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7 甘いものが元気づけてくれる

「どうぞ」

 私がそう言うと、一人の女性が診察室に入ってきた。黒髪のパーマで派手な化粧を施している。

「こんにちは」と、彼女が言った。

「はい、こんにちは」

 そう挨拶をして、私は彼女のカルテを見る。彼女の名前は、須崎友絵すざきともえという。

「本日は、どうなさいましたか?」

 それから、私がそう訊くと、彼女が口を開いた。

「昨日の朝、38.5度の高熱が出て、それから喉が痛いのと、だるいような息苦しいような感じがするんです……」

「なるほど……」

「これって、もしかして今流行っているものなんじゃないかと思いまして……」

 最近、世界で流行病が流行り、日本でも同様に流行っているのであった。そのため、彼女のような患者が続々と私の病院にやって来るのだった。

「まだ断定はできませんので、一度検査をしてみましょう」

「はい、お願いします」

「もしかしたら、普通の風邪かインフルエンザの可能性もありますから」

 それから、私は彼女の診察を始めた。流行病の検査と、インフルエンザの検査も行う。

「検査は終了です。検査結果が出るまで、しばらく待合室でお待ちください」

 私がそう言うと、「分かりました」と彼女は答えて、診察室を出て行った。


「須崎さん、診察室へどうぞ」

 それから三十分後に、女性の看護師が彼女を呼んだ。彼女は診察室の扉をノックし、そこへ入った。

「失礼いたします」

「どうぞお掛けになってください」

 私は彼女に椅子を勧めた後で、口を開いた。

「須崎さん、あのですね……」

「はい?」

「やっぱり、ヤーバでした」

「ええ、嘘!?」

 彼女は私の言った病名に驚いていた。

ヤーバとは、最近流行している感染症のことである。この「ヤーバ」は、日本名で日本の若者言葉である「ヤバい」から名付けられたものである。実際、アメリカではA-vid (Awsome Virus Infection Disease)と呼んでいて、awsomeは「すごい」を意味するスラングなのだという。

「はい、本当です。ですから、一週間はお仕事を休まれて、ご自宅で過ごされて下さい。また、念のためご家族とも距離を置かれた方がいいと思います」

「…………。」

 彼女は言葉を失っているようだった。

「須崎さん、そんなに落ち込まなくても大丈夫です」

「はい……」

「最後にですね、お薬を注射させていただきます。どちらかの腕を出してください」

「どっちの腕を?」

「利き腕でも、反対の腕でも、どちらでも構いません」

 私がそう言うと、彼女は右腕を出し、腕まくりをした。

「少しちくっとしますよ」

 私はそう言って、彼女に抑制剤の注射を打った。

「ありがとうございます。それから、本日、錠剤のお薬も出しておきます。風邪薬と解熱剤です」

「分かりました」

「では、おしまいです。お大事にどうぞ」

 そう言うと、彼女はペコリと頭を下げて、診察室を出て行った。

「――次の方、どうぞ」


 その日の仕事を終えて、私は帰路へ着く。

 最寄りの駅を降りて歩いていると、駅内のケーキ屋に目が入った。

 ケーキ美味そうだなぁと思って見ていると、私はあるケーキに釘付けになった。チーズケーキである。

 そのケーキが美味しそうに見えた。妻や子どもたちに買って帰ろうかと思い、私はそのケーキ屋の列に並ぶことにした。

「ただいま」

 帰宅すると、「あら、おかえりなさい」と、妻の由希子ゆきこが出迎えてくれた。

「はい、お土産」

「え? ケーキ?」

「うん、チーズケーキだよ」

「チーズケーキ! いいわね!」

 妻は嬉しそうに笑って、それを受け取った。

「晩御飯できているわ。先食べる?」

 それから、妻がそう言った。

「ああ、そうしようかな」

「分かった。ケーキは後でいいのよね?」

「うん」

 その日の晩御飯は、鮭のムニエルと豚汁と筑前煮ちくぜんにという和食メニューであった。妻は、実は栄養士である。料理が得意な上、いつも健康に気を遣った料理を作ってくれる。

