03.聖女は問答する
聖女アイリスが邪神の生贄に捧げられ早くも数週間。
今日もアイリスが聖都の神殿に訪れると。
「はぁ〜また来たんですか? まあ邪神を抑えてくれているなら構いませんが」
僧侶が渋々ながらアイリスに食料と路銀、それから着替えの入った荷物を手渡す。
アイリスはそれを微笑みながら受け取り邪神の祠に向けて帰路に着く。
その道中、都の住民からのひそひそ話を受けながら。
住民の声に居た堪れず駆け出すアイリス。
しかし突然走り出したがために眩い鎧を装備した誰かとぶつかる。
「す、すみ……うわっ! 眩しい?!」
眩い輝きに遮られ、ぶつかった人物の顔が見れずアイリスは手で光を遮る。
そんな彼女に。
「大丈夫かい? 見たところ神殿の人のようだけど」
男性の凛々しい声。差し出す分厚い手に他者を思い遣る気概が感じ取れる。
アイリスは少しだけ迷いながら男の分厚い手を取った。
硬く無骨な手。そんな印象を受けながらアイリスは口を開く。
「いえ、私はもう神殿の者じゃないので。あっ、先を急ぐで失礼しますね!」
駆け出す彼女の後姿に男はポツリと。
「可憐だ。何て可憐で美しい少女なんだろう」
アイリスの容姿に惹かれていた。
同時に彼の耳にとある真実が舞い込むことに──
▽ ▽ ▽
聖都での屈辱にいよいよ堪えきれなくなった私は。
「ふぐぅぅぅー!!」
声を噛み殺し泣いていました。
そして優しい邪神はそんな私に。
「君は聖都に行く度に泣いて帰って来るけどさ。馬鹿なの?」
全然優しくもない辛辣な言葉を浴びせて来やがりましたよ。
それは当然かも知れません。
だって邪神にとって私は邪魔でしかない。
それでも私がこうして食料を持って来ない限り、飢えるだけです。私が!
「僕に食事は必要ないって言ったよね? ちゃんと頭の中に詰まってる?」
邪神は自らの頭を人差し指で叩き、私を可哀想な者を見る眼で見ていました。
同情は要らないから力をくれやがれ。
「同情するなら力を貸してくださいよ。そうすれば聖都の畜生どもを根絶やしに……!」
拳を握り締め、そう宣言すると彼は面倒臭そうに寝そべるばかり。
「君は何で間違えって聖女に何か成ったのさ」
「間違えって……失礼な事を言いますね。まだ私は14歳ですけど、これでも修道院では天才児で空間魔法も扱えたんですよ」
ふふんと彼に、ちょっと同年代より貧相な胸を張ると。
彼はどうでも良さそうに口を開いた。
「ふーん。珍しい魔法を使うね、昔神々が空間魔法と治療魔法が有ると人間の数が捌けないとかで封じた魔法なんだけど」
マジですかいな。
そんな理由で空間魔法と治療魔法が封じられていたことに私は驚きを隠せませんでした。
同時に納得もできる。
確かに治療魔法一つで重傷患者の砕けた骨から、潰れた肺まで治してしまえますからね。
空間魔法に至っては質量も物理法則も無視して何でもしまえちゃう便利魔法です。
そもそも治療魔法とか魔法書に記された呪文を限られた人が習得できる高難度魔法。
謂わばそれ相応の知識が有れば習得できてしまう。
封印していたにしては杜撰では?
「君、杜撰って思ったでしょ? 魔法の封印は時を重ねるごとに緩むからねぇ。こればかりは神と邪神にもどうにもできないんだよ」
ほほう。いい事聞きましたね。
封印される程の危険な魔法がまだまだ存在する。
それが時間経過で緩んでるとなれば、魔族が手にすれば危険です。ですが私が手にすれば!
「なるほど? つまり他にも封印が緩んだ魔法が存在すると」
「君にそれを教えたら真っ先に封印解除に向かうでしょ」
「いやですねぇ。流石にそんな危険な魔法を扱おうとは考えませんよ」
「僕の力の一部だって危険だよ」
彼とはこんなやり取りを続けていますが、私には本当に行き場所も居場所も無いんですよね。
元々家族も親族も居ませんし。
「まあいいや。それよりも君はどうして聖女なんかに? 魔王の仲間の方が似合ってたと思うけど」
「その道も少しは考えましたとも」
「考えていたんだ」
「ですが、世界を滅ぼす者と人々のために献身的に空間から薬を取り出し提供する。果たして何方の方が心象に良いでしょう?」
「後者の方は善人だけど、僕は前者の方が心象が良いかな」
それは彼は邪神だからか、いつも通りの表情で語る彼の考えが判らない。
世界は滅ぼしたくないと言う割には、滅ぼす者を肯定する。
それは矛盾だ。
彼は矛盾してますね。
「貴方は前に世界を滅ぼしたく無いと言ってましたが」
「その考えは変わらない。……例えばだけど世界平和を成すには何が必要だと思う?」
難しい問いに私は悩んだ。
どうすれば世界が平和になるかなんて偉人でも判らない。
そもそも判っていたらとっくの昔に世界平和が実現している。
世界中に生息する怪物だって生きるために人々を襲う。
でも生物である以上、怪物も自然の摂理に従っているだけですから世界の敵とするには弱いですね。
武器も魔法も必要とされなくなる世界?
