猫被り令嬢は読み漁る
「ようこそ、アイロワ侯爵令嬢様。お待ちしておりました」
ケイトがマクホーン家のタウンハウスに訪れた時、小走りでやって来たのは初老の男性だった。彼は、この邸の管理を任されているマクホーン家の執事である。
クロエとお茶会会場で別れた後───ケイトはここで、別の用事を済ませようとしていた。
会場からそのまま乗ってきた馬車をスタッと降り、ケイトは軽く目で挨拶する。
「ええ。ごきげんよう」
「応接間にてお茶をご用意しております。早速ご案内致しますので──」
「お気遣いありがとう。ですが辞退いたしますわ……それよりも、ユーストス様は今どちらに?」
ケイトを応接間へ先導しようとした執事の言葉を遮ると、彼は少し眼を見張ってから肩を落とした。そして、言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「………大変申し訳ありません。未だ図書室に籠りきりでして──ですがすぐにお呼びいたしますので…!」
「そう…。…でしたら、応接間のお茶を図書室へ運んで下さる?
あなた方の事情は把握していますわ。私から向かいます」
「!…恐れ入ります……」
そう言って、執事が脇に控えていたメイドに指示を出す。執事はケイトに向き直ると、すぐマクホーン邸の図書室へと案内してくれた。
「──ユーストス様。アイロワ侯爵令嬢様がお越しです」
「………………………どうぞ…」
図書室の中から、弱々しい入室許可の声が聞こえた時、ケイトは心臓がギュッと締め付けられるかのようだった。
執事の開けてくれた扉の向こう。
そこにいたのは、いくつもそびえ立つ紙の塔の狭間で、苦しそうに頭を抱えるユーストスの姿だった。
「───ユース様」
「……すみませんケイト様。このような姿をお見せしてしまい………」
そう言って、前髪をかき上げたユーストスがくまの出来た目元を無理に緩めようする。……だがそれは失敗に終わった。
「ええと、貴女との約束を忘れていたわけではないんです……ただずっと考えてて…。…何というか……その…、」
「………」
「………何に、手を付ければ………。義兄上達を救えるのか、って。
……っごめんなさい、ちょっと俺……」
「…………おかしいですよね」、と。
憔悴しきった様子のユーストスが呟いた時、ケイトはつん、と小さな顎を上げた。
「いいえ。私は安心しておりますことよ。友人が、『身内を攻撃されても変わらず笑っていられるような人間』でなくて」
「まあ『貴族』としては、そちらの方が望ましいのでしょうけどね」とケイトは返す。
すると、眼を一瞬丸くしたユーストスがやっと小さく苦笑した。
「本来、素人の部外者が立ち入る問題でないことは承知していますわ。ですが、もしも私に何かお手伝い出来ることがあるなら………、とそう申し出るつもりで今日は約束を入れていたのですよ。
……どうやらっ、…手も足りてないみたいですしね??」
多分、長く閉じきっていたのだろう図書室の扉を開放したせいだ。部屋に籠った空気が一気に外へ出るのに合わせて、紙の塔が1つぐらつく。それを、ケイトはサッと手で押し返しながら言った。…うん、これはなかなかの重量だ。
「…………お心遣い感謝致します。ですが、お手伝いには及びませんよ。……実は俺、ほとんど姉上や父上達の中には混ざれてなくて。………『これ』もほぼ、子供が自己満足でやってるようなものです」
「………書類の内容を見ても?」
「どうぞ」
「悪用・口外は禁止ですよ」と言われたケイトが、少し背伸びをする。そうして、先ほど押し止めた塔の上からぴらりと一枚を捲り取った。
「『依頼内容詳細書(写)』……?」
「ええ。姉上が協力を仰いだギルドから、2日ほど前に送って貰ったんです。義兄上が拐われた日から、半年前までの分を」
「半年……?!?!」
「はい。ギルドのブラックリストには誘拐依頼に該当する依頼が載っていなかったもので……。通常の依頼分も含めて見てみようかと………。
全てとてもよく管理されていたみたいで、ギルドに提出を要請したら『写しの方だけなら』と、すぐに受け渡してくれました。特別にこっそりと」
「もちろん、彼のリスクに相応する対価は支払いましたよ」とユーストスが言う。
「それでまさかあなたは……この膨大な依頼書の中から、ヴォルフ・マーナガラム誘拐の依頼書を見つけ出そうとしてる……って解釈で、良いのかしら?」
「はい。」
「……………はあ~~~~~~~~~っ」と思わずケイトは長いため息を吐く。
…そして、こめかみを押さえながら言った。
「……………………………………それで、どこまで?」
「え?」
「どこまで確認は済んでるの?」
「………ええと、この列を…入り口からこの本棚の前まで…」
「じゃあ私はこちらから」
そう言って、ケイトはユーストスの示した方とは反対側の列に手を伸ばす。……こちらも、入り口から対面の壁際まで塔が並び立っていた。
「………良いんですか?このギルドに犯人が依頼した確率は確かにとても高い、けれど確証はないんです。時間の無駄になるかもしれません。しかも依頼人が誘拐犯かどうかを精査するのにダブルチェックでも足りないくらいなのに、この量だ」
「良いわ。」
ケイトはユーストスの言葉に即答する。
「お言葉だけど。
未来予知が出来たって『確証』なんてないの。
だから、『時間の無駄』だとしてもやるの。
止まっていられないから先に進むの。
そんな気持ちになってるのは、あなただけではなくてよ」
「………………」
「私や、私のお友達だってそう。そして『これ』はきっとそういう時にうってつけね」
と、ケイトは両手に掴める厚さ分、書類を塔の上から下ろした。
そして、図書室の中央にある机──ここにも書類の束が積み上がっている──へ、手にした書類を落ち着ける。
「……参ったな。本当は俺が貴女を………」
「なに??」
「………いえ、何も」
と、ユーストスが困った風に微笑んだ。
「さあ、どうやって怪しいものを分けているの?抽出条件を教えてちょうだい」
ケイトがそう言った時、お茶を運び込んだメイドが既に追加を用意しようとして図書室を後にしていた。
◇◇◇
(…………量が……っ、多すぎる……!!!!)
