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 結婚してからしばらく経ち、ニコロは自身が魔法を使えることを告白することになった。

 リデトに来てからモニカの前で魔法を使ったことはなかったが、盗賊団が街に侵入し、町の警備隊と共に追い払う際、危うく通りすがりの市民を人質に取られかけた。ニコロは竜巻の魔法を発して盗賊達を宙に散らした。その威力は王都の魔法騎士団にも引けを取らないほどの大きさだった。墜落した盗賊達は捕まり、残りの者達は魔法使いがいることに驚き、慌てふためいて逃げ去った。


 この活躍はあっという間に広まり、モニカの耳にも届いた。

 モニカが

「ニコロ、あなた魔法が使えたのね」

と聞くと、

「意図的に隠していたわけじゃないんだが…」

 そう言って、ニコロは、自分がこの町に傭兵として来た時もただの「兵士」ではなく「魔法騎士」として来ていたことを明かした。

「王城の魔法騎士団に一年契約で雇われていたんだ。最初は待遇がよかったんだが、次第に魔法の出が悪くなっていって、手を抜いてるんじゃないかと疑われた。魔法騎士団の連中は俺が腹を減らすと魔法の威力が上がるのに気が付いて、意図的に飯を減らされたんだ」

「飯をって…。魔法騎士をそんな風に扱うなんて…」

 一般の兵士と魔法騎士とでは格段に扱いが異なるのが普通だ。魔法騎士一人で十人、百人の兵と対峙できる者だっている。そこまでの力はなくても魔法を使える者自体多くはなく、傭兵であっても魔法騎士は優遇されるものだ。

「傭兵として雇っている間は手を抜かず働けと、首に魔道具の輪を着けられ、逆らえば締め付けられて、逃げることもできなかった。次第にエスカレートして、一日何も食わせてもらえないこともあった。仕方がないからその辺にあった草や木の実を食って凌いでいたが、ここに連れて来られた時にはもう限界で、最後の力を使い果たし、倒れたら首輪だけ回収して俺はそのまま放置された。雇用期間も切れていたから丁度良かったんだろうな…。もう死ぬしかないと自分でも諦めていたよ」


 リデトの救護隊は負傷兵に対して所属や身分を問わず救護に当たっていた。重症の者はテントで治療を受けた後療養所に送られ、医師の治療を受けることができた。残念ながら町には治癒の力のある魔法使いはおらず、治療は薬や薬草頼みだったが、適切な治療で回復し、ニコロのように無事療養所を出ていく者も少なくなかった。それは、敵襲の多いこの土地を命を懸けて守ってくれた者への感謝であり、礼儀だ。しかし、ニコロの命を削ったのは戦ではなかった。


「じゃあ、あなたは戦にではなく、味方に殺されかけたってことね」

 モニカはぎゅっと拳を握りしめ、怒りを顕わにした。

「なんてひどい…」

 ニコロは自分の事のように怒ってくれるモニカを見ているうちに、苦い思い出を振り返ってもあの時ほど辛く感じなかった。絶望し、死を待つだけだったあの頃のことなど思い出したくもなかったのに。

「魔力なんて強くなくていい。ちゃんと食べて、ちゃんと寝る。それは人間として当たり前のことよ。搾り取るように魔法を使わせて、人を使い捨てにするようなやり方は間違ってるわ。許せない」

 大切な当たり前をくれるモニカに、ニコロは不思議と恨む心を忘れていた。今では自分がこの地に来たことさえモニカと出会うためだったと思える。ニコロは隣に座るモニカに腕を伸ばし、そっと引き寄せた。

「…でももう、いいんだ。今はこうしてモニカの飯を食って、おいしいなあって思える。モニカの飯を食うと、不思議に力がみなぎってくるんだ。あんな魔法を出せたのは久しぶりだった。腹も減ってないし、強制もされなかったのに、何とかしなくてはと思っただけで魔法が出ていた。…モニカは、回復の魔法が使えるのか?」

 モニカはそっと首を横に振った。

「私は魔法は使えないの。…ずっと憧れてたけど」

「憧れてたのか」

「…そうよ。いつか使えるかもと思って、小さい時はずっと練習してたけど」

 そういうと、人差し指を立てて、軽く回しながら初等魔法使いの呪文を唱えたが、見事なくらいに何も起こらなかった。それをおどけたように笑ってみせる。


 魔法の告白には思い切りが必要だったが、ニコロが魔法を持っていても持たなくてもモニカは変わらなかった。ニコロが魔法使いだと知った時も至って冷静で、魔法に憧れながら、魔法を持つニコロがずっと向けられていた媚や妬みはどこにもない。自身に魔法がなくても、魔法を持つ者が身近にいたのかもしれない。

 自分の選んだ相手はモニカで間違いなかった。ニコロは改めてそう感じた。

「魔法騎士団に、あなたの力を狙われたら、…嫌だわ」

「連中は俺のことなんか死んだと思って忘れてるさ」

 不安げにしているモニカに、ニコロは取り囲む腕の力を増し、そっと頬に口づけた。


 それからもニコロは自身の魔法のことをあえて口にしなかったが、評判が衰えることはなく、雇い主は魔法を持つニコロを護衛に雇う時は色を付けるようになった。雇い主にとって魔法使いを雇うことは旅の保険だったが、かなり高額になり、そうそう引き受け手もいない。その点ニコロは少し追加で金を渡しても破格に安く、実際に何度か魔法を使わざるを得ないような襲撃を受け、人も荷物も無事に戻ってくるとその評価はより高まっていった。


 収入は増え、生活は楽になったが、モニカはニコロの魔法の評判が広がるのに不安を覚えた。

 魔法を使わなければいけないような事件はそう多くはなかったが、襲撃があると警備隊からニコロに応援の要請が入るようになっていた。実際、町の警備隊からも領主直属の辺境騎士団からもスカウトの声がかかっている。

 魔法を心無いものに利用され、あやうく死にかけていたニコロを知っているだけに、モニカは自分の見知った町の警備隊や辺境騎士団からの申し出であっても不安を拭うことはできなかった。

 ニコロがもっとしたたかな男だったならこれほどまで心配することはなかっただろうが、そんな男なら夫にすることもなかっただろう。


 金銭的なゆとりができると、ニコロは本物のコーヒー豆を買ってくることがあった。それはまだ贅沢品で、一週間で飲み切ってしまう程度だったが、食後にお気に入りの一杯を口にしたニコロは上機嫌だった。本物と比べるとタンポポコーヒーでは物足りないようだったが、そっちも今でも時々口にしていた。

 結婚当初はなかなか手に入らなかった肉も、今では苦労なく買い求めることができる。ニコロは肉が好きで、放っておくと肉ばかり選んで食べるので、食事が偏らないよう肉以外のものもしっかり食べてもらえるように気を配っていた。

 そしてどんなに空腹の方が魔力が強くなろうが、しっかり栄養を取り、魔力の出力を優先して体を損なうことのないよう、モニカは何度もニコロに注意した。

「飯より魔法を優先するなんて、そんなことを考えるのは()()()騎士団の連中だけだ」

 そう言って笑い飛ばせるくらいに、魔法騎士団にいた時のことは過去の出来事になっていた。


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