04.聖女と勇者?
思わず背後を振り向くとそこには眼も眩むほどの光が!!
「うわっ! 眩しい?!」
多少の灯りが灯された密室が突然眩い光に包まれると、目が見えなくなりますよね。
思わず私が目を覆い隠したのも無理もないこと。
「聖女様! 勇者ライオスが救いに参りました!」
そんな男性の声に私は思わず顰めてしまった。
誰もそんなことは頼んでいない。
そもそも彼は本当に勇者なのでしょうか?
私が知る勇者の情報は、イケメンで神に選ばれたお方。
伝え聞く情報では赤髪で十代後半。名前は、なんでしったけ?
ですが目の前の人物は、全身が光に包まれ顔すら見えませんが!?
ふと今朝の出来事が蘇る。
そう言えば今朝も無駄に眩しい人とぶつかりましたね。
同じ人でしょうか?
いえ、それよりもライオスにはお帰り頂かなければ。
「あの、私は助けられる覚えが無いのですが」
「聖女アイリス様、みなまでも言わなくとも分かってます。貴女様は邪神に生贄として無理矢理従わされているんだね」
この自称勇者は何を理解したのでしょうか?
確かに今のは私の説明不足かも知れませんね。
そう考え私は再度口を開きました。
「いえ生贄として彼を鎮める役割があるので、勝手に連れ出されると困るのです」
私が居る本来の役割をしっかりと説明しました。
これなら彼も帰るはず。
そう信じていた私の心は、彼の言葉で否定されました。
「うん! 今から俺が邪神を倒せば解決だね!」
ひょっとしてこのお方は人の話を聞かない猪突猛進タイプなのでは?
ですが邪神を倒すと公言する程には実力に自信が有るようです。
もしかして邪神が私のために戦ってくれるのではないのか。
そんな期待感から石の棺に振り返ると。
「あれ? あれぇぇー!?」
そこには邪神の姿は無く、代わりに灰が石の棺に積もっていました。
邪神は何処へ消えたのか、まさか戦うことすら面倒臭くて姿を隠したのでしょうか?
「じゃ、邪神様〜!!」
辺りを見渡しながら彼を呼んだ。
しかし返事は無く、虚しく風が吹く。
あっ、吹いた風に灰が攫われていきましたね。
「邪神! 隠れていないで出て来い!!」
ライオスも呼び掛けましたが、彼は姿を見せません。
本当に居ないのですか? このまま私が連れて行かれても良いのですか?
そう言えば私が連れ出される事は彼にとってはメリットでしかない。
しかし私は意地でも帰りませんよ!
「こほん。ライオスさん、生贄の私がこの場から離れる事はできません。何故ならここを無断で離れれば邪神様の怒りが世界を襲うからです」
私の説明はちゃんと彼に伝わっているのでしょうか。
顔が見えないので表情も分かりませんね。
そんな事を考えていると。
「仕方ない。邪神よ、次こそは聖女様を解放させたもらうからな!」
彼はそう言って出口に向かって歩き出しました。
あっ、意外とその辺りは理解してるんですね。
というか邪神は一体何処へ。
ライオスが去ったことで再び薄暗くなった祠を見渡した。
燭台の灯に照らされる石の棺に視線を移すと。
「……えっ?」
思わず間抜けな声が漏れたのは仕方ないこと。
だって、石の棺の上に邪神の顔をしたスライムが蠢いてるんですもん。
「やっ、本当に待ってください!!」
私が叫ぶとスライム化した邪神がこちらを向き。
「今日はよく叫ぶね」
平然とそんな事を言いやがりまして。
一体誰が原因なんですかね!
「……ライオスが来た辺りから姿が見えませんでしたが? そもそもどうしてその様なお姿に」
「あぁこれね。僕も驚いたよ、何百年も光を浴びないで居ると肉体が灰になるんだねぇ〜」
そんな人間居ねえよぉ。
いえ彼は邪神でしたね。
そもそも光を浴びて灰になるなんて吸血鬼じゃあるまいし。
「吸血鬼みたいですね」
「そもそも吸血鬼は人間の愚かな恐れ、想像力が産んだ怪物さ。世界に生息する怪物の一部は人間の想像力が具現化した存在なんだ」
かの有名な串刺し公は吸血鬼として有名ですが、そのお方も人間の想像力で怪物に成り果てたのでしょうか。
「人間は未知や無知から頭の中に巣食う怪物を現実に具現してしまう。幼児がベッドの下に潜む怪物に恐怖するようにね」
なるほど。
話しが逸れている気がしますが、邪神の話しは分かり易いですね。
「それで……スライム化も想像力の具現化とでも言うのですか?」
「あぁこれ? これは違うよ」
違うんですか。
「肉体を再構築させるには一度流動体に変化させた方が速いからね」
邪神がそう言うとスライムが蠢き出し、徐々に人型を形成。
もう既に女の子にとって気持ち悪い再生の仕方をしてますが。
スライムが元の邪神の姿を形成すると禍々しい魔力が、彼の周囲に集いだしました。
するとスライムが闇に包まれると一瞬で邪神は元の姿に。
「ほらね」
何がほらねですかい!!
「そんな芸当は人には無理ですね。第一ライオスが来る度に灰になるつもりですか?」
「彼はまた来るの?」
非常に嫌なそうに顔を顰めても現実は変わりませんよ。
「えぇ私を連れ出しにきっと来るでしょうね」
「僕にとっては何一つ得が無いよね。でもまぁ君は君の意志で此処に居る。なら僕は君の意志を尊重しよう」
真っ直ぐな眼差しでそんな事を言われて、私の心臓がざわつきました。
ふ、不意打ちとは卑怯な!
「ま、まあ……邪神様がそう言ってくださるなら私は安心です」
「とは言っても僕は何もしないけど」
間違いなくライオスとは戦闘になる。
なのに何もしないとはどう言うことか。
自分で言っては何ですが、私は無抵抗な人が殴られる姿を見るのが一番大嫌いなんですよね。
とはいえ邪神と自称勇者、どちらが強いのか純粋な興味も有る。
「何もしないで無抵抗にやられると?」
「何もする必要が無いんだ」
そう言って彼は石の棺に座り直し、小さく欠伸を掻く。
「殆どそこから動かないですよね」
「此処は僕のベッドのようなものだからね。君は冷たい床で寝てるけど、平気なのかい?」
おや? 私はひょっとして気遣われているのでしょうか。
確かに床は冷たくて毛布が無ければ風邪を引いてしまう。
ですが改築中の祠ですからね。
私がこつこつと作っているベッドが完成するまで我慢です。
「ベッドの完成までは我慢です。ですが、実は地べたを寝床にする生活には慣れ子なのでした」
邪神の瞳が一瞬だけ煌めき、私は思わず首を傾げした。
一瞬だけ見えた彼の表情。
優しげな笑みを浮かべていたのは気のせいだったのか。
それを問う前に邪神から寝息が聴こえ、私は息を吐いた。
本当に彼は静かに暮らせさえすればそれで良い。
それこそ何処かで誰が死のうと世界が滅びに向かおうとも。
そんな事を考えていると不意にライオスの言葉が頭に過ぎる。
「魔王ぉぉ!! 邪神様よりも魔王退治に行きなさいよぉぉ!!」
使命を放置している自称勇者に私は精一杯叫びましたとさ。