変化
ルノーとの旅は思った以上に辛かった。
旅が進むにつれて、ルノーはイライラする事が多くなり。
「ねぇ、ルノーあれは何であそこに置いてあるの?」
「はぁ?そんなの知らないよ。興味も無いし、そんな事より早く歩いてよ」
「………ごめん」
私が知りたい事を質問しても、彼は全て一刀両断する。彼は私に興味が無い。
彼が興味があるのは、私を一秒でも早く王都に連れてゆく事だけ。ルノーが何を考えているのかわからない。
昨日はずっと雨が降る中を歩き続け、夜は濡れた体のまま寝てしまった。今日はとても体がだるい。そっと自分の額に手を当てると熱かった。
「ねぇ、ルノー今日は宿で休みたいんだけど」
「え?」
前を歩くルノーは今日は青年の姿だ。不機嫌そうに振り返る。
「体調が悪いの。少し休ませて」
「…しようがないな、分かったよ。そこで30分座りなよ。休憩したら行くよ」
「は?熱が出てるんだけど」
「熱?何それ、言い返せる元気があったら歩いてよ」
「………」
結局、歩きはじめて1時間も経たないうちに私は倒れた。熱で意識が朦朧とする、倒れた地面から彼を見上げれば、呆然と立ち尽くすルノーがいた。
あぁ、これが人外なんだ。
薄れゆく意識の中、感情が籠もらない無機質な目で私を見るルノーにようやく実感した。いくら見た目が人間でも、彼には心なんて無いのだ。この調子で彼のペースで動いていたら、直ぐに死ぬかもしれないと思うとゾッとした。
たまたま運良く旅人に助けられ、私は近くの村に運び込まれていた。
ルノーは人間のふりをしていても、宿に泊まる時や大勢の人の気配がする時には余程のことがない限り姿を現さない。
狭い部屋には私の荒い呼吸の音しかしない。
高熱で意識が戻ったり遠くなったりと夢うつつで、こんな熱が出たのはこちらに来て初めてだなあと呑気に考え、また別の取り留めもないことが浮かんでは泡のように消えてゆく。
苦しいけど生きている、とりあえずホッとした。
どの位経ったのか、熱で朦朧とした私の額にひんやり冷たい手がそっと置かれ私の熱を取り去ってゆく。
「…冷たくて、気持ちいい…」
つい気持ちよくて呟くと、ビクリと震え手は一瞬離れるが恐る恐るまた額に戻ってきた。
「…悪かった」
静かな部屋にルノーの小さな謝罪の声が落ちる。
「人間は…脆いんだな…」
ああ、彼は知らなかっただけなんだ。そう理解すると何故か気持ちが軽くなった。
額に置かれたルノーの手はずっと冷たいままで、私は久しぶりに深い眠りについた。
翌朝、自分でもびっくりくるくらい体調は戻っていた。部屋は有り難いことに風呂付きの部屋で汗を流す事が出来た。ルノーとの旅で初めてリラックス出来た。
風呂から戻ると部屋には簡単な食事が用意されていてルノーは居なかった。食事だけ置いてくれたらしい。
彼の小さな変化に驚く。
彼が初めて見せてくれた、私に対しての思いやりだ。
結局、その宿に3日間滞在した。
「これやるよ」
私が熱で倒れてからルノーはずっと青年の姿のままだ。体調も万全で今日から王都にむかう。そんな準備をしている時に声をかけられ、ルノーの手には重そうな革袋があった。
「なに?」
少し困ったように私を見つめている。
革袋を開けてみると、小さな瓶がギッシリと詰められ、その全てに青い液体がタップリと入っていた。
「ポーション。飲むと体力が回復する」
「え、こんなに沢山ありがとう。大切に飲むね」
「…あぁ」
ルノーが私の手を掴んで歩き出す。引っ張られて転びそうになるとルノーは驚いて私を見た。
「え、この位で転ぶのか?」
「まだ、転んでないよ。ルノーが歩くの早いだけだから」
「そ、そうか」
「あと引っ張るんじゃなくて、手はこうやって繋ぐの」
ルノーのひんやり冷たい手をとって繋いでみた。いつも青白いルノーの顔がほんのり薄いピンクに染まっている。
いや本当にどうしちゃったのルノーさん。
こっちまで照れるわ。