判らない。どうすれば世界平和が実現するのか。
しかし答えられないのも癪だ。
「そうですね。食べ物に困らないでしょうか?」
「それも一つの答えだね。でもそれ単体じゃあ意味がない」
「つまり他にも必要な要素が有るんですね」
「そう。世界の人口一千万人が飢えない食料、土地、言語の壁、等価の価値観、武器の無い世界、魔法が要らない世界、社会の平等性、そして世界の敵さ」
早口で一気に語り出した邪神に私は思わず首を捻っていた。
世界の敵が世界平和に必要なのか。
それが判らないからだ。
「世界の敵に全ての敵意を集め、みんなが手を取り合うのさ。一緒に世界の敵を倒そう、協力しようってね」
彼の冷徹な眼差しに、私の身体に寒気が走りました。
それでは一人の犠牲の上に成り立つ世界平和。
確かに彼の言う世界平和理論ならもしかしたらと思う自分が居るのは確か。
でも同時に一人に全てを任せるのは違うと考える私が居る。
そして何よりも世界には既に怪物と魔王が居る。
「それでは一人は救われませんね」
「そうだよ。世界平和を実現するには他にも方法は有るけど必要悪がいるんだ。それが今の魔王」
私は彼の口振りに疑問が芽生えました。
それは魔王を知っているような口振り。
「魔王と知り合い何ですか?」
「知り合いも何も僕が力を貸したからね。ほんの雫程度の力だけど」
こ、こいつ! 私には力を貸してくれないのにいぃ!!
思わず握り拳を作った私に邪神は肩を竦めていた。
「彼、とても弱かったんだ。魔族の中でも人間の子供に喧嘩で負けるぐらいにはね」
「哀れ過ぎたから力を貸したんですか?」
「うーん。彼は努力していたんだ、それでも彼の努力は実らず。絶望した彼はここに来たのさ」
「あぁ、邪神様から力を借りようと」
「自殺しにね」
「そっちですかい!? 当時の魔王は精神的に追い詰められていたんですか!!」
「孤独はどんな毒よりも猛毒だからね。まあ、僕としてもここで自殺されるのは困るから取引を提案した訳」
彼の言葉に漸く合点がいく。
自殺を阻止するためとはいえ、力を貸す代わりに対価として世界平和の実在を要求したと。
「世界平和のために……いえ、邪神様が静かに暮らすためですか」
「そっ。いつも争いが起こると人間は僕に求めるんだ。あの国に飢えを齎して欲しい。あの国に難病を蔓延させて欲しいなんてね」
「でも魔王が現れたら邪神様を求める人々は居たんじゃないですか?」
「君のような変わり種以外は、神々に選ばれた勇者の登場を望んでいたよ」
つまり私以外に邪神の下に来た人間は居なかったと。
居たとしても生贄として。
あれ? でもそれなら私に力を貸しても良いはずでは。
「如何して私に力を貸してくれないんですか? 貸してくれれば魔王のお手伝いをしますよ」
「嫌だよ。魔王が下手に力を得ると僕としても都合が悪い」
ぐぬぬ。確かに邪神の力を借りた存在が二人となれば、いよいよ神々が動く事案ですね。
「神々降臨を懸念してですか?」
「そっ。連中は破壊するだけ破壊して帰って行くからね」
「あの? どっちが邪神ですか?」
「さあねぇ。人間が神々を邪神と再定義すれば邪神だし、そうじゃないなら神々だよ」
つまり人間の価値観や主観で神々の立場は変わると。
そう言えば彼は何故こんな場所にずっと居るのでしょうか?
そもそも何故世界の半分を滅ぼしたのか。
「話は変わりますが、邪神様は如何して世界の半分を滅ぼしたのですか?」
「僕は自分でも驚く程に酒に弱かったようでね。気が付いたら世界の半分は焦土でした〜」
「そんなテヘッと笑っても無駄ですよ! なに酔った勢いで世界の半分を滅ぼしちゃたんですかっ!?」
「だから僕はそれ以来お酒は飲まないんだ」
いよいよとなれば、教皇に世界の半分が滅びた真実を伝えましょう。
そしてそこで判らせてやるのです。
一体誰が世界の命運を握っているのかをね!
「君、思考回路が魔王よりも恐ろしいね。人間のクズって奴かな」
「そ、そこまで言うことないじゃないですか! 私は裕福に悠々自適に暮らせればそれで良いんです。ですから脅しも手段の一つなのです」
本当は良くない事とと理解はしていますが、善意でお腹が膨れるなら世界は平和です。
それはそうと何故彼は此処で大人しく暮らしているのでしょうか?
「こほん。次の質問です、何故邪神様は大人しく封印されているのでしょうか」
私の質問に対して邪神は、あぁと小さく唸り声を出すとこちらを真っ直ぐ見つめて。
「あれは世界を半分滅ぼした数日後ぐらいだったかな? 此処で暮らしてくれないかって頼まれたのさ」
「つまり騙されて封印されたと」
「彼らが僕をこの地に縛り付けることは分かっていたよ。けどタダで暮らせる祠を提供されたんじゃあ、僕も其れ相応の対価を払わないとね」
なるほど。彼は自分が静かに暮らせるならなんでも良い。
そういう考えで封印を受け入れたと。
邪神は静かな暮らしが送れればそれで良し、だから大人しくしていると。
確かに私の望みでは邪神の望みとは正反対ですね。
それでも私の望みを叶えるために諦めませんが。
「納得しましたよ。頑なに力を貸してくれない理由に」
「最初から言ってると思うけど?」
「話しは聞いていましたが、やっぱり自分なりに納得したいじゃないですか」
「ふーん。まあ君が納得したなら良いけど」
邪神は感心が薄いのか、石の棺の上に寝そべり欠伸を掻き始めましたね。
ところでいつも石の棺の上に居ますけど、肩とか凝らないんでしょうか?
私がそう邪神に聞こうとしたその時でした。
背後から眩い光が溢れ出したのは。