ポンニチ怪談 その45 大量転生
一夜にして人々が次々に消えた、ニホン国。それも非正規労働者や介護やインフラなどの現場にいるような人間ばかりで…
「…な、なんだ、なんて寒いんだ」
凍えるような冷たさに目が覚めるとハシゲンは飛び起きた。
視界に入るのはマンションの自宅、いつもの寝室の風景
しかし…異様な寒さだ
「エアコンが故障したのか…、おい、起きて」
「ああ、あなた大変よ!で、電気がつかない」
妻はすでに異常に気付いていたようだ。外出着に着替えている。
「ど、どうしたんだ、管理人は!電力会社に電話はしたのか!」
「そ、それがどこもつながらないのよ」
「そんな馬鹿なことがあるか!もう一回かけてみろ!」
「もう、何回もかけてるわ、でも、出ないの」
「かけ間違えたんじゃないか、まったくお前は!」
ハシゲンは飛び起きて、電話したが、まったくつながらない。
「24時間体制のはずのコールセンターがどこもでないだと、どうなっているんだ」
名刺入れをひっくり返し、マンション管理会社の幹部に電話してみる。
『ああ、ハシゲンさん、も、申し訳ない。こ、こちらも何がなんだか』
「い、いったいどういうことなんだ」
『さ、さっぱりわからんのですよ。何しろ、コールセンターの契約社員のほとんどが突然いなくなってしまって』
「いなくなるって」
『言葉通りです、いないんです。連絡先に電話してみても、出ないんです。家族と同居しているらしい社員は家族が出たんですが、どうも心当たりがないらしく手。おまけに母親だの別の娘だのも失踪したとかで父親だが爺さんだかが電話口で怒鳴り散らしたりして』
「つまり、その、コールセンターの、現場にいる人間が大量に消えた?」
『そ、そのコールセンターの人間だけじゃないんです、修理担当やら、整備担当などの、現場担当が主の、そのいわゆる非正規の契約社員だの、下請けだののほとんどと連絡がとれませんで。と、とにかく残った人員で何とか対応をしておりますが。わ、私も行かないと、失礼します』
困惑しながら幹部は電話を切った。
「ま、まさか現場の人間、下っ端の奴らが…」
ハシゲンがはっとしたところで妻の叫び声が聞こえた。
「あ、あなた!水がでないわ!」
「うるさいな、お前は!いったい何を馬鹿なことをいってるんだ。完全管理のマンションなんだぞ。どうせ力がでないだけだろう」
ハシゲンは洗面台の前の妻を押しのけて、蛇口をひねるが、お湯どころか水の一滴もでない。
「ま、まさか、す、水道のメンテナンス担当もか!マンションの管理人もいないのか!」
「ど、どうしましょう、私たち下手するとこの部屋から出られないわ」
「そ、そんなことがあるもんか」
「だって、なんのかんのといいながら、あの人たちに頼ってたのよ。ああ、こんなことならお給料あげて待遇良くしてくれっていう要望聞けばよかったのよ」
「な、何をいうんだ!ロクなこともしない老夫婦なんだぞ」
「だって、ごみ捨てとかマンションの清掃だけじゃなく、住人同士のいざこざとか、マンション修繕費積み立ての監査なんかもやってもらってたのに。いつも忙しくてお茶を飲む暇もないって、奥さん言ってたわ、こんなに忙しいなら、給与上げてもらうか、やめるかだけどって」
「と、年寄りの再就職先なんてそんなもんなんだ、贅沢だ。そんなに嫌なら、金をためるなり、もっといい職をみつければいい、自己責任だ」
「この不景気で、リストラ組にそんないいとこはないわっていってたわよ。リストラって言っても、上の人間の報酬はそのまま、業績が悪化したのを社員に押し付けたそうだから、本人のせいともいえないんじゃない」
「そんな身勝手な言い分を信じるなんて、だからお前は甘いんだよ!それより水道と電気だ、い、命に直結するんだぞ」
「そうね、そういう人たちも、どっかにいっちゃったのよ。今の境遇に耐えられなくなっちゃったのね」
「ど、努力が足りないんだ、いい職に就けないのは自己責任だろ」
「人に必要な仕事をしてるのに給料が安いのが自己責任なの?」
「そ、それは」
言葉に詰まったハシゲン
そこに電話が鳴る
