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国境の町リデトはロッセリーニ辺境領の西の端にあった。
人々が行き交い、多くの物資がもたらされるこの町は常に賑わいを見せていた。町は強固な外壁で守られていたが、しばしば隣国や西に住む蛮族の襲撃を受け、商人に紛れて盗賊が侵入することもあり、国境の町の警備には町の警備隊や領主が統括する辺境騎士団が当たっていた。
ある年、隣国オークレーは蛮族と手を結んでリデトの町を陥落させることを目論んだ。近隣の領や王からの援軍を受け、町は守られ、蛮族は撤退、隣国からは相応の賠償金を得た。
国境の守りに力を貸した領には賠償金が山分けされ、軍はそれぞれの土地へと帰っていったが、この戦いでひどい怪我を負い帰還できない者もいた。そうした兵達はリデトの療養所で回復を待つことになった。
外敵からの襲撃が多いリデトでは町を守ってくれる兵達を支援することは当たり前のことであり、多くの町人が率先して支援活動に参加していた。この町に住むモニカも自身の仕事の合間を見つけて炊き出しや負傷兵の手当てを手伝っていた。戦いが終わり、多くの兵が帰っていくと町の人もまたいつもの仕事に戻ったが、モニカは引き続き時間を見つけては奉仕活動に参加し、療養所の職員を助け、療養所に残る負傷人の介護や包帯・寝具の洗濯、部屋の掃除、薬草摘みなど、自分のできる仕事を引き受けていた。
足の自由を失った者、指を失った者、大怪我や病でまだ起き上がれないものも何人かいた。その日も三人がこの世に別れを告げ、故郷に帰れないまま療養所を出て行った。
療養所に残る兵の中にやせ衰え、寝たきりになっている男がいた。首に擦れたような傷があったがそれ以外に大きな外傷はなく、何の病にかかったのか目はくぼみ、頬は落ち込み、腕も骨がわかるくらいに肉がない。水分を取るのもやっとで、そう長くはもたないだろうと思われていた。
モニカがやせ細った男に水を含ませると、男は息も絶え絶えにつぶやいた。
「…コーヒ…、…飲み…て…」
男の最後の望みになるかもしれない。モニカはその願いを叶えてあげたいと思ったが、舶来のコーヒー豆は贅沢品でそう簡単に手に入るものではなかった。かつて知り合いがタンポポの根を煎ったものがよく似た味だったと言っていたのを思い出し、薬草を摘む傍らタンポポの根を何本か掘り出した。きれいに洗って干しておくと帰る頃には乾いていた。
療養所の職員がタンポポコーヒーを作ったことがあるというので作り方を聞いた。持ち帰った根を細かく刻んですりつぶし、しっかり炒る。クンクンと匂うと少し焦げ臭かったが炭にはなっておらず、飲めなくもなさそうだ。
翌日、出来上がったタンポポコーヒーを療養所に持ち込んだ。幸い男はまだ生きていた。
持ってきたコーヒーを布に包み、上からお湯を注ぐと、深い焦げ茶色の液体ができた。
「そうね、ちょっと薄いけど、これくらいでいいんじゃない?」
味を知っている職員の合格をもらい、男が使っていた吸口に冷ましたタンポポコーヒーを少し入れ、口に当てると、男は口に含みゆっくりと味わった後、目を細めた。
「ああ、…懐かしいなぁ…」
そして涙を浮かべながらもう一口含み、安らかな笑顔を見せ、眠りについた。
これできっと思い残すことなく、心穏やかに天へと導かれるだろう。誰もがそう思っていた。