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充ちる雷 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 お、つぶらや。よかった、生きていたか。

 LINEの既読ついたまんま、返事がやってこないからよ。ひょっとして最悪の事態に巻き込まれていないかと、気をもんでいたんだぜ?

 お前の場合、誰にもいわないまま、何かに首を突っ込んで、それっきりというパターンがあるからな。俺じゃなくてもいいから、信頼できる誰かに、お出かけのゆくえとか伝えといた方がいいと思うぜ。まじで。


 しっかし、こうしてなまじ連絡がすぐとれる環境だからよ。ついプレッシャーが生まれがちなのも分かるな。既読イコールすぐ返信できるだろうタイミング、なんて方程式が頭の中にできあがりがちだ。

 ややもすれば、自分を嫌っているんじゃないかという想像が、もやもやと頭の中を支配しはじめてしまう。いやなもんだよな、いたずらに他者との距離が詰まっちまうっていうのは。

 そして、むやみに距離を詰めてくる奴がいたら、そいつがどんな手合いでも、気をつけておいた方がいいかもしれないぞ。

 俺の昔話なんだが、聞いてみないか?



 まだスマートフォンが出回る前のこと。

 俺がはじめてケータイを手にしたのは、高校生の時だった。

 通学に使う電車が急な事故で止まってな。公衆電話が行列になって使えず、家にも学校にも連絡が取れない時間が、長く続いた。

 いちおう、学校では電車遅延の件を了承してもらえたが、無遅刻無欠席を汚された俺は、大変にご立腹だったわけ。

 バスも遠く、別の路線で回り込むのも時間がかかりすぎる。家まで帰ったとしても、まず間に合わない。親が車で迎えにきて、そのまま送ってくれるより他に、間に合う可能性はどうしても見いだせなかった。


 このときの屈辱が、俺にケータイデビューへ踏み切らせたんだ。親からも同意が得られたし、買った次の日にはクラスのみんなと連絡先を交換しまくってたな。

 だが、崇高な意志も動機も、引き金にはなるが長続きさせるのは難しい。

 緊急の連絡など、そうしょっちゅうあるものでもなく、俺がケータイをネットとアプリ起動マシンへ堕とすのに、さして時間はかからなかった。

 ケータイを持つまでは不思議だったが、いざ持ってみると、歩きスマホをする人の気持ちもわかってきた。

 ゲームの時間ももちろんだが、随時更新されるネットの情報についていくには、画面とにらめっこしていた方が、都合がいいのなんの。掲示板とか、とてつもない勢いで流れることあるしな。

 ともあれ、めでたくマナー違反の徒となった俺は、その日も学校から最寄り駅までの帰り道でケータイの画面とにらめっこをしながら、てくてく歩いていたのさ。



 わっと、背後からいくつもの声があがったかと思うと、小学生くらいの子たちが俺を追い抜いていく。

 その日の学校は早上がり。部活もない。小学生の下校時間とかち合うのも、おかしくなかった。

 黄色い学帽を頭に乗せ、ドタドタと脇をすり抜けていく子供たちの騒がしさに、つい俺は舌打ちしてしまう。

 あの景色をのほほんと、暖かいまなざしで見送るには、余裕が必要だ。だがケータイをいじり出したら、そんなものはない。


「次が発信する前に読まなきゃいけない」「無料のうちに体験しとかなきゃいけない」「毎日のボーナスを欠かせない」……。

 ないないづくしで、尻に火がつく5秒前。その集中を乱す輩は、何人たりとも近づいてほしくない。


 折あしく、途中の交差点の赤信号。

 歩みを止める俺だが、すぐにズボンのすそを掴まれる。

 あの学帽をかぶった子供のひとり。俺の腰のあたりまでの背しかない女の子が、人の足を電信柱のようにしてべたべた触りながら、ぐるぐる回っていたんだ。

 どうも追っかけてくる子が別にいたらしく、すぐに新手の女の子がやってきて、犬が尻尾を追っているのかというくらい、ぐるぐると……。


 ――なんだ、うらやましいと思うのか?


