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8. 甘党

「昨夜、神奈川県横浜市の住宅で、六十代の男性と女性、三十代の男性の親子三人が何者かに殺害されました。監視カメラには黒い服の男が白い車に乗り、逃走した様子が映し出され、警察は犯人の行方ゆくえを追っています」

 その昼、居間で私はビールを飲みながらテレビのニュースを観ていた。

「物騒だな……」

 私はそう呟き、ビールを一口飲む。

「横浜か。近いなぁ」

 ここは川崎なので、横浜から近いなあと私は思った。それから、横浜と聞いてあることを思い出す。息子たち家族がそこへ住んでいた。彼らは元気にしているだろうかと私は思った。

 ビールを飲み干し、もう一本とソファから立ち上がり台所へ向かう。冷蔵庫を開けると、そこには缶ビールが一本も入っていなかった。それに、冷蔵庫の中もすかすかだった。

 買い物へ行くかと思い、私は近所のスーパーへ行くことにした。

 歩いて十五分程の所にそのスーパーがある。そこへ着き、いつも通り食料とビールを買う。

 スーパーの中を歩いていると、ふと、私はスイーツのコーナーが目に入った。

 普段、甘い物など好んで食べないのだが、そこにあったプリンを見て思わず私は顔がほころんだ。

 プリンは今亡き妻の友子ともこの大好物だった。彼女は五年前に亡くなった。大腸がんだった。

 私は甘い物でも唯一プリンなら食べられた。だから、久しぶりにそれを食べてみようと思った。それから、彼女の仏壇に供えようと、もう一つ買うことにした。


 家に帰って、私は早速、客室にある仏壇の前に買ってきたプリンを供えた。そして、線香を上げる。手を合わせて、私は目をつぶり黙とうをする。

 六十の時、私は働いていた建設会社を退職し、妻と二人で暮らしていた。退職金を頂いて、夫婦仲良く老後を暮らしていたのだが、段々とその貯金も少なくなり、さらに悪いことに五年前に妻が他界した。

 一人になって五年。気づけば七十歳である。今は年金で暮らしているが、あまり裕福と言ったものではない。けれど、一人で生活をしているので、そこまで心配してはいない。

 ふいに、友子の顔が思い浮かんだ。気が付くと、私の目から涙が流れていた。

 それを終えて、私は袋から缶ビールを一本取り出し、プルタブを開けて一気にそれを飲む。

「ぷはっ」

 ビールは旨かった。

 ひとしきり飲んだ後、時計を見ると、正午を過ぎていた。そろそろ昼飯にしようと思い、私は簡単に納豆ご飯と冷や奴を作り、それらを食べた。

 ご飯を食べ終わった後、私は居間でテレビを観ていた。しばらくして、眠くなってきたので、ソファに横になり眠ることにした。

 それから、二時間ほど眠っていた。

 目が覚めて、私はすぐに台所へ行き、コップ一杯の水を飲んだ。

「ぷはっ」

 午後三時。私は散歩へ行こうと、外へ出た。

 散歩は趣味だ。三十分程度、家の周りを歩いて戻る。

 帰って来て、何か飲もうと思い、冷蔵庫を開けた。ビールがあったので、それを飲もうと思った。すぐにそこにプリンがあることに気付いて、私はそれを食べることにした。

 居間のソファに座って、私はプリンを食べる。プリンは甘くておいしかった。

 それからふと、私は再び友子のことを思い出した。彼女のことを思い出して、私は懐かしくなる。その後すぐに、私は客間へ行き、仏壇の前に座り、彼女の写真を見ながらプリンを食べる。

「プリンうまいなあ。お前も食べろ」

 私は彼女の笑顔に話し掛けた。

「お前は、好きだったよな」

 私は彼女のことを思い出して言う。

「俺は甘い物が苦手だったけど、お前が美味しそうにプリンを食べる姿を見て、美味しそうだなと思って食べてみたら美味かったのを今も覚えているよ。俺、食わず嫌いだったんだな」

