【三石月数美】享年79歳 その壱
あたしが大切な日はいつも雨だったわね。
あたしと弟を産んでお母さんは死んでしまった。
時代が良くなかったのよね。
生まれた時には病院なんかほとんどなくて、あちらこちらには爆弾が落とされ死体が転がっていたわ。
あたしたちを守って戦ってくれているお父さんを弟と二人で待っていたら、戦争は終わりを迎え、意外なことにお父さんが無事に帰ってきたのよね。
戦争に負けた我が国は諸外国の支配を受けながらも、新しい文化も取り込み経済は発展していったおかげで何不自由なく暮らしていけている。
そんな人たちが生き生きと暮らしていた。
あたしたちはと言うと、お父さんは死んでしまったお母さんの代わりに新しいお母さんを連れてきた。
西洋から入ってきたお話にシンデレラというお話があって、継母という存在の恐ろしさが描かれていて少し怯えながら、新しいお母さんを迎えた。
「数美ちゃんの好きな食べ物は何かしら?」そうその人は聞いてきたけど、あたしはその人をまだお母さんと呼ぶことすらできなくて、あまり返事をしないでいたのよね。
弟はというと、とっくに懐いて「ままー!」と甘えていたわね。
弟が甘える事でその人も少し安心していたように見えたわ。
戦時中とはいえ、あたしはお母さんとの思い出がある。
弟にはそれがないから、新しいお母さんを簡単に受け入れられて甘える事ができたのよね。
いつまでも、心を閉じていたあたしに、ある日その人は猫を拾ってきたの。
まだ小さくてピョンピョン飛び跳ねて家中を駆け回るその猫を見て、あたしはついつい嬉しくなって、
「どこに居たの?」とその人に話しかけてしまっていたわ。
その人は嬉しそうに笑顔で猫を拾ってきた話をしてくれたの。
猫には【たすけ】という名前を付けて、あたしはその人を【ママ】と呼ぶようになったわ。
ママはあたしにも弟にも、【たすけ】にも優しくご飯も美味しくて悪い事をすればちゃんと怒ってくれたのよ。
学校に上がる頃、ママが仕立ててくれた着物がとてもきれいで学校では注目を浴びる事が多かったのもあったからか、あたしは男子からもちょっかいを出される事が多かったし、女子からもよく陰口を叩かれる事が多かったから学生時代はあまり楽しい思い出はなかったけど、
家に帰ると【たすけ】たちが居る。
ママは着物のデザインのお仕事をしていて、お父さんよりも稼いでいるみたいだったわね。
ママは少し変わっているようで、道で猫を見つけるとみんな拾ってきてしまって我が家は猫が10何匹と居る家になっていたのよね。
【たすけ】をはじめとした沢山の猫たちに囲まれた生活はあたしを社会の息苦しさから解放してくれるようで、あたしは学校からいつでもまっすぐ家に帰ってきたわ。
女子からは「ぶりっこ」などと陰口を言われても何とも思わなくなったのも、きっと猫たちのおかげ。
あたしは友達も要らない、彼氏も要らない、家族と猫たちだけ居ればそれでいい。
そう思っていた頃、お父さんが病気で死んでしまった。
追いかけるように【たすけ】も死んでしまった。
猫の寿命は人のように長くはないんだと知ったのはその事がきっかけだったのよね。
残されたのは、血のつながりのないママと弟とあたしと猫たち。
戦争に行っていたお父さんにはそれなりのお金が入っていたから、生活で不自由することはなかったはずだけど、ママはまだ若いのに二人もコブがついていて再婚することは難しそうで申し訳なかったわ。
あたしも年頃になった頃、ママが結婚をしないの?と言って来たけどあたしは家族と猫たちが居ればそれでよかったはずだったのに。
今度は弟が結婚して家を出て行ってしまったの。
まさか先を越されるとは……。
猫たちとママとあたしだけが暮らす家になったけど、あたしはママの着物のデザインのお仕事を尊敬しているし、家から出る気持ちはなかったのに、ママは早く独り立ちさせたがっていたわね。
今考えればあたしが早く家を出れば、ママは再婚できたかもしれないのにね。
邪魔をしていたことに気づかなかったわね。
あたしは学校を卒業して仕事に就いてお金を稼ぐようになったわ。
職場でも、学校とあまり変わらないあたしの立ち位置。
ただ、あたしは自分でも何故か分からないけど狂ってしまうことが当時あったのよね。
通勤電車はいつでも満員パンパンに押し込まれた箱の中では毎朝毎晩あたしを付け狙うような複数人の手が身体中を撫でまわしていた。
初めは怖くて声を出したくても出せなくて、ただただ涙を流していたあたしが、いつの間にか求められていると思い込んで自ら彼らの手を求めるように同じ時間の同じ電車に乗るような日々を送ってしまっていたわ。
「今日もいやらしい身体してるな」と耳元で囁かれることすらも興奮して気持ちいいと感じてしまうほどにあたしは狂ってしまっていたのよね。
一人はあたしの胸を、一人はあたしの大切な場所を、他の男たちも隙あらば手を伸ばしてはあたしを求めてきた。
露わになった乳房に吸い付く男もいたのに、あたしはそれを気持ちいいと思ってしまっていたわ。
そんな毎日を送っているなんてママには言えるわけもなく、彼氏なんかできるわけもなく、ただただ見知らぬ男たちに蹂躙されることを喜んでしまっていたの。
本当に狂ってしまっていたわね。
奇跡的にあたしは処女のままだったのだけど、ある日電車の中であたしの処女を奪おうとする男があたしの濡れた場所に己を突き刺そうとした時、
「やめてください!」というあたしの声に少し離れた場所からあたしの身体を蹂躙していた男たちの手を掴み駅員さんに突き出してくれた人が居たの。
駅員さんに色々聞かれたけど、痴漢たちはそのまま警察に捕まったわ。
あたしは被害者としてママが迎えに来るのを待っていたの。
彼らを捕まえてくれたのは大田為乙さんという建築会社の社長さんだったわ。
ママがお礼をしっかりなさいというので、後日食事に行く約束をしてそれから大田為乙さんとのお付き合いが始まったのよね。
為乙さんと付き合い始めて数年の月日が経った頃、そろそろ結婚話が出るのだろうかとソワソワしていたけども、分かったことがひとつあったわ。
為乙さんは出会った時から既婚者だったの。
まるで奥さんや子供がいるとは思えないくらい毎日のようにあたしとデートを重ねて、毎晩のように優しくも激しくも抱いてくれていた為乙さんは、事実を隠すことなく話してくれてそれでも、いいからとあたしは為乙さんの愛人として関係を続けることにしたわ。
痴漢といい、不倫といい、狂ってしまっていたのよね。
愛人としてのお小遣いは月に30万円以上いただいていたし、年月が経てば毎日が週に1回になり、月に数回になったりはしていたけども、それでもあたしには彼しか居なかったのと、結婚をして家庭を作るよりも丁度いい関係だと感じていたからお互い様だと割り切れていたわ。
ただ、ほんの一度うっかり押し間違えた電話番号の声の主に出会うまでは。
痴漢はいけません。いけませんよ。
あれ?と思われた方を裏切って行けるように書いてまいりたいと思いますが、性描写大丈夫でしょうか?
毎度気にするわたくしですが、これでもかなり控えめにしてありまするぅ。
いつもお読みくださっている皆様ありがとうございます。
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