 マンガみたいな美少女と考えるなよ。いっちゃあ悪いが、二人ともブの字がつく、先行き不安を覚えるレベルだ。

 そんな小娘二人にまとわりつかれて、暖かい目で見守れるほど、俺はできた人間じゃない。

「おい」と、少しドスを聞かせた声を出すと、二人はわーっと声をあげつつ、俺から離れていく。

 しっかり、しわくちゃになってしまった制服のズボン。そこにはところどころ濡れシミが浮かび、彼女らの手が汗ばんでいたことを物語っていた。

 とっちめてやりたいのはやまやまだが、ヘタに強く出ると、俺がポリス沙汰になりかねない。その時は事故だと思って、忘れようとしたんだよ。


 だが、それからもたびたび、彼女たちは俺の足に絡んできた。

 二人だけじゃない。あの学帽をかぶった児童たちもまた、俺の足に触れてくる。

 追い抜きざま、角の曲がる瞬間、建物からの死角など、俺の虚をことごとくついてくるんだ。

 ときにさらり、ときにべったりと、俺の足を触りながら、怒り出すより前に逃げていく。

 帰るルートや時間を変えれば、少しの間はまける。だが彼らはしばらくすると、また俺の前に姿を現し、同じように接触を図ってくるんだ。


 高校生の男が、小学生児童にストーキングされている……などと話して、どれだけの人が真剣に聞いてくれるだろうか。

 何より世間体が気になる俺は、うまく彼らに手を出すことなく、ひたすら撒くことに力を入れていたんだ。

 そうしたある日。久しぶりに件の二人が、俺の足に寄ってきたとき、妙なことを口走った。


「充電、かんりょう〜」ってな。


 なに、彼氏とハグし合った後の、女みたいなことほざいているんだと思ったが、逃げていく二人の背中を見送って、ふと考える。


 充電という言葉、ケータイはじめ蓄電池を多用するいまの世の中じゃ、切っても切れないレベルだろう。

 俺だって昨日、このケータイを充電している。きっちりランプは灯り、画面の目盛りも満タンになっていた。毎日の習慣を欠かさないために。

 いったい彼女らは、俺に何を見出して、「充電」などとつぶやいたのか。



 その取っ掛かりは翌日になってつかめる。

 クラスの委員長が、俺の顔を見るや問い詰めてきたんだ。「昨日のメールに返信よこせ」とな。

 俺はメールを受け取っていない。もちろん拒否する設定などもしていない。

 それどころか、ここしばらくは誰からもメールや、着信があった記憶はないんだ。自分から連絡することもなく、これらの機能とはご無沙汰していたんだ。

 俺は受信ボックスを開くも、やはり受け取っていない。対して、委員長も自分のケータイを開き、俺に文化祭の出し物に関して、要返信の旨を伝える文面を送っているのが分かった。

 はじめこそ腹を立てていた委員長だが、俺のもろもろの設定に、受け取れなくなる不備がないこと。そして目の前で送ったメール、掛けた電話がことごとく届かないことを見ると、むしろ不思議そうな表情を浮かべてくる。

 その場で、俺の連絡先を知るクラス全員が、同じように連絡を取ろうとしてくれたが、俺のケータイはこそりとも反応を示してくれなかったんだ。

 そして俺からも、みんなに連絡を取ることができないことを確かめる。



 根本的に、どこか壊れたんじゃないか。

 そう話すクラスメートに促されるまま、俺はケータイ裏のバッテリーカバーに手をかける。ど素人がすぐにいじれる箇所といったら、そこくらいしか思いつかなかったから。

 バッテリーをいったん外して、入れ直してみようと思ったんだ。

 だがカバーを外して出てきたのは、バッテリーじゃなかった。



 わーっ! と教室中に広がる、幼い子供たちの声。

 クラスのみんなが周囲を見やるが、教室はおろか、窓から見下ろす学校内にも、声の主と思しき子たちの姿はなかった。

 でも、俺には分かる。

 こいつは、これまで幾度となく聞いてきた、彼女たちの声と同じだったんだ。

 

 フタを取り除けた先にバッテリーパックはなく、ただぽっかりと空っぽの差し込み口が見えるのみ。

 そして、先ほどまでがウソのように、ケータイは電源をつけることができなくなっていたのさ。


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