07.心傷魔王と優しき聖女〜そして世界にちょっとだけ平和が訪れた日〜
日差しが刺さない祠生活というのも案外不便です。
現在時刻を確認するため、天気を確かめるために一度祠の外に出なければなりません。
それが私の日課の一つ。
晴れ渡った朝日の日差しに深呼吸、そして身体をほぐすと。
「……失礼、邪神様の祠はここで合ってるかね?」
声の方向に振り返りながら答える。
「はい。此方が邪神様の祠ですが……!?」
思わず絶句してしまった私は悪くないです。
だって私の目前に冴えない窶れた顔に長身……いえ、そこまでは良いんです。
問題は頭に冴えた立派な角と邪悪な魔力!!
そう、手配書でよく見る魔王その人が私の目前に居るのです!
いやぁ、なんでやねん。
……いえ、少し冷静に考えてみましょう。魔王は現在人類と戦争中でそりゃあもうお忙しい方。しかもここは敵地のど真ん中と言っても差し支えない場所。
普通そんな所に魔王が居るでしょうか? いいえ居ませんとも!
つまり彼は魔王のそっくりさんで、邪悪な魔力はきっと私の勘違い。
「……あ、あのぉ。失礼ですが、手配書でよく見かける魔王ですかぁ?」
「いかにも我は本物の魔王である」
非常に窶れ何処か疲れ切り、例えるなら捨てられた仔犬のような眼差しを向けて彼はそんなことを。
……神様、嘘だって言ってよ!
しかし非情にも神様のお告げは来ない。
それにしてもなぜ彼はこんなにも窶れているのでしょうか? 精神的にも参っている様子ですし、ちょっと無視はできませんね。
あわよくば邪神様の力を譲って貰えるかもですしね!
「先程の質問ですが、此方は邪神様の祠で合ってます。それに大変お疲れのご様子! ささ、ひと目に遭う前に中へどうぞ」
「貴殿はお優しいのだな。こんな我に温かな言葉をかけてくれるとは」
思わず伝統の聖女スマイルが固まった。
何が有ったのか知りませんが、どうにも魔王は心労を重ねている様子。
……あぁ、なんとなく予想は尽きますね。先日の邪神の話しと統合すれば、ですが。
それから私は彼を連れて邪神のもとへ向かうと。
「随分と様変わりしたが、懐かしいなあ」
魔王は辺りを見渡し、小さな笑みを浮かべてそんなことを。
なんだか魔王が可愛く見えるって末期ですかね? それとも私は疲れているのでしょうか。
そんな事を思っていると邪神は魔王に、
「やぁ、随分と窶れたね」
非常に軽い感覚であいさつを。
もう少し労わるとか無いんですかね?
「お久しぶりです邪神様。……これは配下と民から信を得られない我の不徳の成すところ」
「力を得るという事はまた孤独になるものさ。世界の敵としての完成形態、されども君の心はそれに耐えられずか」
やっぱり。魔王は世界の敵として疲れて此処に来た。
世界の敵なら敵として潔く散れ、非情ですがそう言う方も居るでしょうね。
ですが、孤独はまた別ですよ。
弱かった魔族は邪神の力を授けられ強くなって魔王へ至った。力を持てば人が集まり、魔王として慕われるのだと。
けれど魔王に待っていたのは孤独感だった。誰にも理解されず慕われず、そして魔王の役割は世界の敵として討たれること。
私の推測ですが……あれ? 目から涙が。
「それで君は力を返上しに来たのかな?」
「えぇ、我は不敬にも邪神様との契約を果たせないと判断。故に力を返上し自害しようかと」
疲れ切った眼差しでそんな事を言う魔王に私は、
「ちょっとお待ちよ!!」
口を挟んだ。
本当にこればかりは口を挟まずにはいられない。
「貴方は孤独感に苛まれたのでしょう? ならしばらくここで暮らすと良いです!」
「えっ」
邪神が嫌そうな顔してますが、迷える仔羊を見過ごすほど私は邪悪ではありませんとも。
「貴殿は魔王の我になんと温かい言葉を! いや、しかし流石に邪神様と貴殿と共に過ごすのは迷惑ではなかろうか?」
「ここで自殺される方が迷惑です! ……大丈夫です、此処は邪神様の庇護の下。全てを忘れて静かに暮らして良いんです」
私は魔王の頭を抱き寄せ、そして。
「そして邪神様の力を私に譲渡すれば全てが解決です」
妙案を囁くと邪神様が真顔で、
「最後で台無しだね」
そんな事を呟いていますが無視です。
「我が授かった邪神様の力を……この心優しき娘に? ならぬ! それはならぬ!」
「えっ? そこは私に譲ってくださいよ」
「貴殿は分かっておらぬ。邪神様の力というものがどんなものか」
絶対的な魔力の塊としか。そういえば、得られれば世界は思うがまま程度に認識してましたが、実際はどうなんでしょうか。
「邪神様の力とは一体どんなものなのですか?」
「たった雫程度の力でさえ人も魔族も超越してしまえる力! それは純粋な力の概念そのものであり、世界に理解者を排除してしまえる恐るべき力」
そうですか。つまりそれは、
「分かったのなら力を得る事は諦めよ」
「俄然欲しくなってきましたよ!」
「「えっ?」」
「刃向かう敵も、力に群がる寄生虫も寄せ付けない力! それはつまり、簡単に権力者を影から操り思うがままに貧困者を救えるという事です!」
力が有れば排除と考えるのが人の道理。
ですが、それは対処可能な範囲での話しです。
故に私が心から求めているのが邪神の力そのもの。
とはいえ、あの契約書で目的の半分は達したも同然なんですよね。それも助力という形で邪神の力を借りて。
「だから君には力は貸さないよ。魔王もいつまでも抱き付かれて無いで引き剥がしたらどう?」
「しかし、邪神様。我は産まれてこの方、一度もこの様に抱擁された事が無いゆえ……もう少しばかり人の温もりを感じたいのですが」
おや、平均よりも胸の小さい私に温もりを感じるだなんて可愛い魔王ですね。
「どうぞどうぞ。こうして心傷を抱える者を癒すのも聖女の務めですからね」
「……へぇ。君はたまには聖女らしいこともするんだね」
「何です? 邪神様も聖女の抱擁が欲しいのですか?」
「願ったら最後、君に力を奪われそうだからねぇ。それに魔王は随分と安らいでる様だし、僕からもお礼を言わせて欲しいなぁ」
邪神がそんな事を。
それは正に意外でした。だって邪神が他人のためにお礼を告げ、ましてや頭を下げるんですから。
それに急にそんな態度を取ると照れるじゃないですかぁ〜。
「それはそうと私に力を貸してください」
「うん、断る。魔王も彼女が聖女のままで居るためにも力を貸しちゃダメだよ」
「存知してありますとも。この邪念を合わせ持つ心優しき聖女殿に、我のような想いをさせぬためにも」
あぁ、この二人の意志は硬い。
どう有っても私に力を貸してくれそうにはありませんね。
それでも私は諦めませんとも!
こうして邪神の祠に新しく同居人が増え、世間では忽然と魔王が姿を消した事で少しの混乱と幾許かの平和が訪れたのでした。
その後私が邪神の力を借りられたか? 力は借りられずとも子を授かり家族揃って邪神の祝福を授かりましたとも。
―― 聖女は邪神の力を借りたい 完 ――