「いただきます」

 私は手を合わせ、早速、鮭のムニエルを箸でつついて一口頬張る。鮭と醤油のうまみ、それから、バターのコクが口に広がった。

「うん、うまい」

 続いて、筑前煮の鶏肉を一口食べる。鶏肉は柔らかく、醤油などのだしが染みていておいしい。

 それから、豚汁を一口啜すする。味噌の味と肉や野菜の出汁だしが出ていて、それも旨かった。

「どう?」

妻が正面の席に座り、私にそう訊いた。

「ムニエルも、筑前煮も、この豚汁も最高だよ」と、私は答えた。

「あら、本当? それは良かった。あなたって、褒めるの上手よね」

 妻はそう言って笑う。

「いやいや、本当のことを言ったまでだよ」

 私がそれらを食べ終えた後、「チーズケーキ食べる?」と、妻が訊いた。

「うん、食べようかな」

「分かった。今、紅茶を作るわね」

 妻はそう言って椅子から立ち上がり、キッチンへ行った。早速、妻はケトルに水を入れ、スイッチを押してお湯を沸かした。

 紅茶とケーキをテーブルに置くと、妻はリビングを出て二階へ上がった。「チーズケーキ食べない?」と、二階にいる娘たち二人に声を掛けていた。

 妻が降りてきた後で、娘二人もやって来た。

 席に着くなり、

「わー、おいしそう」と、長女の梨穂りほが言った。

「いただきます!」と、次女の茉美まみが言った。

 早速、二人はそのチーズケーキを食べた。

「うん、このチーズケーキ、ヤバいね!」と、梨穂が言った。

「美味しすぎて、ヤバいわ!」と、茉美が言った。

 二人のそのコメントに妻が笑い、私も可笑おかしくて笑う。

 その後、私もそのチーズケーキを一口食べた。

 クリーミーなチーズとサクサクとしたクッキーのバランスがよく、甘さもちょうどいい。このチーズケーキは確かに「ヤバい」のかもしれないなと私は思った。

「こんな時間にケーキ食べられて幸せ」と、梨穂が嬉しそうに言った。

「あ、アタシ、ダイエット中だった……」

それから、茉美が思い出したように言う。

「チーズケーキって、チーズを使っているじゃない? だから、健康にもいいのよ」

 ふいに、妻が言った。

「え? そうなの?」と、茉美が目を丸くして言った。

「そうよ。チーズにはね、タンパク質やカルシウムなんかが豊富に含まれているから細胞のもとになる栄養素だし、カルシウムは歯や骨などの骨粗しょう症対策になるのよ」

「へぇー」

「それだけじゃなくてね、肌のためのビタミンAや代謝をサポートするビタミンB2も含まれているのよ。それに、チーズだけじゃなくて、チーズケーキを作る時に使う卵やレモンなんかにもビタミンDが含まれていてね、カルシウムの吸収を高めてくれるのよ!」

「すごーい!」と、茉美が感心した。

「めっちゃ栄養があるんだね!」と、梨穂も続けた。

「じゃあ、この時間にチーズケーキを食べても、ダイエットには支障はないのね」

 茉美が安心したようにそう言うと、「ええ。でも、食べ過ぎたら太るのは当然、健康にも良くなわいわよ」と、妻が言って笑った。

「だよね……」と、茉美。

「うん」と、梨穂も頷いた。


 それから一か月後に、私の病院に須崎さんがやって来た。例の流行病でワクチン接種を受けに来たという。

高杉たかすぎ先生、あの……」

 ふと、彼女が口を開いた。

「はい?」

「最近は、外出自粛だの、営業時間の短縮だので、お家にいる時間が増えて、ちょっと憂鬱ゆううつ気味というか……」

 彼女はぽつりと言った。

「ええ、そうですよね。他の患者さん、皆さん、そうおっしゃるんですよね」

「そうでしょ? なんか気分転換になるようなことはないかしらって考えるんですけどね。なかなか思いつかないのよね……」

「ところで、須崎さん、甘い物はお好きですか?」

 私がそう訊くと、「ええ、好きですが」と、彼女は答えた。

「そうですか。なら、チーズケーキを是非食べてみて下さい」

「チーズケーキ?」

「ええ、そうです」

 それから、私はチーズケーキに栄養価があることを話した。それは、以前妻が話していたものである。

「へー、そうなんですね」

「はい」

「もしかして、今の流行病とも関係があるんですか?」

 その後、彼女がそう訊く。

「正直に言うと、無関係です」

 私がそう答えると、「なんだ」と、彼女はあきれ顔をした。

「ただ、甘いものを食べるとリフレッシュができるでしょ? リフレッシュをするのも大事だと私は思うんです。それに、ただリフレッシュをするのではなく、栄養があるものを食べることで、より健康になるという訳です」

「はあ、なるほど」


 それから一週間後。私がいつものように仕事をしていると、須崎さんが病院にやって来た。前回よりも苦しそうな感じだった。もしかして、また例の感染症にかかってしまったのではないかと私は思った。

「須崎さん、本日はどうされましたか?」

私がそう訊くと、「お腹が痛くて……今も痛いんです」と、彼女は言った。

そこで、私は例の病気ではないことに気付く。とすれば……。

「腹痛でしょうか」

「ええ」

「何か変わったものを食べられました?」

それから私がそう訊くと、「高杉先生に言われた通り、チーズケーキを食べました」と、彼女が答えた。

「チーズケーキですか」

「はい」

「そのチーズケーキは市販のものですか? それとも、ご自身でお作りになられたとか?」

「自分で作りました。そのチーズケーキを食べたら、急にお腹が……」

「なるほど……。もしかして、そのチーズケーキは生焼けだったんじゃないですか?」

「そんな……」

 彼女が落胆する。

「考えられる原因は二つです。そのチーズケーキが生焼けだったか、もしくは、食中毒の可能性です」

「生焼け……食中毒……」

「それと、後もう一つ。チーズケーキの他に乳製品を過剰に摂取することで、腹痛を引き起こす場合があるんです。乳製品をたくさん摂取した覚えは?」

「それはないと思います」と、彼女は答えた。

「はあ、そうですか。私が思うに、食中毒と言うよりかはチーズケーキの生焼けが原因なのではないかと。とりあえず、腹痛を抑えるお薬を出しておきますね」

「……はい」

「以上になります。お大事になさって下さい」

「あの……」

 それから、彼女が口を開く。

「何ですか?」

「この前、先生にチーズケーキを食べるように言われて、作って食べたのにどうして……」

「……須崎さん。確かに私はあなたにチーズケーキを食べるように勧めました。それは、私にも責任があるようにも感じますからそのことに関してはどうもすみません。ですが、私もまさか須崎さんがチーズケーキをご自身で作るとも思いませんでした。いや、作るのは構いませんが、生焼けかどうかを確認しなかったのは悪いと私は思います」

「……ですよね。先生、ゴメンナサイ」

「まあ、人間ですから仕方はありませんよ。次からは気を付けて下さい。では、お大事になさって下さい」

「はい、失礼します」

 彼女はそう言って、診察室を後にした。

 彼女がそこを出た後、私はため息を吐いた。それから、少し考える。

 チーズケーキは、健康や美のために栄養のあるスイーツであるのだが、もちろんプラスの面ばかりではなく、生焼けだったり、食品自体に問題があったりすれば、下痢げりや腹痛になることもあるので注意が必要なのだ。

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