『ああ、テツかい、ヘルパーが来ないんだよ、どうしよう』
別居している母親からだった。
「お、お袋、そ、それは、その。ヘルパーステーションに電話したのかい」
『したけど、誰も出ないんだ。困ったよう、御飯が食べられないよ…。ああ、まさかこないだ怒鳴ったのがいけなかったのかね、それとも飯がまずいから交代してほしいとか…。ねえ、お前が来ておくれよ』
「いや、その」
気難しくて、怒りっぽい母親の相手などしたくない。そうだ妻に行かせるかと考えた途端
『お前の嫁さんは嫌だからね、あの人はアタシのいうことにいちいちケチつけるんだから。緑黄色野菜をもっと食べろとか、歩いたほうがいいとか。口うるさいんだよ、まったく』
「お袋いいかげんにしてくれよ、とにかくなんとかしてくれ」
と、無理やり電話を切る。
「ふう、ふう、どうすりゃいいんだよ」
「どうしようもないみたいよ、みんな逃げたのよ」
「は?何言ってんだ」
「一生懸命やっていても、無理な注文をされて、できなければ罵倒される。やっても褒められない。親や上司や理不尽な客の言う通りにできないと、虫けらみたいに扱われる」
「何を言い出すんだ、お前は」
ハシゲンの怒りを無視するかのように妻は淡々と話している。
(な、なんだ、いつも言い返さないのに。黙って言うことを聞かないなんて。お袋の機嫌を取るのがそんなに嫌なのか、それとも、こないだ三男を怒鳴ったときに、お前の育て方が悪いんだといったことをまだ気にしているのか)
「それで、躓いたら、自己責任だって言われるのよね。学生が貧乏なのも、成績が振るわなくて親の無茶な期待に応えられなくて潰れたり、犯罪を起こすのも。家族の板挟みになって、あちこちに気を使って、夫にも子供にも理解されなくて死にたくなるのも自己責任なんでしょ」
「な、何をわけわからないことを」
困惑するハシゲンを無視して妻は話し続ける。
「自分でもどうしようもないようなことに振り回されるのも自己責任、産まれてきたのも、貴方と結婚したのも、子供を産んだのも、忙しい貴方のために育児や家事に専念せざるをえなかったのも…」
「いったい、何が不満だっていうんだ。こんな高級マンションにすんで。お、俺だってだな、知事をやめたり、党の要職をやめたり大変だったのに、いろいろ稼いでいたんだぞ、まったく、アイツといい管理人といい、どうしようもないやつばっかり」
「あの子のこともそうなのね。上の子たちと違って、人を利用したり、うまいようにあしらったりできないから、馬鹿にするのね。素直でいいところもたくさんあるのに、貴方の気に入らないから」
「あんなお人よしだと生きていけないんだぞ、周りの連中を利用するぐらいでないと。それで俺は成功してるじゃないか、マスコミだのなんだのをうまく使って、だな」
「そんなこと、したくないのよ、あの子は。素直でいい子だから。ああ、ホント、素直にいい人間になると生きていけないなんて、このニホンって国は確かに“死ね”ね、もっとちゃんと生きていける“ニッポン”のほうがいいわ」
「は?何を言って」
「子供たちからメールが来たわ、上の子たち、困ってるみたいね、いいように使ってたオトモダチが消えちゃって」
「え?」
妻が無言でスマートフォンの画面を差し出す。
“パパ、どうしよう、皆いないのよ。私、一人じゃどこにも行けないのに、彼が消えちゃった”
“オヤジ、寮の奴らが消えた、畜生、定期テストどうすりゃいいんだ、奴らが頼みだったのに”
「あの子らの彼氏や友達が消えた?そんな…馬鹿な、ほかでもこんなことが」
「非正規の人たちや下請けの人もヘルパーさんも消えちゃったって言ってたじゃない。きっと管理人さんも、よ。こんな、小賢しい人間たちにいいように使われるだけの酷いニホン国から逃げたのよ。ああ、あの子もだわ、ほらみて」
妻が指さした最新のメールは三男からだった。
“父さん、僕はもう嫌になっちゃったんだ。父さんや姉さんたちのように他人を利用していて、そのくせ、利用され使われるのは自分たちのせいだなんて暴言を吐くような人たちには耐えられない。僕は、僕らは人がちゃんと生きられる”ニッポン”に行くよ”