と、ケイトは頭を抱える。
分かっていたことだが、依頼書の数が膨大過ぎるのだ。
ヴァナン王国に居を構えるギルド<Strix>は、近隣諸国でもその名が知られており、それぞれの国に支部もある。おかげで様々な人から様々な依頼が舞い込むようであった。
その上、依頼内容をしっかり読み込まねばならないせいで、一件分の確認に時間がかかる。
なぜかというと、このギルドが「『犯罪行為がお断り』なだけの『何でも屋さん』」と化しているからだ。
となれば、犯人が「誘拐して欲しい人がいる」なんて風には依頼書をしたためないであろうことは想像に難くない。
だったら、どんな風に依頼を掛けるだろうか…?実務としては成人男性一人を誘拐しようと言うのだ。それなりに腕っぷしのある人材が何人か欲しいはず。そして、かついざ仕事をするときギルドの掟を破りそうな性格の者を。
順当に行けば、まず報酬が『高額』であること。そして嘘の依頼内容は『人探し』とか……あるいは『借金の回収業務』………とか、そんな辺りの依頼だろうか。
ケイトとユーストスは、ざっくりと基準になる価格帯を決め、それ以下と以上で依頼書を振り分けた。
そして、内容を精査しながら更に怪しい物を抽出していく。
(………この『大事な猫ちゃん探し』の依頼は、『怪しくない』の方で良いわよね……??)
と、段々何が良くて悪いのか分からなくなってくるほど、とにかく書類を読んで読んで読みまくる。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「………あ、ら………??」
「?……どうしました?ケイト様」
ケイトが思わず声を上げると、同じく黙々と書類を読み漁っていたユーストスがこちらに目線を上げた。
(この……『黒い』………『宝石』って………)
「…………、」
「…?」
黙ったままの自分を訝しく思ったのだろう。向かいに座っていたユーストスが、立ち上がってこちらに身を乗り出した。ひょい、とケイトが手にした書類を覗き込む。
「…ああ、その依頼ですか。驚いたんでしょう?沢山あるから」
「…………『沢山』??」
「あれ?それで気になったんじゃないんですか??
この依頼、内容はそのままで依頼人の名前だけ違う依頼書がそこら中にあるんですよ」
「………」
「半年前から……いや、ここにはないけど多分、それより前から依頼してるんじゃないかな。期限いっぱいまで募集を掛けて、人が集まらなければ新たに依頼書を作って再掲載して貰ってるようです」
「………」
「依頼内容は『失くした宝石探し』ですけど、その捜索範囲も決まってないですし、宝石の詳細も『大きくて黒い』以外に記載が無いでしょう?だから、『捜索は無謀だ』として受付係が一度突っぱねたんだそうです。そうしたら依頼人の名前が毎回変わるようになって………」
「………」
「あんまりしつこいのでブラックリスト入りしてますよ、確か。でも、姉上とレイバンさんはこの依頼を『問題なし』としたようですね……まあ、毎回依頼人が違うんじゃ追い様が────ケイト様??」
「………は、はい!」
「……どうされました??」
「……い、いえ何も………この依頼はきっと関係ないわね。さっさと次を、」
「ケイト様」
「探さないと」、と言い掛けた時、ユーストスがそれを遮った。
「…………。ケイト様…」
「………、……何か…?」
「それはこちらの台詞です。
………貴女………、この依頼に心当たりがあるんですね??」
「……………。…………ええでもそれは、今回の件と関係ないから………」
「……けど震えてるじゃないですか」
「…………」
ケイトは視線を下に落とす。
完璧に艶めいた気色の悪い髪が視界に入って気になったけど、今はもういい。むしろユーストスと自分との間に、壁を作れて好都合だ。
しかし、ユーストスはそんな貧弱な壁じゃ止められなかった。
「ケイト様。貴女はさっき、俺のことを助けようとしてくれましたよね??時間の無駄だとしてもいい、って」
「………………。」
「……俺だって、友達のことを助けたいです」
そう言われたケイトは、思いっきり眉をしかめた。
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