 私はそう言って笑う。

「でも、お前に教えてもらわなきゃ、プリンが美味いだなんて思わなかっただろうな。お前には感謝で一杯だよ」

 私は涙目になりながらそのプリンを食べ切った。

 それから、「ごちそうさま」と言って、私はその場を立ち去った。


 その後、私はテレビを観ていた。夕刊が届くと、私はそれを読んだ。

 夕刊を読み終えた頃には、午後五時を過ぎていた。私は夕食を作ることにした。その日は、焼き鮭と大根と人参にんじんの味噌汁、白いご飯にした。

 夕食を作り終えて、冷蔵庫からビールを取り出し、それを一口飲む。

「はあ、うまい」

 それから、私はビールを飲みながら夕飯を食べた。

 午後六時頃、夕飯の後片付けをしていると、自宅に一本の電話が鳴った。

 私はゆっくりと歩いて居間にある電話に向かい、それに出た。

「はい、桜庭さくらばです」

「もしもし、父さん?」

 その声に聞き覚えがあった。息子の声である。

友昭ともあきか?」

「うん。元気してる?」

「まあ、ぼちぼちな」

「そっか。そう言えば、明日、母さんの命日だろ?」

 息子にそう言われて、私はカレンダーを見る。確かに、明日は友子の命日である。

「ああ、そうだったな」

「明日、土曜日だし、仕事休みだからそっちに行くよ」

 彼はそう言った。

「ああ、分かった」

「それで、日曜日に一緒に墓参りに行こうよ」

「そうだな」

「うん。だから、明日はそっちに泊めて欲しいんだ。花純かすみたちも連れて行くから」

 花純とは、息子の子どもだ。つまり、私の孫である。

 花純たちもと言うことは、奥さんの叶子きょうこさんも来るのだろう。久々に一家総出で来てくれるのは嬉しいものだなと私は思った。

「分かった」

「父さん、ゴメンね。急に押し寄せるようで……」

「いいんだよ。賑やかになるのは変わらないし、その方が母さんだって嬉しいだろうから」

「そうだね。じゃあ、明日よろしくね!」

「ああ」

 私がそう言うと、電話が切れた。

 その後、私はすぐに客間へ行き、仏壇の友子の写真の前で、明日、明後日と友昭たちが遊びに来ると言った。

 彼女は微笑んでいた。


翌日、息子たち一行いっこうは、午後四時頃に私の家へやって来た。

「父さん、久しぶり!」

黒髪短髪の背の高い男が言った。息子の友昭である。

「やあ!」

「お義父さん、ご無沙汰しています」

 茶髪でミディアムヘアに薄化粧をした美人が言った。奥さんの叶子さんである。

「どうも」

「おじいちゃん、こんにちは」

 それから、黒髪のツインテールをした少女が私に挨拶をする。彼女は水色の花柄のワンピースを着ている。

「花純ちゃん、こんにちは。さあ、入って」と、私は彼らを家へ招き入れる。

 それから、息子たちはすぐに客間の仏壇の前に座り、線香を上げた。そこで手を合わせて黙とうした。

 それを終えた後、私や息子たち家族は居間で談笑をしたり、テレビを観たりしていた。

「花純ちゃん、今いくつ?」

 私がそう訊くと、「むっつ!」と、彼女が答えた。

「へー、六つか! そりゃあ、大きくなったわけだ!」

 私がそう感心すると、「えへへ」と、彼女が笑った。

「前に会った時は、あんなに小さかったのにね」

 私は思い出すように言う。

「前って、五年前だっけ?」と、友昭が訊いた。

「ああ。友子の葬式の時だ」

「となると……一才か」

「ええ。あの時はまだ生まれて間もなかったですからね」

それから、叶子さんも思い出したように言った。

「あれから五年か……」と、友昭がしみじみと言った。

もう五年かと私も思った。五年という月日はあっという間に過ぎていた。

「夕飯どうする?」

 それから、私が友昭にそう訊くと、「父さんが作るのも大変だろうから、今日は外で食べない?」と、彼が言った。

「外食か。うん、いいんじゃないか」

 私がそう言うと、「外食? やったー!」と、花純ちゃんがはしゃぎ、「ねえ、パパ! わたし、お寿司食べたい!」と言った。

「お寿司?」

「うん!」

「お寿司か……」

 そう呟いた後、私は考える。それからすぐに私は近くに回転寿司のお店があるのを思い出した。そこへ行くのはどうかと私が提案すると、「回転寿司、いいですね!」と、叶子さんが言った。