「おい、こ、これは」
「その通りなんでしょうよ。私も行こうかしら、“ニッポン”に」
「え?」
驚いて、スマートフォンの画面から目を上げると、妻の姿はなかった。
「な、なんなんだ!一体」
液晶画面にはいつのまにかゲーム“ニッポン”のアプリが起動していた。
“ニホン国における大量失踪事件の件ですが、なんと、あの総理が我が国に対して援助を要請しています。国民が半減、いや三分の一以下になったかもしれず、各種インフラに多大な支障がでているとか。いかがいたしましょう大統領”
“放っておけ、補佐官。あの失踪事件はニホン国だけに起こったものだとの分析だからな、隣国とはいえ我が国に直接の影響はない”
“しかし、本当にゲーム世界”ニッポン“に人々が転生したというのでしょうか。我が国や中国であのゲームをプレイしたものによると、事件前後にキャラクターが大量に出現。平和で穏やかな国を作り上げ、幸福そうに過ごしていたとか、むろんゲームですが”
“ああ、私も聞いている。実際のニホン国に似せた国で暮らす、国造りとか、育成ゲームみたいなものだとな。ニホン国では、これが本当のニホン国なら素晴らしいとかいう声もあったとか”
“はあ、確かにそんなゲームです。しかし、問題はゲームのなかに実在の人物が転生するなぞ、あるんでしょうか”
“さあ、わからんが、実際に大量失踪事件が起きたのは間違いない。失踪直前に”ニッポン“に行きたいといった失踪者が多数いたことも確認されてるんだろう”
“はい、そういった証言がありますが…、しかしあまりにも荒唐無稽です、大統領”
“確かに、そうだな。しかし考えてみればニホン国ではそんな小説だの漫画だのが流行っていたという。よほど現実世界から逃げたかった人が多かったのだろう。それが本当に起きたなら、彼らの願いが叶ったということじゃないか”
“科学的に説明がつかないと欧米やら中国でも科学者たちが首をひねっておりますが、ニホン国だけに失踪事件が起きたのは間違いないようで。我が国のプレーヤーは無事ですし”
“ああ、我が国の国民は現実が嫌なら声を上げるなり、デモをするなりするだろうよ。多少過激な奴らもいるだろうが、ゲーム世界に逃げようなんて思いもしないだろう、違うかね、補佐官”
“確かに我が国の国民は厄介なところもありますが、異世界転生、なんてことは考えないでしょうな。しかし、このままニホン国を放っておいてよいのでしょうか。エッセンシャルワーカーや非正規労働者など現場で直接働く人間が消えてしまってニホン国はたちゆかなくなるのでは”
“かといって、我が国が援助して人員を送っても感謝もしないだろう。なにしろ農業や工業が立ち行かなくなるのに、技能実習生などという名目で他国の若者を言葉巧みに呼び寄せてこき使い、虐待していた奴らだからな。あの国の政府の奴らもそれを黙認していたのだぞ。第一、我が国を未だ見下しているような奴らばかりだろう、今残っているのは”
“確かに残っているのは与党の政治家とか、財界人とか、そういった人間に取り入った人間ばかりで。ああ、メイジの党の連中もいましたな、衛星与党だの、と揶揄された、党首他大半が残っているようで”
“メイジ?あの自己責任論をふりかざしていた元党首か、あんな連中を援助しても感謝どころか利用されていいように使われるだけだ。だいたい、国民の大半が逃げ出すような政治を行った結果だろう、これは。それこそ奴らの自己責任だ”
“そうですな、国民の望む国にできなかったんですから、まさに政治家の責任ですな”
“その通りだ。我が国なんぞ、できなければ、辞任後でも首が飛ぶ。ま、ニホン国はほうっておけ、いざとなれば米国だの国連がなんとかするだろうよ”
大統領は椅子に深々と座り直し、ニホン国への丁重な断りの書簡を書き始めた。
この”小説家になろう”でもそうですが、転生ものとか流行っているようですね。小説やゲームは一種の現実逃避とういう見方もあるそうですが、ゲームや小説のなかに転生というのは、究極の現実逃避ということなんでしょうか。残念ながら筆者には、転生したいというような物語は書けそうもありませんが。