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前線に近いところで町の警備隊の臨時要員として参加していたニコロは、その日の戦いが終わった後、魔法騎士団の陣営に呼び出された。気が進まなかったが、王城の魔法騎士団から命令と言われ、警備隊の隊長が恐縮しているのを見ると行かざるを得なかった。
「ずいぶん元気になっているじゃないか。五年前にくたばったかと思っていたが…」
隊長のリヴィオは、現れたニコロが健康も魔力も取り戻していることに驚きながらも笑顔を見せた。
「死にかけていたところを、この町の人に救われたんですよ」
ニコロがリデトの警備隊の上着を着ているのを見て、リヴィオはニコロがこの町の住人として戦いに参加していることに気が付いた。小さな町の警備隊とはずいぶん格下だとリヴィオは失笑した。
「あれだけ魔力が回復していたら、王都でも充分通用するだろう。また雇ってやってもいいぞ」
当然くらいついてくるだろうと思っていたが、
「お断りします」
ニコロの即答に、リヴィオは眉間にしわを寄せ、不快を現した。
今の魔法騎士団では、今日のようにコントロールもおぼつかない若造が家の爵位を笠に着て、前線に出向きもせず、たった一撃でいかにも大仕事をしたかのように振舞い、大きな顔をしてのんびりと過ごしている。あんな扱いにくい若輩者の貴族よりも、前線に送っても不平も言わず、それでいて魔力が高いニコロのような魔法使いこそ使い勝手が良く、魔法騎士団の戦力になる。しかし、かつて急激に魔力を落としたことを考えると、その魔力をどこまで信用できるかわからない。
リヴィオは正式に雇うべきか迷う程度の相手から先んじて断られたことが面白くなかった。
「この私の誘いを断ると?」
「また死にかけて捨てられてはたまりませんからね」
以前、脅し、追いつめて魔力を吐き出させ、王都に連れて帰りもしなかった魔法使い。しかしあの時はいいタイミングで雇用期間が終わっていた。置いて行ったのはあくまでそのせいだ。
「あの時は雇用期間が終わっていたじゃないか。おまえは自由だったろう、そこに残ろうと、王都に戻ろうと」
自分に咎はない。その物言いにニコロは歯ぎしりしたが、ぐっと抑えて笑みを見せた。
「ええ、ここに残れてよかったと思っています。今更王都に戻りたいとは思いません」
この男はどう見ても団に忠誠を誓いそうにない。だが、今はその力が必要だ。例え使い捨てでも。
「わかった。ではこの地での一時雇用でもいいだろう。魔法騎士団の一員として力を借りたい」
リヴィオが懸念していたのは、こんな片田舎の魔法使いが王都の魔法騎士団以上の活躍を見せることだった。ニコロの力がこの戦を優位に導いてくれるのはいい。しかし、その成果は魔法騎士団のものでなければならない。
「既に地元の警備隊員としてこの戦いに参加していることはご存じでしょう。このまま助力は惜しまないつもりです」
「 …そういえば、結婚したと聞いている。おまえは、ここで平和に暮らしたいんだろう? 奥方も無事に」
モニカのことを言われ、ニコロは息を飲んだ。
ここで頷けば今後も同じ脅しに従わなければいけなくなるのはわかっていた。
今モニカは軍の支援活動に参加している。多くの見知らぬ兵が集う中では敵意を持つ者が近づいても気づくことなく、攫われたところで誰も気が付かないかもしれない。
モニカには手を出されたくない。その思いがニコロを揺さぶった。
「一時、…雇用だけなら」
簡単に脅しに屈する、小心者の平民。ニコロの回答にリヴィオはニヤリと笑みを浮かべた。
五年前の戦いとは違い、隣国の援助もない蛮族は士気が低く、ここの戦いはあと五日もかからないだろう。ひと月あれば次の遠征地にも連れて行き、魔力が落ちないなら継続交渉を、力を保てないならそこで雇用を打ち切ればいい。
「では、ひと月だ。ひと月の間は我々の指示に従ってもらおう」
雇用契約を結ばされたニコロは家に帰ることが許されなかった。代わりに手紙をモニカに届けてもらうことになり、ニコロはモニカが読みやすいよう、わかりやすく文字を一文字づつ離し、優しい言葉で手紙を書いた。
ひとつきだけ おうとの まほうきしだんに はいる。
しんぱいせず まっていてほしい。
きっと おまえのところに かえる。
しかし、モニカの元に届いた時、その手紙は別の誰かが書いたものにすり替えられていた。
この町に退屈している。
王都の魔法騎士団に誘われた。戦いが終われば王都に向かう。
追いかけられては迷惑だ。
片手間で書いたような、乱雑な文字。
モニカはその手紙に目を通した後、強く握りつぶした。