「じゃあ、そうするか!」と、息子が言った。

 それから、友昭の車で近くの回転寿司屋へ向かった。

 午後五時を過ぎた頃。土曜日ということもあったが、早い時間だったのですぐに席に案内された。私や息子たちは、それぞれが好きなお寿司を注文し、食べた。

 お寿司を食べ終えて、皆で家に帰る。

 それからしばらく、私や息子たちは居間でテレビを観ながらくつろいでいた。

 ちょうどニュースがやっていた。

「そういや……」

 私はふと、昨日のニュースを思い出す。

「昨日、横浜で親子三人が殺されたらしいけど、犯人が逃走中って言っていたな……」

 私がそう言うと、「ああ」と、友昭が思い出したように言った。

「そうみたいですね」と、叶子さんが頷いた。

「まだ捕まってないんじゃ、どこかでうろついているんじゃないかな」

 私がそう言うと、「怖くて外、一歩も歩けないですよ」と、叶子さんが心配したように言った。

「まあ、ここは川崎だから平気だろう」と、友昭が言った。

「でも、近いからこっちの方まで逃げている場合だってあるかもしれないぞ」

そう言うと、「ですよね……」と、叶子さんが言った。「早く捕まってほしいです」

「あ、プリンがある!」

 しばらくして、花純ちゃんが客間の仏壇にあるプリンを発見した。

「ママ、これ食べたい!」

 花純ちゃんは仏壇にあったそのプリンを持って来て言った。

「ダメよ、花純。それ、お供え物だから」

 叶子さんがそう言って花純ちゃんを叱る。

「おそなえもの?」と、花純ちゃんが訊いた。

「そう。死んだ人にあげるものよ」

「えー、でも、花純食べたいよ」

 花純ちゃんが駄々をこねるように言った。

「それは、おばあちゃんのだから、花純は食べられないよ」

 それから、父親である友昭が娘をなだめるように言った。

「えー、ケチ!」

 そう言って、花純ちゃんはふて腐れてしまった。

 そんな様子を見て、「花純ちゃん!」と、私は呼ぶ。

「そのプリン、食べてもいいよ!」

「え!? おじいちゃん、いいの?」

 彼女は私を見て、目を輝かせた。

それから、「いいんですか?」と、叶子さんが心配そうに訊いた。

「うん、いいよ。それ、昨日買って来たやつだから」

 私がそう言うと、花純ちゃんは困惑していた。それから、少しして口を開いた。

「でも、おばあちゃんのでしょ?」

「そうだけど。おばあちゃんは、すぐにそのプリンを食べないからさ」

「いいの?」

「うん。おばあちゃんの分は、また買ってくるよ」

 私はにこにこしながら言った。

「やったー!!」

 それから、花純ちゃんは嬉しそうに喜んだ。

「すみません……」と、叶子さんが申し訳なさそうに言った。

「いいんです」と、私は言った。「あ、花純ちゃん、ちょっと待ってて。今スプーンを取って来るから」

 そう言って、私はソファから立ち上がり、台所へ行く。ひきだしからスプーンを一つ取って、居間へ戻り、はいと花純ちゃんにそれを手渡した。

「ありがとう」と、花純ちゃんはお礼を言った。いただきますと言って、彼女はそのプリンを一口頬張った。

「おいしい?」

 私が花純ちゃんにそう訊くと、「うん」と嬉しそうに頷き、笑顔を見せた。

 ふと、私は友子の顔を思い出した。花純ちゃんの笑った顔が彼女に似ていたのだ。

私は思わず顔が綻んだ。

