください」と先生に言われた言葉が胸に刺さったから。


あたしももう若くはない、いつまで夕を見ていてあげられるか分からない。


色んな可能性がきっとこの子にはあるから、録音した夕の音色に仮タイトルをつけて保存して取っておいたの。


養護学校に入る頃音楽公園で出会った望結(みゆ)ちゃんが交通事故で亡くなったらしいわ。


望結ちゃんママは憔悴しきっていてとても外には出て来れない状態だと言うの。


そんな時に何の励ましも出来ないあたし自身が情けなかったわ


夕は珍しくカセットテープの山の中から一個のテープを持ち出し望結ちゃんママの家まで行きたいと言わんばかりにあたしを引っ張って外に連れ出したの。


インターホンを押す手が震えるのを夕が急いて鳴り響く音の後に望結ちゃんママがげっそりと痩せた姿で玄関を開けてくれたわ。


「望結の事ではご心配をおかけしまして申し訳ありません」となぜか謝られてしまって、かける言葉も見つからないまま、夕が望結ちゃんママにカセットテープを渡してすぐにあたしの手を引いて家に向かおうとしたの。


「あの、せめてお食事だけでも召し上がってくださいね」とだけ伝えてその場を後にしたわ。


「夕、あのカセットは何が入ってるの?」と聞いたとて夕は答えはくれない。


その数日後、家の電話が鳴りレコード会社に所属しないかと言った連絡が来たのだけど、為乙さんから悪戯か詐欺だろうから断った方がいいと言われて断ったの。


でも、夕が成人を迎えあたしも還暦をとっくに迎えた頃、望結ちゃんママがカセットテープのお礼を直接言いに来てくれたわ。


夕が弾いた曲に望結ちゃんが付けた歌詞で録音されていたテープだったようで、望結ちゃんパパがレコード会社のお偉いさんらしくて当時から夕の才能を認めてくれてお誘いしてくれていたのだと知らされたの。


「もうひと頑張りしようか夕!」と言うと、ブンブンと腕を振ってニコニコとしながら「わーあ」と言っている。


そして夕は作曲家としてレコード会社にも所属しながら作業所にも通所して一躍有名になった。


顔出しも性別すらも明かさない作曲家として【三夕(みゆ)】と言う名前で。


きっと天国のお父さんにも届くはずよあなたの音楽は。


あたしの亡き後は弟に夕の成人後見人として夕と三夕としての活動を任せるように家庭裁判所で決めて、沢山の幸せな音楽と共にあたしは79年の人生の幕が下りた。


あなたに会えて良かった。生きていて良かった。

三石月数美さんの人生しめくくりました。てるてる回がくるのかどうかお待ちくださいますとありがたいです。

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