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猫被り令嬢は語る2

 今から2年近く前のあの日───、自分がそのビジョンを見たのは、いつも通り全くの偶然だったと思う。



 ケイトが侯爵家に迎えられてからしばらく、ようやく社交界に出せるほど教養が身に付いたと判断されたあの頃。

 自分は父が屋敷に呼んだ宝石商達の商品を、ただ眺めていた。

 商人らは「侯爵家の一人娘に気に入られて御用達になれれば、今後安泰だ!」と信じて疑わず、ライバルを蹴落とそうと躍起になっていたのだろう。「これはいかがですか?初めての夜会にぴったりの品で、加工すればきっと良いネックレスになりますよ」とか、「いやいや!お嬢様にはこちらの薄紅色がお似合いになります!どうです、この大きさ!!」とか。


「いえいえ、それよりもこちらが───あっ!」


 白熱しだした売り込みに更なる参戦者が踏み込んで来たとき、ついに揉みくちゃにされた一人が手元を狂わせ、行商用のトランクが床に落ちた。


 ───ガシャンッ!


「大切な商品がッ!!」


 そんな叫び声が響き、床に強く打ち付けられた弾みで、トランクの中から宝石が飛び散る。


「────……………!」


 瞬間、音が遠くなったような感じがして、宝石の反射する煌めきがつぶさに観察出来るほど、目の前の光景がスローモーションになって………───。



(…ああ、来る)


 そうケイトが身構えた時、フラッシュが焚かれたみたいに一瞬で、脳裏に映像が映し出された。



 《男が、女にトランクを突き付ける》。

 《男が叫び、女は苦悩するように身を捩った》。

 《そして男がトランクの鍵を開け、中身をぶちまける》。

 《女の叫び声》。

 《男はトランクを強く床に叩き付けた》。

 《トランクの隠し蓋が外れる》。

 《布にくるまれた何かが、飛び出して床を滑った》。



(その中身は─────。《黒い》、………《宝石》…)



 そこで映像が切り替わる。モクモクとしたどす黒い煙、これは………。


 ─────《戦火》。


「…………うっ…………」


 ケイトは頭を抑えて後ずさる。映像は終わらない。


 《騎士の剣が交わる音》。

 《掲げられた2つの旗印》。


(…あれは《アスガルズ王国》と───《ヨートゥン帝国》……!!)


「うううっ、~~~~~……………!


───っはあッ!」


 ケイトは息を荒くして、ビジョンから回帰する。

 突然にぜぇぜぇと肩を揺らして呼吸し始めた自分に、宝石商たちもメイドたちも、皆困惑していた。

 だが、こっちもそれどころではない。

 《トランクから宝石が飛び出す》───その現実が映像との共通点を作り出し、引き金となって何かとてつもない『デジャブ』───いや、『未来予知』を経験してしまった!


(……嘘でしょう?……戦争が起こるっていうの??あのヨートゥンと??)


 ケイトは頭を抱える。


 自分が未来を見るのは、いつものことだった。でも、普段はこんな物騒な映像じゃない。見えるのはもっと日常的で、些細なものなのだ。


 しかし、ケイトにはなぜこんな映像が見えたのか心当たりがあった。


(──────『アル』様…)


 それは、以前自分を奴隷商から救い出してくれた騎士の名前。

 自分を正面から人間扱いしてくれた人の名だ。


 ケイトは侯爵家にやってきてからすぐ、あの騎士の身元を探った。

 直接会って、泣きじゃくるんじゃなく「助けてくれてありがとう」と、あの日言えなかったお礼を言いたかった。


 だが、どれだけ探しても『アル』という名の男性騎士は見つからなかった。


 あだ名である可能性も加味して考えられる限り該当する本名を列挙し当たっても、緑の瞳に暗い茶髪の男性はいない。


 それからしばらく、捜索は打ち切っていた。

 あまり外で目立つ行動をして父にバレると、「それを咎める」という名目で彼が自分を外出禁止にし、あたかも観葉植物のように扱い出す可能性があったからだ。


 故に、今分かっているのは、あの救世主が『アスガルズの騎士』だということだけである。

 …ちなみに、奴隷商から助け出されたあの日、現場へ居合わせたもう1人の騎士───『ジャック』の方に一縷の望みをかけて捜索を行った結果、『()()様』が『()()()()様』であると判明したのは、また別のお話だ。



 ──さて、話題を戻そう。

 アイロワ侯爵家へやってきた当時、『死んでもいい覚悟』は決まっていても、『生きる覚悟』は決まっていなかったケイトである。貴族生活が始まり明日の食いぶちを気にしなくて良くなった瞬間、「『生きる』とは何か?」とかいう哲学的難題を突き付けられて、この頃のケイトは辟易していた。


 そして、ケイトは短絡的にある答えを導き出す。


 「アル様に恥じない人間になろう」、と。


 もし将来会えた時、「助けた甲斐があった」とあの人に思って貰えるような────そんな人間に。


 だから今だって、寝ても覚めてもケイトの頭の隅にはいつも『アル様』がいる。


 ……なれるだろうか?あんな風に……。


 かっこよくて、綺麗で、強くて優しくて、困っている人を助けられる人に──────。


(…いいえ。────『成る』のよ。…今、この瞬間に!!!)


 きっとそのために、こんなビジョンを見たのだ!


 と、ケイトはそう確信する。

 あの騎士の身元が分からない以上、危険を直接知らせることも出来ない。いや、知らせたところで頭のおかしい女の戯れ言と思われるに違いなかった。

 ───なら自分が対処しなくては!