「ねえ、おじいちゃん」

「なんだい?」

「どうして、おそなえものがプリンなの?」

 プリンを食べながら花純ちゃんがそう訊いた。

「プリンはね、おばあちゃんの大好物なんだよ」

 私はにこにこしながらそう答えた。


 その翌日、私は午前七時起きて朝ごはんの準備をした。

 午前八時を過ぎて、息子たちが起きて来て、皆で朝食を取る。朝食は白いご飯と卵焼き、野菜炒めだ。

 私はテレビを点けた。ちょうどニュースがやっている。

「犯人逮捕です!」

 ニュースキャスターのその言葉に、皆の視線がテレビに集まる。

「一昨日、神奈川県横浜市の住宅で親子三人が殺害された事件で、殺された六十代男性の知人の男が逮捕されました。警察の調べでは……」

 それを聞いて私は安堵する。

「犯人捕まったか」

私がそう言うと、「ああ、良かった」と、友昭がホッとしたように言った。

「これで一安心ですね」と、叶子さんが相槌を打つ。「嬉しい」と、花純ちゃんも言った。

 朝食を終えて、それぞれが身支度を済ませると、すぐに四人で友子の墓場まで友昭の車で向かった。自宅から十分程の所である。

 そこへ着いて、私たち四人は友子の墓参りをした。

 その後、私や息子たちは一度、私の家に戻ろうとしたが、花純ちゃんがスーパーへ行きたいと言い出した。

「おばあちゃんのプリンを買わないと!」

 昨夜、仏壇にお供えしていた友子のプリンを自分で食べてしまったからだろう。花純ちゃんがそう言うので、私たちは近くのスーパーへ車で向かった。

 スーパーへ着き、スイーツのコーナーへ向かう。友子のプリンだけを買おうと思ったが、せっかくならみんなで食べようと言うことになり、それを五個買った。

 家に戻ってから、すぐに花純ちゃんが仏壇にプリンを一つ置いた。それから、彼女は手を合わせて、目を瞑る。「おばあちゃん、昨日はゴメンナサイ」と、花純ちゃんは口に出して謝った。

 彼女がそれを終えた後、居間で私や息子たち皆で買ってきたプリンを食べた。

「父さん、いつから甘党に?」

 プリンを食べながら友昭が私にそう訊いた。

「いや、甘党ではないよ」と、私は正直に答える。「けど、プリンなら食える」

 そう言うと、「へー」と彼が相槌を打つ。

「じゃあ、いつからプリンを食べられるようになったの?」

 再び友昭が質問する。

「昔、友子と……母さんと一緒に食べた時からだな」

 私がそう言うと、「ほう」と彼は感嘆した。

「それはロマンチックな話だな」

 彼はそう言って、にやりと笑う。


「父さん、この二日間ありがとう」

 帰り際、運転席の開けた窓から友昭が言った。

「おう!」と、私は手を上げる。「こちらこそ、ありがとう」

「お邪魔しました」

後ろの席の窓から叶子さんが笑顔で言った。

「また遊びに来てください」と、私は言った。

「はい」

「おじいちゃん、バイバイ」

それから、花純ちゃんがニコニコしながらそう言って、手を振った。

「バイバイ! 花純ちゃん、またね」と、私も手を振る。

「父さん、元気で。じゃあ、また」

 友昭がそう言った後、窓を閉めて車を発進させた。

 私はその車を見つめながら、はにかんだまま手を振った。

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