(待っていて………今度は私が助けるから!!!)



 『アル様を助けられる人間』。

 それはきっと、ケイトが『なりたい』と思う人間像───ひいては生きる意味の最終解答に他ならなかった。



「…んんっ、取り乱して失礼……頭痛がしたの。でももう大丈夫よ。ところで…」


 と、気を取り直したケイトが商人達に微笑みかける。


「私、欲しい宝石があるの。ご協力頂けるかしら?」




◇◇◇




 そこからは、以前ユーストスに話した通りだ。


 自分で考えられる限り、足の付かないルートで黒い宝石を用意したケイトは、それを本物とすり替えた。


 「どうしてそんなことが出来たのか?」というと、答えは簡単。あのビジョンに出てきた『トランク』だ。


 実は、あのトランクには持ち手にタグがくくりつけられていた。そこに記されていたのは文字と数字の羅列。

 ぱっと見ただけでは気付かない人もいるだろうが、ケイトはすぐにピンと来た。


 ──《RH 1130B-102》。

 あれは『積み荷の番号』だ!文字は乗る便の名前、数字は日付と通し番号───!


 それが分かった瞬間、ケイトは無限にある交通手段の名前を当たりまくった。


 そして、ついにとある船を突き止める。ヨートゥン帝国が運用している、<リングホルン号>と言う大船だ。


 ケイトは身元が乗船記録に残らないよう、自分で作った上げ底付きトランクに入り込んでリングホルン号に潜入した。監視をかい潜り積み荷に紛れて乗船する方法も、トランクの錠を鍵なしで開けたり閉めたりする方法も、全て母から仕込まれたことだ。まさか負の遺産がここで活きてくるとは思っていなかった。


 積み荷の警備員たちが交代で仮眠を取り出すくらいの時間帯まで待ち、髪を一括りに縛った上で深く帽子を被ったケイトが、トランクから滑り出る。「…1130B-102、1130B-102…」、脳内でそう繰り返しながら、黒い服に身を包んだケイトは暗くて高い収納棚が並んだ列をいくつも通りすぎた。

 そして見つける。11月30日に積み込まれたB棚の102番───これだ!!


「…………」


 ケイトは落ち着いて、懐から細長い棒をいくつか取り出した。トランクの簡素な鍵なんて、自分にかかれば有って無いようなものである。


 慎重に。だが急いで、耳と手の感触を研ぎ澄まし、解錠にあたる───ものの数秒で、それは開いた。


 中には女性ものの衣類、雑誌、化粧道具。

 ビジョンを見ていなければ、隠し蓋には気付かなかっただろう。


「…………」


 ………………カコン、と。


 ごくごく小さな突起を両側から押し込んで引き上げれば、簡単にそれは外れた。


 中から出てきたのは、ビジョンの通り布にくるまれた───《黒い宝石》。


(………………)


 母から意味も分からず強要されていた頃とは全く違う。……今からするのは、自分の明確な意思で行われる罪深い行い。


 ……それに躊躇したのはほんの一瞬のことだった。


 どら猫が店先から魚を取るのと同じ。

 ケイトはサッとそこから宝石を抜き去った。


 そして、代わりに用意しておいた偽物を包み直す。


 どこからか足音が響いてきた。……巡回の時間か。


 ケイトは焦らなかった。目線と耳だけそちらにやり、距離を計る。

 死なないための行為じゃなくて悪事だと自覚して気付いた───多分自分は、こなしてきた数が違う。


 ササッと宝石を戻し、隠し蓋を閉め直す。今度は小さな音さえ鳴らなかった。


 トランクの中身に異常が無いこと──特に自分の髪の毛なんかが紛れ込んでいないか──を冷静に確認した後、鍵をかけ直す。

 眠たそうな目を擦りながらやってきた警備員を楽々躱して、ケイトは甲板に出た。


 まだ終わらない。この宝石を片付けなくては!


 ぼんやりと明るい橙色のライトを避け、船尾まで近付き周囲に人の目がないことを注意深く確認した後。


 ケイトは大きくどうどうと鳴り響く波の音に紛れ込ませるようにして、その宝石を落とした。



◇◇◇



「─────もし、この依頼書にある宝石が、私の捨てた物のことだとしたら……、」

「………持ち主は偽物にすり替えられたことに気付いていて、今も犯人を探している……??」


 ケイトの言葉を引き継いで、ユーストスが続ける。


(………そんな…)


「どうして…。2つの宝石はほとんど見分けが付かない程似てたのに…」


 そんな呟きしか出てこなくて、ケイトは茫然とする。


「自首……。…して許してもらえる感じじゃない…ですよね」


 ユーストスの言葉に、ケイトは両目を瞑った。

 …………ほんとは分かっていたのだ。宝石を手に取ったあの日に。「こんなの、ろくなことにはならない」って。


(……あんなことしたくせに。『アル様に恥じない人間になろう』だなんて、笑わせないでよ───)


「じゃあまずは、この依頼人のことを調べてみませんか?」


「…………………………え?」


 怯えきったケイトが目線をあげると、ユーストスが困ったように笑っていた。


「友達が、我が家の姉のためにしたことで困ってるのに、放っておくことなんて出来ないですよ。……だから僕達だけでこっそり、ね?」





お読み下さり、ありがとうございます!


私事ではございますが、10年近く使用していた携帯を買い替えました。新しい携帯は、キーボードや画面の表示方法に違いがあり、慣れるまでは誤字脱字が多くなってしまうかもしれません…ご不便お掛けして申し訳ありませんが、使いこなせるようになるまで少々お時間頂きます!

引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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